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第十九話 黄泉醜女という女①


 そこは曇天の薄暗闇が立ち込める広大な墓場の一画。死の静謐が保たれるべき場所で、不死の軍勢がぶつかり合う。

 古代の戦装束を纏う黄泉軍と現代的な衣服を身に着けたゾンビアーミー、対称的な格好ながら目的は同じ。ただ相手の撃滅のみを目的にぶつかり合うありさまはさながら地獄の釜の蓋を開いたような光景だ。


「叩き潰せ、ヨモツシコメ」

「ぁ……ぁぃ!」


 仮初めの命を宿した者たちのぶつかり合いは黄泉軍に軍配が上がった。より優れた戦闘力と武術スキルの組み合わせによる俊敏かつ的確な動きでゾンビ達の頭部を潰し、二度と動かぬ(むくろ)を量産していく。

 三桁近い数を誇り、隊伍を組んだゾンビアーミーを黄泉軍は瞬く間に駆逐した。ヨモツシコメや他のメインカードによる援護もあるとは言え凄まじいまでの数と質の暴力だ。流石はDランク最強と呼ばれることはあると守善は胸の内で素直な評価を下した。

 守善が戦い続けている場所は『不死者の窟』、その二十二階層。ほんの少し前、守善・ヒデオ・芹華が踏破したDランク迷宮に、再び足を踏み入れていた。


「戦闘力は……270か。順調だな」


 戦闘がひと段落するとヨモツシコメのカードを確認し、そう呟く。

 守善がここに来た目的は一つ、新たに手に入れた戦力の底上げ。つまりはヨモツシコメと()()()()をMAX戦闘力まで鍛え上げることだ。加えて元々のメインカードたちとの連携の練度を上げることも重要だ。

 前の休憩からかれこれ一時間近く戦いっぱなしだが、その分戦闘力はしっかりと上昇していた。

 つまりはそれだけの間絶え間なく雑魚敵が出現する『不死者の窟』はリスクを除けばこうした修行場として最適なのだ。


「レビィ、そっちはどうだ?」

「はい、主。眷属を含め、214体のDランクモンスターを撃破。戦闘力の上昇を確認しています。集めた魔石はここに」

「よくやった。引き続き黄泉軍を陽動にして後ろからゾンビどもを狩れ」


 続いて虚空へと声をかければ、いつのまにか血に濡れたダガーを構えたレビィが静かに佇んでいた。

 以前『不死者の窟』攻略時と何一つ変わらぬ見かけでありながら、しかし確かに戦闘力が上昇している。今は700オーバーといったところか。

 既にMAX戦闘力に到達しているはずのレビィの戦闘力上昇。それにはもちろん種があった。


()()との相性は?」

「良好です、とても手に馴染む。主はいかがですか?」

「半分博打だったが……悪くない。思った以上に俺とも相性がいいらしい」


 互いに短くやり取りし、頷くと守善はそれ以上触れずに次の話題へ移る。


「大会までに戦闘力はMAXまで上げきれそうか?」

「想定より戦闘力上昇のペースは順調です。この分ならMAXに近いところまで到達は可能と判断します」

「……相手はあいつらだ。戦力で負けている以上できる限りのことをしてやっとスタートライン。ツメられるだけツメていくぞ」

「はい、主」

「この階層が()()()()()()()()()しているうちに狩れるだけ狩る」


 モンスターハウス。

 通常、迷宮内における階層ごとのモンスターの発生速度と最大数は基本的には一定だ。しかし、一度に多くの冒険者が一つの階層に侵入したり、多くのカードがロストすると迷宮に『栄養』が供給され、モンスターの発生速度が加速。いつも以上のモンスターが溢れかえることがあり、それをモンスターハウス化と呼ぶ。

 守善はそれを人為的に引き起こしたのだ。


(貯めこんでいたF、Eランクを敢えて使い捨て、モンスターハウスの苗床にする。低ランクカードにこんな使い方があるとはな)


 元々は響のアドバイスである。大会までに急ピッチ戦闘力を上げなければならない守善へこういう裏技もある、と教えてくれたのだ。

 カードを物扱いどころか生贄に捧げるようなもので、従えるモンスターからは白い目で見られることが多い。あまりまっとうな冒険者がやる手ではないが、もちろん守善は気にしなかった。

 基本的に外道なのだ。思い入れのないモンスターを何枚生贄に捧げようと気にしない。守善に従うカードも主人のことをよく知っていたので割り切っていた。


「ヨモツシコメ、お前も当分連戦だ。が、疲れたら言え。無理のしどころだが、ロストさせるまで無茶するつもりはない」

「ぁぃ」


 長すぎる黒髪を顔全面を覆い隠すように垂らしたヨモツシコメがコクンと頷く。腐乱した水死体もどきによる少女のようなあどけない仕草にもようやく慣れてきたところだ。守善はもはやヨモツシコメの見かけを気にすることなく、よしと頷いた。


(悪くはない。陰気だが従順。能力もある。戦闘力も大会までにはMAXまで成長するはずだ。だが……()()()()()


 ヨモツシコメへ率直な評価を下す。現状では来たる学内新人王戦において、戦力とはなっても切り札にはなりえない。スペックだけ見れば十分に切り札たりえるはずだが、現状ではヨモツシコメを十全に活用する目途が立っていなかった。

 期待のし過ぎとは思わない。ヨモツシコメはDランク最強、準Cランクとも呼ばれる強力なカードなのだから。

 だが現状ではその真価を発揮するのは難しいと言わざるを得ない。


(従順だが、従順な()()だ。リンクの手応えが恐ろしく悪い。ヨモツシコメは俺に全く心を開いてない)


 ヨモツシコメがなまじ大人しく言うことを聞くからこそ嵌まった落とし穴だ。当初こそ馴染みのないうちはそんなものだろうと気に留めなかったが、キッカケが掴めないまま時間が過ぎていった。

 守善も守善なりに努力はしているのだ。

 報酬を約束し、成果を上げれば労い、休憩時には傍らに控えさせて不器用なりに言葉を交わした。だがその尽く手ごたえがない。心に響いた様子がないのだ。

 指示を与えれば遂行し、こちらの意図を理解する頭もある。問われれば答え、分からないことがあれば質問する。守善から見ても道具(カード)として模範的な振る舞いだった。心を一切開こうとしないこと以外は。


(かといって嫌われてる感じもしない。ただ、打ち解けようとはしないだけだ……従順な見かけに騙された。予想外の方向で厄介だな、こいつは)


 これまで守善を悩ませたカード達に比べればはるかに優等生だったことで誤解していた。ヨモツシコメは守善が積み上げた経験が通用しない、ある意味ではハヤテやB.B以上の難物だ。

 リンクによる当意即妙の連携はヒデオや芹華と戦う上で最低条件と言っても過言ではない。だが現実にはその最低条件を満たすことすらできていない。


(どうする……?)


 大会までもう時間がない。だが現状を打破するためのキッカケが掴めていない。いつものポーカーフェイスこそ崩していないが、内心では少しずつ焦り始めていた。

 そしてそんな彼らを遠間から密かに伺う視線が一つ。静かに、気配を殺し、ジッ……と張り付き続けていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 守善達が『不死者の窟』へ再び足を踏み入れた経緯は、響が口にしたある提案に遡る。


「特訓?」

「ですか?」


 響からの提案に異口同音に問い返す守善と芹華。


「ああ。君達も新たに手に入れる予定のカード――もちろんチームメンバーとは言えライバルの前で明かすつもりはないよ――を育て上げる必要があるだろう? 大会までもう残り少ない。ここは二人まとめてDランクダンジョンに籠もって一気にレベリングをしてしまおう」


 大会までに可能な戦力の底上げとして新規カードの育成を行う。大会に向けて明快な方針を打ち出す響に二人は唸った。懸念もあるがそれ以上に旨味が大きい提案だ。


「……先輩の提案なら検討はしますが」

「……私と守善さんが一緒に、ですか?」


 同じチームメンバーとはいえ、二人もまた優勝の座を争うライバル同士。情報の漏洩 (特に新規戦力の中身等)は極力避けたいところだ。


「もちろんそこはチームメンバーとして紳士協定を結ぼう。同じ迷宮に潜るにしてもレベリングや相談は個別に行う。敢えて互いの手の内は探らない。どうかな?」

「……いいでしょう。乗りました」

「守善さんが乗るならば、私も断る理由はありません」


 元々響の付き添いがなければDランク迷宮に潜れないのだ。そしてチームとしてベストを目指すなら二人が別々の日程で潜るよりもまとめてギリギリまで迷宮で粘った方が使える時間は多い。

 互いに視線を交わした数秒後、信頼を担保に二人は揃って合理的結論に同意した。


「それで、その……守善さん? 例の『硝子の棺』についてなのですが」


 次いで、伺うように問いかけてきたのは外界の一時間を異空間の二十四時間に延長できる『硝子の棺』についてだ。攻略中は同じ目標に挑むチームメイトということで遠慮なく使わせてもらったが、今はライバル同士と立場が異なる。

 そう考えての遠慮がちな問いかけだったが、同時に同じチームメイト。かつ気心も知れた友人ということできっと便宜を図ってくれるだろうという甘えがあったことも否めない。

 だが、芹華は忘れていた。


「一回二十四時間ごとに十万だ。譲らんぞ」


 堂島守善は、守銭奴なのだ。


「チ、チームメイトからお金を取るのですか!? 私達は友人ではありませんか! もうちょっとこう、手心と言いますか」


 見惚れるほどに美しい金の長髪を力なく垂らし、目尻に涙をたたえ、祈るように両手を組み合わせながら上目遣いで訴えるように言葉を紡ぐ芹華。見る者に哀れみを誘う薄幸の美少女そのものの姿だ。

 実家がとんでもないレベルで裕福なお嬢様なのだが、冒険者稼業に使える資金は冒険者で稼いだ収入のみと縛られている。集中的に籠もるとなれば何回『棺』を使うか知れず、結構な金額を使い込む可能性が高い。新しいカードの購入で貯金があらかた吹っ飛んだ芹華にはかなり痛い金額だ。

 芹華も友人相手だからこそ躊躇なく泣き落としにかかった。守善も相変わらずの守銭奴だが、芹華も芹華で図太い。が、生憎と守善の鉄面皮はその程度では貫けなかった。


「本来ならば一回百万だがお友達価格とやらで十万に負けてるんだ。感謝しろよ?」

「一回百万とか誰が使うんですのそのサービス! 商売をナメていませんかあなた!?」


 二十四時間で百万。文字通り時間を金で買う商売だが、あまりに高すぎる値段設定だ。金額に目を剥いた芹華が暴利だと噛みついた。本気で怒っているわけではなく値下げ交渉の一環である。生粋のお嬢様だがこう見えて中々逞しいのだ。


「そもそも非売品のアイテムを特別に利用させてやろうと言っているんだ。文句があるなら他所へ行け」


 が、守銭奴は譲らない。平気の平左とばかりに芹華の怒気を受け流していた。

 ぐぬぬと歯噛みし、しばしの間守善と火花を散らしていたが、やがて第三者によりそれが中断される。


「芹華、芹華」


 響がチョイチョイと少し離れた場所で手招きする。

 どういうつもりかと首を傾げながらも大人しく愛しのお姉さまの傍に近寄るとその耳へこっそりと内緒話のように囁かれる。


(ここは大人しく受けておこう。大丈夫、悪いようにはならないと思う。そもそも)


 と、一拍の間を置いて意味深に告げる。


(彼がたかだか金銭で済ませているのは()()()()()()?)


 そもそもの話。

 大会の優勝を目指して(Cランクカードを狙って)、互いを蹴落とし合うライバルに『棺』を使わせるのが既におかしいのだ。だというのに金銭を対価にする程度でそれを認めるというのは、守善の性格を知る響からすれば十分に譲歩した取引だ。

 同じチームメイトかつ友人である芹華だからこそギリギリの譲歩。恐らくはもう一人の友人であるヒデオですら通るまい。


(あ、あら……? そうですの? その、()()()()こその譲歩であると?)

(彼のメンターを務める私が言うんだ。間違いないね)


 もちろん芹華が”誤解”するような要素は計算に含まれないが、響は都合の悪い点は見なかったことにして断言した。芹華のやや乙女チックな性格をよく知る響として少しばかり策を弄した言い方になったが嘘は言っていないのでセーフ判定だ。

 芹華は頬のあたりを紅潮させ、チラチラと守善の方を伺っていたがやがて腕を組んで偉そうに頷いた。やや気まずげに、悪い気はしていない照れた顔を隠すようにそっぽを向いて。

 気心の知れた友人から不意に異性としてアプローチを受けたような、そしてそのことに悪感情を抱いていないことに戸惑う乙女のような仕草だった。というよりも()()()()だった。


「ま、まあ貴方がどうしてもと言うなら、そのお話を受けて上げてもよろしくてよ?」

「……いま、そう言う流れだったか? まあいい、とにかく交渉成立だな」


 唐突に場の雰囲気に妙な気配が混ざったことを訝しみながらも交渉成立の証として右手を差し出した。心理的ショックからまだ立ち直っていない芹華はおっかなびっくりとその手を取った。

 ゴツゴツと固く、大きく、熱い。握りしめた守善の手から不意に男らしさを見出した芹華の頬が急に赤くなった。


「…………」

「……?」

「これは……うーん、読み違えたかな?」


 守善と目を合わせられず、赤くなった頬を隠すように俯く芹華。その様子に困惑する守善。第三者としてなんとなく心理的な動きを察した響が困ったように呟く。


(芹華の思い込みが激しいというか……意外と惚れっぽいところが出た、かな?)


 芹華は身内と認定するまでのハードルが高いが、一度内側に置けば色々と尽くしたがる。欠点があれば自分がなんとかしなければと思い込むタイプでダメンズウォーカーの才能があった。

 冒険者という一芸に特化しつつコミュニケーション能力含む人格的欠点を持つ守善だが、実は芹華の好みに割と内角高めにストライクだった。

 とはいえ。

 それ以上おかしな空気が生まれることもなく、三人は一度解散。さらに数日後、砂原 千鶴との邂逅を経た後に『不死者の窟』へ再び足を踏み入れたのだった。


※なお芹華が支払った金銭はチーム共用のポーションや各種物資の購入に一定程度使われた模様。


【Tips】学内新人王戦

 冒険者部が主催する新入生冒険者限定の登竜門的イベント。

 入学時に入部希望をハネられたが、この大会で活躍して冒険者部にスカウトされる者も毎年少数だが存在する。


 冒険者部・報道部のアカウントが取り上げるイベントの中でも特に世間からの注目が高い。その目玉はなんといっても優勝商品のCランクカード。なお参加賞としてポーション、ベスト4まで残った選手には美品のDランクカードを一枚が与えられる。


 新入生冒険者にとって晴れ舞台とも言えるイベントだが、動く金銭の額が大きく、裏で様々な思惑や情報戦が行き交う生臭い一面もある。


 試合形式は三対三のスタンダードルールに準ずる。

 事前に十枚のカードを登録し、その中から三枚を使用して戦う。試合中に魔道具を使用することも可能だが、大会中五回までの回数制限がある。

 ほぼ原作における学生冒険者大会に準じると考えてよい。


 例年の優勝者は一人の例外もなく冒険者部の部員である。

 大会において(少なくとも表立っての)八百長が行われたことはないが、やはり冒険者部にとって有利なルールとなっている。


【Tips】モンスターハウス

 迷宮内における階層ごとのモンスターの発生速度と最大数は基本的には一定である。しかし、一度に多くの冒険者が一つの階層に侵入したり、多くのカードがロストすると迷宮に『栄養』が供給され、モンスターの発生速度が加速し、最大値以上のモンスターが溢れかえることがある。

 これを、冒険者は『モンスターハウス化』と呼んでいる。

 モンスターハウス化した階層では、そこに滞在するだけで微量の経験値を得られ、さらには倒した際に得られる経験値も増加する。

 また、モンスターを一定数倒すごとにガッカリ箱が生成される。


※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。

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[一言] 特訓中に新しいDランクのカードを何枚かドロップして欲しいな。 リビングアーマーとかならアリだと思うんだけど。
[良い点] 弱カードを生贄とはなかなかえげつない手を使いましたね。守善のこういう悪性というか強さも個性なので描写があってよかったです。オークの腕切って実験したやつですからね。 それはそうとして後で呪わ…
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