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第二十二話 覗き屋


 いまも守善を監視する覗き屋。

 恐らくは学内冒険者新人王戦に向けた偵察だろうそれに守善が気付いたのは偶然ではない。元々その可能性を考慮してハヤテに警戒の指示を出していたら、たまたま覗き屋が引っかかった。タネを明かせばそれだけの話だ。


(例の記事で散々悪目立ちしたんだ。マークの一つも張られる可能性は考えていたが……Dランク迷宮にまで尾行(つけ)てくるか。気合が入っていると言うかなんというか)


 いま守善達が籠もるのはDランク迷宮。最低でも三ツ星冒険者にツテがなければ挑むことすらできない場所だ。そんなところにまでわざわざ守善を追い回す覗き屋の妙な執念深さに呆れとも関心ともつかないため息を漏らす。


(ヨモツシコメはいい、バレることは予測の内。本命の()()()()も傍から見ている分にはそうそう気付かないはずだ。アレの使い勝手を試したのも『棺』の中でだけ。問題ないな)


 そもそも情報戦と言うならば守善の手札は主催の冒険者部には筒抜けだ。少なくとも大会で使用するカードは全て。

 大会の試合方式はモンコロでもよく見られる一般的なスタンダードルール。事前登録したカードの中から三枚を使用しての決闘方式だ。当然事前登録のために手札を明かす必要がある。流石に後天スキルの記載までは求められていないが、最低でもカードの種族はバレている。

 公正・公平の観点から大会を運営する上で事前登録したカードの情報を部員含む参加者に伝えることはないとの申告だったが果たしてどこまで信じてもいいものか。部員たちの動きから露骨にバレるような無節操な情報漏洩はしないだろうが、逆に言えば一度か二度は偶然で済ませることもできる。

 部員のカイシュウは八百長はないと断言したが、そうした裏技込みで考えれば主催の冒険者部に有利なことは否めない。


(ま、多少の不利は織り込み済みだ。それよりもいまは――)


 覗き屋の捕獲に向けてさりげなさを装ってカード達の位置を変えていく。一定の位置を保ってこちらの様子を伺っている覗き屋へ不審さを気取られずに接近できるように。

 そして偵察に当たり近づきず遠すぎずギリギリの距離まで接近するやいなや、


(いまだ、ハヤテ)

(はいはーい♪)


 隠形系スキル、天狗の隠れ蓑を用いてその姿と気配を隠していたハヤテをけしかける。性根の曲がったチェシャ猫じみた含み笑いを浮かべ、天狗の隠れ蓑を解くと覗き屋の背中に錫杖を突きつけた。

 もともと偵察要員として姿を隠して周辺の様子を伺うことの多いハヤテだ。覗き屋から正反対の方向へ向かわせてから大きく回り込む形で意表を突いて覗き屋の背中を取らせたのだ。


「だーれだ♪」

「うわっ!? なんだ、なにが――」


 予想だにしない不意打ちに覗き屋が驚愕の叫びを上げた。口元以外をほとんど覆い隠すフード付きのローブを着込み、一見してはまさに不審者そのもの。だがそのローブを見た守善は感心の表情を浮かべた。『不死者の窟』向けによく考えられた装備だ。

 他者を巻き込む特殊な気配遮断の先天スキルを持つポルターガイストを傍らに置き、更に重ねて低位の気配遮断と無音行動を付与する魔道具『隠者の衣』を着込んでいる。知覚の鈍いモンスターが多い『不死者の窟』ならまず気付かれることはあるまい。


「はい、奇襲に気付かず即応もできないのは減点10。まあ気付かれれば一巻の終わりの紙装備で突っ張ったクソ度胸に免じて加点2。がんばりましたで賞くらいは上げてもいいですかねー」


 ただし姿を隠す代償に護衛となるモンスターを一切召喚していない。ポルターガイストも護衛戦力としての価値はほぼゼロだ。気付かれ、襲われれば低くない確率で死ぬ。ハヤテがクソ度胸と感心するのも無理はなかった。


「さぁて覗き屋さんの驚きの正体は……って、あら。あなたは――」


 隠者の衣の下から現れた見覚えのある顔。因縁のある男の姿にハヤテはその名を口に出そうとして……出そうとして、口籠った。その名前を完全に忘却していたのだ。


「……えーっと。どなたでしたっけ? いえ、顔は覚えてるんですけど名前がイマイチ出てこなくて」


 一度は揉め事に発展したこともあり、その顔は記憶に残っていたのだが生憎と名前は範疇外だ。三ヶ月ほど前に一度関わったきりの相手などいちいち覚えてはいられなかった。


籠付(かごつけ)だっ! クソ、普通忘れるか!? 失礼だぞお前!」

「いや、ニ、三ヶ月前に一度蹴っ飛ばしたっきりの小石の名前なんていちいち覚えちゃいられませんよ。マスターにこき使われる哀れなハヤテちゃんは忙しいんです」


 覗き屋――籠付の憤慨をバッサリと切り捨てるハヤテ。元々悪い印象しか持っていない相手だ。生来の口の悪さで容赦なく籠付のトラウマを抉っていく。


「それで()()自分から蹴飛ばされに来たんですか? 生憎とマスターは忙しいので小石に構ってあげられるほど暇じゃありませんよ? 悪いことは言いませんからこのまま大人しくアンデッドモンスターに食べられた方がマシな末路を迎えられると思いますけど?」

「ドブ川の下水煮込みみたいな根性は相変わらずか、このクソ女! マスターそっくりだ!」


 一見は純真無垢な顔で非人道的な発言を繰り返すハヤテに籠付がキレる。マスターそっくりで根性がねじ曲がっているのだ。


「ヤダ……そんなに褒めないでくださいよ」

「一ミクロンたりとも褒めてねぇよ照れるな」


 が、籠付渾身の叫びもテレテレと頬を赤く染めたハヤテの照れ顔に跳ね返される。なんというか色々と無敵だった。思わず籠付が真顔になってツッコミを入れるくらいには。

 そしてコントを繰り広げる二人の元へ守善が到着し、冷ややかな視線と声を籠付に向けた。


「覗き屋が誰かと思えば……お前か、籠付。よくDランク迷宮(こんなところ)にまで潜り込めたな。神出鬼没さはゴキブリ並か」

「……ッ。堂島ぁッ……!」

「おぉっと、この人を華麗な話術で足止めしたハヤテちゃんへのお褒めの言葉はまだですか? 崇めてくれてもいいんですよ? ハヤテちゃんバンザーイ! はい、りぴーとあふたーみー!」

「今の台詞がなければもう少し真面目に考えるところだったぞ」


 シリアスな雰囲気で睨み合う二人に素で茶々を入れるハヤテ。基本的に守善(マスター)の意に従いはすれど、隙あらばからかってくる悪戯な一面の持ち主なのだ。

 信頼もしているし情も抱いているが、それはそれとしてたまにウザい。彼と彼女はそうした関係だった。

 そしてそんな二人の姿が殊更に気に食わない者もいる。


「相変わらず人を舐め腐ってるな、堂島ぁ……ッ!」


 屈辱感にギリギリと歯ぎしりする籠付だ。余裕を漂わせる守善達に半ば憎悪に達した敵意を向けていた。


「清廉潔白な一冒険者をつけ回すストーカーに態度をどうこう言われる覚えはない。言いたいことがあるなら壁か警官に向かって一人で語ってろ。すぐに警察に引き渡してやる」

「ヘッ、どうやってだよ? 僕はお前を()()()()()()()()。悪事の一つも犯しちゃいない」

「…………」


 籠付の言葉は正しい。

 現時点で籠付は罪と言えるほどのことは何もしていない。他人の攻略を覗き見するのは決してマナーがいいとは言えないが、罪に問えるかと言えば無理だ。大会に向けてライバルを偵察していたのだと正直に白状すれば説教や注意くらいはあるかもしれないが、それ以上の罰が下ることはないだろう。

 威圧も兼ねての脅し文句だったが、むしろ逆効果だったようだ。守善が物理的に籠付をどうこうすることは難しいことに気付き、調子を取り戻したらしい。


「目的はこちらの偵察か?」

「ああ。まさか意外だなんて言わないよな、有名人サマ。テメェを潰したいのは僕だけじゃないんだぜ?」

「いや? ただの確認だ。もっともお前(一ツ星)がここに来れるとは欠片も思っていなかったが」


 一ツ星冒険者にDランク迷宮は荷が重すぎる。客観的な事実から来る無謀な蛮勇への呆れと蔑みが混じった視線を受けた籠付は、しかし激発するのではなく意地を込めて吼えた。


「生憎だがもう一ツ星じゃない。僕()二ツ星冒険者。お前と同じ、同格だ!」

「二ツ星? お前が?」


 籠付が懐から取り出した二ツ星を冠した冒険者ライセンスを見て意外さを込めて呟く。

 あの揉め事以来三ヶ月近く経っている。一ツ星が二ツ星に昇格するのは不可能ではないが……ボアオークをロストし、狛犬を守善に奪われた籠付が再起するのは生半可な努力では不可能だ。

 その理由に検討をつけ、守善はその顔に浮かべる蔑みの成分を強めた。


「また金持ちのパパに頼ったか? 馬鹿息子に付き纏われるお前の父親には同情するよ。血の縁ってのは厄介なもんだな」

「……ああ、そうさ。僕のカードはパパに買ってもらったものだ。笑えよ、思う存分笑えばいい」


 挑発に動じることなく、むしろ自嘲すら籠めて笑えと言い放つ籠付。その目に宿る光は空虚な優越感と無根拠な自信に輝いていた過去のそれよりも仄暗く、しかし遥かに力強かった。


(あら、これはまたずいぶんと雰囲気が……マスター?)

(分かっている)


 三ヶ月前の籠付ならとうに激発して手持ちのカードを召喚してもおかしくない。だがいまの籠付は手向かいの様子を見せず、かといって戦意を手放すこともなく守善を睨みつけている。

 諦めたのではない。むしろ勝つために自制しているのだ、ここではなく大会で守善に勝つために。


(カードを召喚しないのは、できるだけこちらに情報を明かさないためか。俺の気まぐれで死ぬかもしれないってのにな)


 ここで籠付を直接手にかけるのはどう考えても得策ではない。だがだからと言って無数のモンスターに囲まれながら戦力外(ポルターガイスト)一枚で真っ直ぐに守善を睨みつけるのは並大抵のクソ度胸ではなかった。


「……まあいい。これからお前にいくつか質問をする。俺がお前を大人しく解放したくなるように精いっぱい囀れ」

「好きに話せよ。けどな、僕がペラペラ喋ると思ったら大間違いだぜ?」

「ほう?」


 頬を引き攣らせた虚勢の笑みを浮かべた籠付に応じ、凄む。別に死んでも構わないと殺意を込めて。ピリ、と空気がヒリついた。

 その意志に応じたヨモツシコメが()()()と周囲を囲むヨモツイクサを動かした。いつでも籠付を排除できるようにと、本気で。

 人間には抗う術のない絶対的強者(モンスター)からの殺意に籠付の顔が哀れなくらいに引き攣る。根っこのところで臆病な性格なのだろう。だが籠付はガタガタ震えながらも虚勢を張り通した。


「ヒッ……!? や、やるならやれよ! けどな、僕がここで死んだら絶対に警察が動く! 僕がそうした! お前なんか一巻の終わりだ!」

「虎の威を借る狐が偉ぶるな。ま、手練手管を用いている分猿から多少は進歩したと認めてやらんでもないが」


 手練手管、策とは弱者が強者に勝つための術だ。籠付が勝つために形振り構っていないことの証明だ。

 無様で、情けなく、みっともない。だがいまの籠付は間違いなく”本気”だった。必然、守善も本気で応じる必要があった。


「まずお前がここに来れた経緯を教えてもらおうか?」


 守善達がこのダンジョンに籠もっているのを何故知っているのか、籠付がDランク迷宮にまで潜れている理由など聞き出しておきたいことは山ほどあった。それに籠付以外にも覗き屋がいるのかも。


「……お前がダンジョンに籠もるってタレコミがあったからな。興信所を使ってここを特定して、あとは三ツ星の先輩に頼んで一緒に潜ってもらった。……何度か死ぬかと思ったけどな」


 下手に沈黙を保っても益はないと諦めたのか、籠付は大人しく口を開いた。自身に不利益なことまで喋るかは分からないが、それ以外については話すことに決めたらしい。

 そしてやはり籠付にはDランク迷宮、特に『不死者の窟』の踏破は厳しかったようだ。最後の捨て台詞には生々しい恐怖が宿っていた。

 もちろんそんな感情には頓着せず守善は話を続けた。籠付が死ぬ思いをしても退くことなくここにいるという事実だけを評価に加えて。


「お前に同伴した三ツ星冒険者とやらは誰だ? 部内でもそう数はいないはずだが」

「……ヘッ。薄々予想は付いているんじゃないか?」


 その言い草にピンと来た守善が確かめるように呟く。


「……カイシュウ先輩か」

「ああ、そうさ。……なんだ、もしかして裏切られたとか思ってるのか? 残念だったなぁ、元々あの人は冒険者部(こっち)側だぜ! 当然の話だろう!?」

「いや? お前の言う通り裏切りも何もない。そもそも仲間でもないしな。多少意外だったのは確かだが……」


 カイシュウは大会に八百長はないと、確かにそう言った。

 だがこうした盤外戦、情報戦を否定することもしていない。確かにこれは八百長とは言えないだろう。言う者がいるとしたら公平性とスポーツマンシップを取り違えたマヌケだけだ。


(なるほど。豪放磊落に見えて甘くはないらしい……)


 ルールのもとに公平ではあっても、スポーツマンシップとやらに配慮して自分から勝つための手段を捨て去るのは愚かの極みだ。

 スポーツマンシップが無意味、下らない等と短絡的な結論に走るつもりは毛頭ないが、学内新人王戦はスポーツでもなんでもない。参加者達が自分の将来すら懸けて競り合う蠱毒の壺だ。勝つためならばルールに反さない範囲でなんでもやるべきだった。時にはルールギリギリを掠めてでも。バレないのならばルール違反を犯そうとも、だ。

 少なくとも守善はそのつもりでいる。


「ついでに聞いておくがカイシュウ先輩やヒデオからは俺達の戦力(カード)について聞き出さなかったのか?」


 訝しいのはそこだ。そもそもカイシュウやヒデオならば籠付が偵察するまでもなく守善の手札の大半を知っている。わざわざ籠付の監視に協力する理由はどこにもないのだ。

 そうと問いかければ籠付は痛いところを突かれたように顔をしかめた。


「それは……聞いたさ。聞いたけど」

「聞き出せていないからここにいる、と。なるほどな、それがあの人が通す筋か」


 同じチームの一員として得た情報を漏らすのは不義理であるとして拒絶する一方、籠付が合法的な手段で情報線を仕掛けることは止めなかった。むしろ先輩として後輩に協力した。

 冒険者部であり、一時でもチームメイトとして迷宮を攻略したカイシュウが示した妥協点がそこなのだろう。


(とはいえカイシュウ先輩がわざわざ動く理由としてはこいつ一人じゃ弱い……)


 そこまで考えて思考を逆転させる。恐らく籠付はオマケだ。そう考えれば辻褄が合う。


「いまこの迷宮にヒデオもいるな? 目的は俺達と同じだ」


 ダンジョン籠もりによる短期の戦闘力アップ。大学の近くでこれに適した迷宮は限られることからの推測だった。


「……察しが良いな、死ねよ」

「お前が死ねカス。いくらカイシュウ先輩でもお前一人のためにDランク迷宮に潜るほど面倒見が良い訳ないだろ」


 そもそも籠付の面倒を見るのがメインならば今この場にカイシュウがいないのがおかしい。本命のヒデオの面倒を見つつ、ついでの籠付には何かしらの保険を付けて自由にさせていた。そんなところが実情だろう。

 概ね聞き出したいところは聞き出せた。あとは幾つかのやり残しを終えればもう解放しても構わないと言えば構わないが……、


「それじゃ()()()だ――お前の持つ戦力(カード)について教えてもらおうか」


 散々粘着され、覗き見されたのだ。意趣返しの一つや二つ、カイシュウも気にしないだろう。そうでなくとも特に気にするつもりはないが。


【Tips】覗き屋

 ピーピングとも。本作では学内新人王戦の参加者を偵察する行為、人種を指す。

 多額の金銭的価値を持つカードが賞品となる学内新人王戦では他の参加者のカード情報を暴いたり、時に売買したりといった情報戦が行われる。

 参加者が同じ大学に通う学生であり、ある程度動向を把握できるからこそピーピング行為は比較的容易に可能なためである。

 大会で一戦も交えないうちから手の内を暴かれ、綿密に組んだ戦略で対戦相手を完封する展開が稀にだが起こりうるのはこのため。

 参加者によって情報戦への姿勢はかなり異なり、自己研鑽を重視し情報戦を積極的に行わない者もいればなりふり構わず情報をかき集めて入念に対策を練る者もいる。

 ヒデオと芹華が前者、籠付と守善が後者である。


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[良い点] 籠付ほんとヒロインみたいになってきて笑う。ストーカーして許されるのは美少女だけなのに
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