第十七話 学内新人王戦、一週間前
二章前半のあとがきにも書きましたが、諸事情により一章で散華した籠付善男が下記のごとく過去改変され、二章後半のメインキャラクターとして登場します。
混乱を招き申し訳ございませんが、悪しからずご了承下さい。
過去改変:
大学退学→罰則などは与えられず冒険者部残留。ただし社会的地位は大きく低下し、侮蔑の的に。また、カイシュウから厳しくしごかれている。
地鳴りのような声援が湧き起こる。
Eランクの特殊型迷宮と化した立川市立アリーナは今日のイベントのために貸し出され、特設会場は溢れんばかりの観客で一杯になっていた。
観覧席は満員御礼、立ち見の観客も多数。青田刈りのために観衆に紛れてプロすら紛れ込む、一民間団体主催のイベントとしては極めつけの規模だ。
学内冒険者新人王戦、決勝。
年に一度のイベント、冒険者部が主催するその年の新入生最強を決める大一番。その注目度は高く
、会場に訪れた多数の観客が、カメラを通じてさらに数多の目が勝負の行方を見守っている。
「そろそろ終わりか?」
「ああ、あの堂島とかいうのも頑張ったけど今年の優勝はあいつで決まりだな」
だが勝敗の趨勢は誰の目にも明らかなように思われた。
隣の観客仲間と早口で語り合うざわざわとしたざわめきが会場を覆っている。
「なんだよ、あの化け物。そこまでやるかって感じ」
「Bランククラスのモンスターとかモンコロでもそう見ないぞ」
「戦力差が完全にイジメな件。流石にドン引きだわ」
「前からあいつのこと気に食わなかったからむしろいい気味」
血霧のように不吉な赤黒いオーラを身に纏う一つの影こそがその源泉。女神の末裔を背後に従え、圧倒的な力を振るった怪物が今も悠然と佇んでいた。
その戦闘力は優に1000オーバー、恐らくは1500に近い。Bランク中堅クラスのモンスターのMAX戦闘力に迫るだろう超抜級の戦力だ。
Cランクカードでさえ珍しい学内冒険者新人王戦において空前絶後の超抜級カードの登場に会場のボルテージは湧き上がり、同時に勝負の行方を半ば決めつけていた。
(なにを、気を取られて……こんな雑音、無視すれば)
無責任な野次だ。だがその言葉は正しい。少なくとも守善が勝ち目を見いだせない程度には。
不利は明白。敗色は濃厚。続ければカードのロストは必然だ。
(勝てない、のか)
悪意に飲まれ、思考がネガティブな方向に傾く。
事実として勝ち目が見当たらない。可能性の欠片すら思いつかない。悪意が弱った心に染み込んでいく。心がくじけ、諦めそうになり、俯いてしまう。それでも、という意地を吼えることすらできなかった。
――そして時は学内冒険者新人王戦の開催一週間前まで遡る。
◇◆◇◆◇◆◇
Dランク最難関迷宮『不死者の窟』を攻略して一週間が過ぎた。
攻略成果の現金化、分配――そして新たな戦力の購入。
数千万という巨大な金額が動いたため、慣れない手続きに振り回され、それなりに忙しい一週間だった。お陰で迷宮攻略にはとんと力を入れられなかったが……それも今日までだ。
守善がヒデオ、芹華と雌雄を決する『学内冒険者新人王戦』まであと一週間を切った。ここから一気にツメられるだけツメていくつもりだ。
既に大学は夏季休暇に入り、大学構内で見かける学生の数は減ったがそれでもそれなりにいるようだ。武装した冒険者の姿もチラホラと見る。
幸運か、偶然か大学周辺に多数ダンジョンが存在する立地かつ冒険者用の装備を大学の施設に預ける学生が多いのでチームの合流地点として利用する者が多いのだろう。
守善は大学に来た所用を済ませると昼食時。空腹を満たすために訪れた大学のカフェテリアはそれなりの数の学生で満たされている。いつも通り店内に足を踏み入れ――違和感を感じた。
食券を買い、注文したランチを受け取って席を探すために周囲を見渡すと、自分が視線を集めていることに気付く。
(なんだ……?)
周囲から視線を、注目を浴びている。それも異様な数だ。
視線に籠もる感情の質も無責任な好奇心が五割、猫がネズミを見るような嗜虐的な気配が三割、敵意がニ割といったところか。
好意的な視線は、ない。一つたりとも。
守善はこのところ大学内で話題になることもなく、一時期の注目が嘘のようにヒッソリと大学生活を送っていた。そんな中突然妙な注目を向けられていることを不審に思いつつも、周囲からアクションはない。ならば堂島守善はこういう時、図太く無視しつつあとで原因を探るタイプだ。
ひとまずは不審の念を棚上げし、空いていたテーブルを見つけて席についた。そして一人黙々と昼食を平らげようとしたタイミングで、
「――不思議そうな顔をしてるねぇ、堂島ァ」
どこか陰の籠もった、ねっとりと纏わりつくような声がかけられる。
声の主を見れば、断りもなく守善の対面に腰掛け、こちらをみている。そこにいたのはウェーブがかかった癖っ毛の下に整った顔立ちを乗せたイケメン。ただし顔立ちは見目よく整っているが、表情に浮かぶ敵意と嘲りの念が全体の均衡を台無しにしている。
顔は良くても人からは好かれない。そんな印象を抱かせる男だ。
「籠付か」
男の名は籠付 善男。
冒険者部一年生であり、かつて守善との間にトラブルを起こし、危うくその社会生命を失いかけた男だ。
守善とは賠償金で手打ちとなったこと、家が財力とツテを使いかばったことでギリギリ退学や退部を免れたことは守善も聞いていた。
とはいえ今更になって、それも妙な注目を浴びている状況で顔を出すとは。この状況を守善は訝しんだ。
「何の用だ? 互いに長く見ていたい顔でもない、用件がなければとっとと失せろ」
「なぁに。お前が不思議そうなマヌケ面を晒しているからさぁ。親切な僕がマヌケなお前に色々と教えに来てやったのさ」
「そりゃご親切にどうも。お帰りはあちらだ」
「いやなに、気にしなくていい。なにせ親切心だからね、代価なんて求めないさ」
刺々しい声音に刺々しいやり取りを互いに気にした風もなく投げつけ合う。妙な緊張感が二人の間に満ち、周囲からの注目が一層加熱した。
「――お前、冒険者部の新人王戦に出るんだって?」
その問いかけに見せかけた事実の告知に少しだけ驚き、呆れる。
何故知っているのかとは問わない。そもそも主催の冒険者部に参加登録をしたのだから、その一員である籠付が知っていてもおかしくはない。
だがその事実を公共の場でひけらかすように口にするのは部員としてモラルが問われるところだ。ただでさえ微妙な立場の籠付が口にするべきことではあるまい。
「噂になってるぜ、イレギュラーエンカウント殺しの二ツ星が新人王戦に名乗りを上げたってさぁ」
だが続く言葉で状況が変わる。口にしたのは本来籠付が知らないはずの情報だった。
守善が成したイレギュラーエンカウント討伐の事実を知る者は少ない。極秘というほど隠してはいないが、ほぼいない。そもそも守善と交流ある者が少なく、守善も敢えて口にすることはないからだ。
「お陰でいま大学の冒険者界隈はザワついてる。大会一週間前にとんだダークホースの出現だ。お前はいま時の人ってやつさ。大注目だな、有名人サマ?」
「お前はそれを、どこで、知った?」
「ここでバカ正直に僕に聞くとかさぁ、お前本当にマヌケだったんだな。問いかければ答えが帰ってくるなんて社会に出たら通用しないぜ?」
「御託はいい。知っていることを洗いざらい吐いてさっさと失せろ」
一語一語を切り、睨めつけるように鋭く問いかけば、煽るような物言いが返ってくる。一層冷たい敵意で尖らせた視線を向けると籠付は――、
「ハ……、ハハッ。いいぞ、ようやく僕を見たな」
笑った。
唇の端をヒクつかせ、手の震えを隠しきれずに、それでも籠付は嬉しそうに笑っていた。
「……ようやくだ。ようやくお前にリベンジできる」
「お前も大会へ出場するってわけか?」
「僕だって冒険者部の一員である以上当然さ。そこに横入りしてきたのはお前の方だ。今度こそなんの気兼ねもなくお前との因縁にケリを付けてやる!」
ようやく、と言うと恐らくは守善への接近禁止命令でも出ていたのかもしれない。腹の中に含む怒りがあったのだろう。それをこの機会に思う存分叩きつけられると敵意、復讐心、戦意が渾然となったギラついた感情を守善に向け、籠付は正面から宣戦布告した。
「お前程度にいまさらリベンジされてやる義理はないが?」
が、守善は籠付のギラついた感情を一言で冷たく切り捨てる。威圧、ハッタリではなく単なる事実として籠付程度と見下していた。
「ああ、僕程度じゃそうかもな。精々甘く見てろ、正々堂々――お前の足元をすくってやるからさぁ!」
皮肉を効かせ、頬を不細工な笑みで歪ませ、己を格下と自覚して、それでも籠付は吼えた。
客観的に見て守善が籠付に劣る要素はない。手持ちの戦力、冒険者としての能力、リンクの技量。その全てで籠付を遠く突き放している。戦えば百%己が勝つと守善は確信していた。
だがそれでも……、
(――――)
言葉にできない感覚を感じ取る。はるか格下、恐れるに足らず。それでもと、腑に落ちない危機感とでも言うべき感覚を。
「――そこまでにしておけ、籠付」
「――ええ、ええ。皆様が憩いで集まるこの場所で喧嘩腰の物言いは頂けませんわ、お互いに。違いまして? お二人とも」
その感覚を言語化する前に、カフェテリア中の注目を集める二人の諍いへ新たな闖入者が現れた。
「ヒデオに、芹華か。何故ここにいる?」
闖入者達は志貴ヒデオ、そして芹華・ウェストウッド。籠付との諍いに割り込んできた友人たちへあいも変わらずのぶっきらぼうな物言いで問いかけた。
「あら、同じ大学に在籍する私達がお昼時にここにいて何かおかしなことでも?」
「だな。お前らは少し周囲の目を気にした方がいい」
だがすぐに呆れたような視線と言葉が返され、守善は目をそらした。返す言葉がなかった。
「志貴ぃ…‥! お前、冒険者部がこいつの肩を持つつもりかよ!」
「なんの話だ? 俺は友人がモメているのを見て仲裁に入っただけだが?」
「それがこいつの肩を持つって言ってるんだよ!」
「知らんな。俺は立場によって言動を変える奴になりたくない、し。友人がモメているのを見て見ぬ振りもしたくもない」
ヒデオの真っ直ぐな物言いに唾でも吐きたそうな顔をする籠付。複雑な感情をブレンドした嫌悪感、劣等感を顕に吐き捨てる
「お前のそういうところ、ほんっとうに気に入らねぇ……!」
心底からの言葉だった。少なくとも守善はそう感じた。
ヒデオもそれが分かったのか珍しく顔を曇らせながら、それでも言葉を紡いだ。
「……そうか。俺に至らぬところがあるならば直そうと思う。同じ部の一員としてお前とは仲良くしたいからな」
「そういうところだって言ってるだろうが! クソ、本当に嫌になる……! こんなところにいられるか、僕はもう帰るからな!」
そう言い捨て席を立つ籠付。結局大した情報も出さずに足取り荒く去っていったいけ好かない男を守善は冷たい視線で見送った。
「……行ったか。何がしたかったのやら」
「宣戦布告、ではありませんの?」
「うむ。お前と籠付の因縁は聞いている。大会を機に溜まった感情をぶつけようとしたのでは?」
「勝負が成立しない程度の実力で挑まれてもただひたすらに迷惑だ。俺に近づかないように言っておけ」
「さて。噂に聞くように一線を踏み越えたのならばともかく、大会にかこつけた鍔迫り合いは……よくあることだからな。舌戦で済んでいるなら可愛い方だろう」
ヒデオの達観とした物言いに芹華が呆れたように苦言をこぼした。
「アレが可愛い方、ですか……。冒険者部も随分と人間関係がドロドロとしているのですね」
「仲間であるが、同時に部内序列を競い合う間柄でもある。中々一筋縄ではいかん。……ちと過熱気味な傾向は俺やカイシュウ先輩はどうにかしたいと思ってはいるのだが」
「お前が手を出すのは止めとけ。向いてない」
真っ直ぐな気質で何事にも正面から向かい合うヒデオのキャラクターと政治という分野はどこまでも嚙み合わない。まだ傍若無人を地で行く守善の方が適性がある。
友人を案じ、守善は珍しくまっとうに忠告した。
「忠告は心に留めよう。常に従えるかは自信がないが……」
「馬鹿め。君子危うきには近寄らずという言葉を知らんのか」
「危険を恐れては冒険者にはなれんさ。それに頼りになる仲間もいるしな」
「そうか、頑張れ」
あっさりと言い切るヒデオに肩をすくめて返す。適材適所という言葉を知った上での行動なら別段依存はないのだ。
ヒデオが持つある種のカリスマと言うべき人をまとめる力があるならば仲間集めに苦労はしまい。いつもは飄然としているくせに逆境時には妙にしぶとい。腕もある。冒険者として頼りがいがあるのは間違いない。
「ああ、頑張る。だから頼むぞ、頼りになる仲間」
「待て。頼りになる仲間ってのは誰のことだ」
「そりゃもちろん――」
嫌ににこやかな笑顔で肩に手を回してこようとするヒデオを押しのけて問いただす。意味の分からないうちに冒険者部のゴタゴタに巻き込まれるのはゴメンである。
「……そこで何故俺を指差す?」
「いや、頼り甲斐はあるだろう?」
「そこじゃねえよ」
ヒデオの無茶振りに真顔で拒むが、まったく気にした様子もない。
「そう言うな。礼代わりと言ってはなんだがいま大学内で騒ぎになっている、お前に関わる噂の発信源を教えてやる」
「足りんわ。せめてその百倍は有用な情報を持ってこい」
「ならば残りの九十九は気長に渡すとしよう。とりあえずは耳を貸せ」
「……む」
そうまで言われればヒデオの物言いが情報を渡すための前振りだったのだと守善も気付く。バツが悪そうに頭を掻きつつ、大人しくヒデオの話に耳を傾けた。
「うちの大学の報道部を知ってるか?」
そうして飛び出たキーワードは守善にとっても聞き覚えのある名前だった。
【Tips】報道部
読んで字の如く学内の出来事を中心に記事をまとめ、報道する部活動。
他の大学にはない特色として学内の冒険者(特に冒険者部)に強いコネを持ち、記事の内容も冒険者が中心。正確な情報発信よりもエンタメを重視する傾向が強い。スナパラッチとあだなされる名物部員がいるらしい。
『My tube』のアカウントを持ち、部員が作成した動画記事をアップしており、学外のファンも多い。
学内新人王戦では冒険者部と協力して撮影班や実況などに人を出し、大会運営に協力している。
その報酬は冒険者部からの積極的な取材協力やネタの提供。一例として報道部が編集した昨年の学内新人王戦の動画記事は再生回数が百万回を超えた。
2022/07/17 一部描写を修正