第二十三話 落とし前
「それじゃついでだ――お前の持つ戦力について教えてもらおうか」
ドン、と。
これまでのそれよりも遥かに重圧を込めた威圧が籠付を打ちのめす。リンクを通じて伝わるそれに応じて周囲のモンスターたちからのプレッシャーも加速度的に増加した。
どこまでがハッタリで、どこまでが本気か。これまでの経験から籠付はこいつならヤりかねないと強烈な実感を抱く。冷や汗が一筋、籠付の額から垂れ落ちた。
「……す」
「す?」
「す、好きにしろよ……。けど、何をされても絶対に吐かないし、大会で当たった時は百倍にして返してやる!」
守善が醸し出す危険な気配に青ざめながら、籠付は意地を叫んだ。ここで脅しに屈すれば籠付の数少ない勝ち目はゼロになる。それだけは嫌だと拒んだのだ。
「追加のクエスチョンだ。そもそもお前が大会に出られる保証はどこにある? ここは迷宮だぞ? 」
そう、ここは迷宮。いつだって”事故”が起こりうる危険地帯なのだ。もちろん”事故”が起きれば捜査が入るだろうが……誤魔化す手も考えつかなくはない。
大前提としていまいるこの階層は本来籠付が挑むにはリスクが高すぎる危険地帯なのだ。とても”事故”が起こりやすい環境であり、別にそうなっても構わない。守善自身が手を下すわけではないのだから。
「……そ、それでもだ。絶対イヤだ」
「命と大会、どっちが大事だ? 今なら近くの安全地帯までエスコートしてやってもいいんだぞ」
「命が大事に決まってるだろぉッ! でもな、僕をコケにしたお前が優勝するのは同じくらい気に食わないんだよ! 見てろ、徹底的にお前の足を引っ張ってやる……ッ!」
ほとんど涙目で根性の曲がった意地を叫ぶ籠付は控えめに言って最高にみっともない。だがその叫びに籠もった熱量だけは嘘偽りがない。
僕は、お前が、気に食わない。そこが籠付善男のスタートライン。逆恨みに似たドロドロとした感情は、一面でとても強いモチベーションとなりうる。
籠付がこの短期間で殻を破り、二ツ星へと昇格できた一因だろう。
(……俺とこいつが大会で戦ったとして、ほぼ百%俺が勝つ)
籠付を下に見た評価は変わらない。三ヶ月前のトラブルの時でも圧倒的な差があった。今では更に差が広がっているはずだ。マスターの技量も、カードの質も。守善と籠付を比べれば、絶対的な格の差がある。
だが、
(こいつは一山幾らの雑魚。だとしても危険だ)
この時、守善は籠付に抱く認識を改めた。
守善を、守善だけを標的にした強烈な敵意。地味な偵察を命をかけてこなして集めた値千金の情報。恐怖を押し殺して伏せたなけなしの手札。そして互いが持つ勝利条件と敗北条件の差異。
全てを勘案していまの籠付は十分に守善の”敵”となりうる。その認識の大転換は好敵手であるヒデオや芹華に抱く感情とは異なれど、確かに守善が籠付を認めた証だ。
(だからこそ、面白い)
故に、笑う。
くつくつと楽しげに、頬を歪めて、思わぬ収穫に喜んだ。籠付が抱く敵意も手札も策も全てを踏み潰して糧に変えててやると、獰猛に笑った。
「悪くない啖呵だ。お前じゃ俺の足を引っ張るのが限界だと、身の程を弁えているあたりがポイント高いぞ」
そして、嘲笑う。
籠付を過剰なほどに見下して煽った。当然籠付の顔が憤怒の赤に染まる。
「お、お前ぇっ……!」
「遠慮せず足を引っ張りに来い――容赦なく踏み潰してやる」
一層憎々しげに守善を睨めつける籠付へにっこりと友好的な笑みすら浮かべて守善は宣言した。
「ああ、お望み通りにシてやるよ……ッ! 首洗って大会を待ってやがれ!!」
戦意を煽られ、火が点いたように真っ赤な顔で怒鳴る籠付へさらなる燃料を投下する。
「これで俺と当たる前に負ければ道化だな。精々笑わせてくれ。楽しみにしている……本当に、な」
捻くれた毒舌の最後の最後、ただ一言にだけ真情を込めて籠付へ嘲笑/声援を送りながら。そして一転して嘲笑は無表情に変わり、排除の意志を示す。
「もうお前に用はない。さっさと失せろ」
まだ籠付の手札を暴いてもいないし、そのウェアラブルデバイスに収められた記録映像を回収してもいない。このままでは情報漏洩は必至だ。
籠付の記憶に残る程度の情報漏洩ならば許容範囲内だった。だが映像という形での流出は無視できない損害だ。対人戦でメタを張られれば、格下相手だろうと予想の出来ないアクシデントは十分に起こりうる。
(誤差だ。それを含めて叩き潰せ)
それでも敢えて強気を出して守善は己の不利を飲み込んだ。
籠付という障害を叩き潰し、己の成長の糧とするために。そして……本当にささやかな、籠付への礼として。
(雑魚はいてもやられ役はいない……当たり前か、全員が勝つ気でいるんだ)
この世界に未熟な者や弱者はいてもやられ役はいない。ただ倒されるために舞台に上がる者はいないのだ。どんな思惑や勝算があれど、全員が”勝つ”ために何かを賭けて挑んでいる。
だが、その二つを混同していたのがこれまでの守善だった。
(だからこれはその落とし前だ)
己の蒙を啓いた籠付への、誰にも話すことはない、守善なりの礼。
だからこそハヤテがニヤニヤと横目でからかうような視線を送ってくるのが心を見透かされているようで絶妙にイラッと来るのだが。
(それにデメリットばかりでもないし、な)
守善はプロになる。だがプロ資格は決して終着点ではない。いいや、己の望みを満たすためにはプロ以上を目指し続けなければならない。そのためにはプロ資格への最短経路を踏破するだけでは到底足りない。あらゆる経験を積んでおかなければならない。
そのためにも籠付との一戦は有用だ。油断のできない格下に付け入るスキを与えずキッチリと勝ち切る術を学ぶのは将来的にプラスに働くはず。
「……ここで見逃したことを後悔させてやる」
「させてみろ。その前にこの階層のモンスターを突破できたら、だが」
ジッ……と戦意のこもった強烈な視線に乗った宣戦布告を堂々と受け止め、切り返す。一人の敵へ、けして表に出さない敬意を込めて。
『――――』
視線が交錯し、敵意とそれだけではない”何か”を交換し合う。
「あばよ! 精々首を洗って待ってやがれ!」
そしてその一瞬後、籠付はポルターガイストを連れて身を翻し、安全地帯へと駆け出した。周囲を囲んでいたヨモツイクサの群れも脇にどいて、大人しく道を開く。
が、すぐにその逃げ道は阻まれた。
「ひ、ヒィッ……!? な、なんでこんなにモンスターがいるんだよっ!?」
囲いを抜けていくばくもしないうちに迷宮のモンスター達が現れたのだ。
当たり前のことだ、こんな目立つ集団に迷宮のモンスター達が引き寄せられないはずがない。話し終えるまで静かだったのは守善がこの周辺のモンスターを一掃していたからに過ぎない。だがすぐに増援がやってきた。それが籠付に咆哮を上げて迫るゾンビアーミーだ。
迷宮のモンスター達は完全に籠付を認識していた。頼みの綱であるポルターガイストと『隠者の衣』の気配遮断もなりふり構わず逃げている状態では効果がない。
「さて、どう逃げる?」
お手並み拝見とばかりに助け舟を出すことなく籠付の逃走劇を見物する守善。奴を助ける義理はないし、なにより籠付自身がそれを望むまい。
「チクショウ……っ! 来い、クーシー!」
「グ、ル……グラァアアアアアアァァッ!!」
籠付もこの状況でモンスターを出さないでいられる程無謀ではなかった。
掲げたカードに光が宿り、一頭の妖精犬が飛び出す。狼犬に似た精悍な顔つきに逞しい四肢、油断なく周囲を見据える視線の力強さ。クーシーの中でも優秀な個体のようだ。
クーシーは現れるや否や鉄パイプを掲げて迫るゾンビアーミーに襲い掛かり、その喉笛を食い千切る。派手に血飛沫が飛び散り、クーシーの体毛を赤く染めた。
「よくやったぞ、クーシー!」
「バウッ!」
快哉を上げる籠付をむしろ諫めるように吠えるクーシー。主従の繋がりと力関係を感じさせる一幕だ。
その警告の正しさを裏付けるようにゾンビアーミーの増援が二体、三体と現れる。
「早速次が来やがったか……」
「逃げるゾ……乗レッ!」
「い、いまそうするところだったんだよ! 本当だぞ!」
「いいから乗レッ!」
口喧嘩に似たコミュニケーションを交わしながら、騎乗スキル持ちらしいクーシーに慣れた様子で跨る籠付。その背中にしがみつくように飛び乗るとクーシーは即座に疾走を開始した。
ゾンビの突撃からギリギリで身を躱し、フェイントを織り交ぜ、死神の手を搔い潜っていく。籠付も泣き言を叫びながらもクーシーとは息の合った掛け合いをしている。
「いい俊敏だ。俺もああいう騎獣が欲しいもんだな」
守善が素直に感心を示すくらいには優秀なモンスターだった。芹華のレブレといい騎獣モンスターは色々と応用が利く。いずれは手札に加えたいと守善に思わせるほどに。
(手札の一枚はクーシー。あの掛け合いから見ても間違いなく奴のメインカードだ。ポルターガイストはこの迷宮で手に入れた個体か? なら使い込みは浅そうだが……断定は危険だな。もう少し情報が欲しいところだ)
クーシーはそこそこ高い戦闘力と集団戦闘への適正を持ち、割合扱いやすいモンスターに入る。更に妖精系モンスターとのシナジーと気配遮断スキルから色々と応用も効く。
十数秒ほど籠付が取る戦術について思考を巡らせるが、すぐに情報が足りないと打ち切った。今の段階でアレコレと考えすぎるのもよくないはずだ。
だが油断だけはできない。決して、絶対に。油断すれば籠付はかならずその隙を刺してくると、確信を抱いて。
「どいつもこいつも厄介な……」
ヒデオや芹華というライバル達しかり、籠付ら曲者しかり。
誰もかれもが油断がならず、一筋縄ではいかない。己が栄光を掴むため、守善の勝利を阻むため大会では必ず牙を剥いてくるだろう。
「いやはや。面倒なことになって来ましたね、マスター?」
「まったくだな」
だからこそ挑む甲斐があるというものだが。
楽し気に片頬を歪め、それでいてプレッシャーに一筋の汗を流す己のマスターを見てハヤテもまた笑っていた。