第十四話 多段式ロケット作戦
クエレブレ。芹華の誇るエースが両の翼を力強く羽撃かせ、空を征く。
その巨体に相応しい身体能力を持って大地を蹴り、跳躍。そして両腕に折りたたまれた皮膜の翼を広げ、巨大なクエレブレが宙を舞う。飛翔というより滑空に近いその飛行はゾンビの群れたちを無視しながら前へ前へと進んでいく。
が、もちろん空を征くドラゴンと言えど一息にレギオンの喉元へは届かない。敵の防衛網に必ず引っかかる。
敵陣にて地上はゾンビアーミーの担当、空中の担当は――
「ゴーストが来た! 群れ……いや、ほとんど”壁”だぞアレ!」
「敵影を確認。援護困難と判断。この場はお任せします、レブレ殿」
「■■……」
ブワリ、と敵陣から雲霞のごとくゴーストの群勢が湧いて出る。
敵影の密度に目を見開くリオン。
冷静に状況を見極め、レブレへ声をかけるレビィ。
二人に答えるように、レブレは一声鳴いた。言葉なき咆哮でレブレは言う――竜を侮るな、と。
「■■■■――!」
小細工など必要ない。
咆哮を上げ、真っ直ぐに進む。並み居るゴーストの群れを無視してただひたすら真っ直ぐに。
レブレが放つ魔を宿す竜息がゴースト達の隊列を引き裂く。密度が薄くなった箇所を見て取り、即座に飛翔の軌道を修正。
『――ィィィ――……!!』
生々しい呪詛の念を零すゴーストの群れへとレブレは頭から突っ込む。瞬間、生き残ったゴーストから無数の状態異常系スキルが乱れ飛ぶ。だがそのことごとくをレブレの竜鱗が弾く。竜種の鱗は物理・魔法面の防御はもちろん状態異常耐性もまた極めて高い。
無論、背に乗せる二人を翼の影に隠すことも忘れない。伝承に曰く、クエレブレは乙女を妖精に変えて契りを結んだという。種族的に珍しい女性に紳士的なドラゴンなのだ。
なおホムンクルスは性別的に非常にややこしい種族だがレブレの中では乙女判定である。
「次が来るぞ!」
「敵影、第二波を確認。さらなる大群です」
だがゴーストの群れを一蹴したレブレを嘲笑うかのようにおかわりがやって来る。
お前こそ舐めるな、と威嚇するかのような大群だ。
少しだけマズイな、とレブレは胸の内で呟いた。
レブレ達エースには状態異常耐性を底上げする中等補助魔法・イミュニティがかけられている。そうやすやすと状態異常にかかることはない。
それでもゴーストがレブレに状態異常スキルを重ねて仕掛けるたびにその耐性も少しずつ弱っていく。特に生体機能である竜鱗はともかく、状態異常耐性魔法は消耗が顕著だ。
その上で。
「■■■■――!」
咆哮する。
この程度の苦境、幾らでも乗り越えてやるとレブレはより力強くその翼を羽撃かせた。
◇◆◇◆◇◆◇
竜種の機動力と耐久力に任せて強引にゴーストの壁を突き破り、レギオン本体までの道を切り開いていくレブレ。
伸るか反るか、ここでレブレが狂乱してしまえば背中に乗せた二体も敵陣の真っ只中に振り落とされ、レギオン攻略作戦は失敗に終わる。
レブレがレギオンの元へたどり着けるかがまずレギオン討伐第一の関門。
だが全霊を込めて前へと飛翔するレブレへ文字通り壁が立ちはだかった。
ゴーストの群れが集まり合って形成される”壁”。これを突破するたびに物理ダメージはなくともゴーストの憑依スキルが多重掛けされる。
”壁”を突き破った回数は七を越えようか。
生命として強靭なドラゴンは精神力もまた強靭。だが数十を超え、百に近い回数の呪詛を喰らえばその強靭な守りを突破される回数は否応なく増えていく。
レブレの赤い竜眼が血走り、呼吸が荒くなっていく。状態異常、衰弱による疲労に加え、混乱の重ねがけによる影響だ。
レブレが正気を失い、届けるべき背中の荷物を放り出すまでもう幾ばくの猶予もない。
「■、■ァ……」
グラリ、と空を征くレブレの巨体が不意に大きく傾いだ。
これが限界か、とその背に乗るレビィとリオンも覚悟を決めたその瞬間。
『――しっかりなさい、レブレ! 醜態を晒すことは許しません。あなたは私の――エースなのですから!』
芹華がレブレを叱咤した。
シンクロリンクを通じて流し込まれる檄がレブレを狂気から正気へと引き戻す。
冒険者にとって、エースとはなにか。
最大戦力? 戦術の要? 付き合いの長さ?
否だ。それらはエースが持つ役割の一部であり、核心ではない。
――エースとは、冒険者から最も信頼を預けられた者の称号だ。
エースは常に冒険者の傍らにある。どんな苦境でもエースとならば立ち向かえる。逆境だろうとエースがいるならひっくり返してみせる。そんな代わりの効かない存在こそがエース。
故にエースを任せられたモンスターはマスターの信頼がある限り、限界を超えて力を振り絞り、勝利を求めるために立ち上がるのだ。
『 ― ― ― ― ― ― ― ― ! ! 』
大咆哮。
大気を震わせ、その口腔から放たれるはドラゴンの代名詞、竜の吐息。それもクエレブレの属性に染まった水竜息だ。
深く息を吸い、吐く。ただそれだけで魔法を強化・収束し、吐息として撃ち放つ必殺の一撃。
クエレブレが大顎を開き、吐き出した大質量の水柱が大地を深々と抉るほどの威力をもってレギオンへ向けて一直線に放たれる。その一閃はゾンビの群れを薙ぎ払いながら道を作る。レギオンへと至る、細いながらも確かな道を。
「■……■■…‥」
ブレスを吐き切り、限界を迎えたレブレの肉体から一気に余力が消え失せる。力ない鳴き声とともに飛翔から滑空へシフト。もう翼を羽撃かせる余力がないのだ。
ズシン……、と地鳴りを響かせてレブレがゾンビアーミーを轢き潰しながら大地に四肢を叩きつけ、着地した。
最早レブレに余力はない。ここからは自身の防衛行動と、出来て命からがら逃げ帰るのが精一杯というところか。
だがその奮戦によって、両者を遮る距離という壁は潰した。もうレギオンは目と鼻の先だ。
だからこそ、ここから先はレブレが片道切符前提で運んだリオンとレビィの出番だ。
多段式ロケット作戦。レブレという推進ロケットを使い、無傷で届けられた本命達がレギオンを討つ。
「いい仕事だぜ、レブレ。テメェら、俺の仲間をこれだけいいようにしておいてタダで済むとは思っちゃいねえだろうなぁッ!」
粗にして野だが卑にあらず。荒っぽくも情に厚いリオンがレブレの背から豪快に飛び降りる。着地とともに気合一閃、その手の大剣で手近なゾンビを斬り払い、両断した。
「御美事。誠に天晴な忠義、感服仕りました、レブレ殿」
最近時代劇にハマっているレビィがレブレを時代がかった言葉遣いで称賛する。同時、軽功卓越の身のこなしで軽やかに着地するやスローイングナイフを四方八方へ投擲。脳天を貫通し、急先鋒で迫りくる八体のゾンビを瞬く間に沈黙させた。
「リオン殿、今のうちに――」
そして出来上がる一瞬の空白を逃さず、リオンが動いた。
「ナイスフォロー! 先行くぜ、レビィ!」
空いた時間と距離のスキマを使ってリオンが瞬く間にレギオンとの距離を詰めた。
その僅かな間を使い、レギオンとの距離を更に潰す。だがその半ばを行く頃にはレブレのブレスがこじ開けた道が増援のゾンビアーミーによって閉じられていく。
まだリオンとレギオンの間には多少の距離があり、遮るゾンビアーミーの群れがある。レギオンは陰々と籠もる唸り声を上げ、眷属をリオンに向けて殺到させた。
『――悪悪悪悪怨……!』
だがそれら障害物の一切合切を無視し、リオンはニヤリと不敵に笑った。
「射程圏内だ、デカブツ」
轟雷一閃。
天から紫電が降り、雷鳴の如き大音響が轟き渡る。リオンが手にした大剣に中等攻撃魔法・ライトニングが宿った。リオンの代名詞ともいえるスキル、《魔法剣》だ。
大剣に宿るライトニングを圧縮・圧縮・圧縮。圧縮を繰り返し、封じ込められた雷霆はいまにもリオンの手綱を振りほどこうと暴れている。
加えて《魔力強化》に《追加詠唱》で魔法の威力をブースト。飛び立つ前にかけられていた中等補助魔法によって威力と魔力消費を倍加する。
「合わせろよ、ヒデオ! チャージ完了まであと三秒、最大火力を叩き込む。一瞬でもズレたらブッ殺す!」
『やれやれ、うちのエースは注文が多い。ま、やれるがね……!』
挙句の果てにマスターとのシンクロリンクによりリオンの潜在能力を最大限に引き出していく。
ただ一振りで魔力と体力の半ばを使い切る燃費の悪さを代償に、レギオンの巨大な霊体を根こそぎ吹き飛ばす必殺の一撃が完成した。
もう何秒と制御していられまいが……構わない。魔法剣にかけた手綱を外し、思う存分暴れ狂わせる!
「テメェは邪魔だ。”斬り”開いて、押し通る!」
バチバチとただならぬ威力を示す雷電纏う大剣を構え――リオンは思い切り横薙ぎに振りかぶった。
リオンが手繰るのは超圧縮した水鉄砲を撃ち出すイメージ。丁度先ほどレブレが見せた水竜息に近い。
渾身の力で大剣を振りかぶった瞬間、封じ込められていた稲妻の奔流が轟くような雷鳴とともに暗闇を切り裂いていく。
最早中等攻撃魔法の域を超えた大火力砲撃が真っ直ぐにレギオンめがけて迫り――着弾する。
「――魔剣・雷鳴散華。……なんてな」
レギオンとその周辺に群れを成すゾンビアーミーとゴーストの大半を消し飛ばすほどの威力を誇った大火力攻撃だ。その威力、地力に優れるレブレ渾身のドラゴンブレスにすら勝りうる。
着弾の瞬間に生じた衝撃波によって粉塵がもうもうと立ち込めている。
だがあの雷鳴剣は正しく必殺の一撃。いかにレギオンと言えど無事なはずがない。
自負を込めた思考がリオンの脳裏を過ぎった瞬間、土煙が晴れた先にある巨大な影を捉える。
「仕損じたか」
クソッタレ、と悔し気に舌打ちするリオン。
その巨体の半分以上を消し飛ばされながらもレギオンは健在だった。
眷属の群れを壁に使い、更に自身も咄嗟に回避行動を取ることで魔剣の脅威をギリギリのところで自身から逸したのだ。
加えてレギオンもまた多くのアンデッドモンスターと同じように不死スキルを持つ。
無数の霊魂を歪んだシャム双生児のごとく融合させ、呻くように怨嗟の念をこぼし続ける死霊の集合体こそがレギオン。
その本体を構成する全ての霊魂を消し飛ばすか、本体そのものである統合核を破壊しなければレギオンは死なないのだ。
『――悪悪悪悪怨……!』
怨嗟と報復の念を込めてレギオンが唸りを上げる。
半身を失いながらも辛うじて生き残ったレギオンは一気に消費し尽くした眷属を補うべく再び眷属召喚スキルを全力で行使していた。
「このままじゃちっとマズイぞ……」
焦りとともに、リオンが呟く。
さっきの魔法剣を撃ち放った余波でレギオン周辺のゾンビアーミーとゴーストは一気に激減した。今はまだ新手をリオン達に向ける余裕はない。だがすぐにレギオンが新たに生み出した眷属がこちらめがけて襲いかかってくるだろう。
思う存分に最大火力を叩き込んだ代償にリオンの体を強烈な虚脱感が襲っている。限界以上の魔法を行使したことによる魔力切れだ。眷属の群れに襲いかかられれば、長時間の抵抗は難しい。
「――仕方ねぇ。トドメはお前に譲ってやるよ、レビィ」
その言葉が終わるやいなや半身を消し飛ばされたレギオンに小柄な影がフワリと跳びかかり――振りかぶった唐竹割りの一刀がケーキを切り分けるようにあっさりとレギオンを割断した。
陽動と奇襲。リオンが放つ魔剣・雷鳴散華の影に隠れ、密やかに忍び寄り、機を伺っていたレビィが絶好の隙を突いたのだ。
「死霊、レギオン。本来あるべき場所から逃れ、現し世に彷徨いでた悪しき霊の群れ」
レギオンを苦もなく両断した秘密はその手に握る約八十cm程の刀身を持つ両刃の直剣。鍔は短く、鋒が丸められていることから非戦闘用の刀剣であることが伺えるが――同時に紛うことなき実用品。
罪人の首を幾度となく断ち切った処刑刀。流れ出た血潮を吸い漆黒に染まった刀身がまるでレギオンの霊的質量をバターのように削ぎ取っていく。
「天に代わってその”罪”を断つ――成敗!」
神速の剣閃を持ってレギオンを無数に分割する。
魔道具、天秤の処刑刀。守善がこのダンジョン攻略のために用意したレビィ専用装備だ。
悪属性のモンスターに対し特効効果を持つアンチ・アイテム。特に死を得ながら現世を歩く罪を抱えた不死者には苛烈なダメージを与える不死殺しの刃。
『悪悪悪悪悪悪悪汚……!』
割断されたレギオンが魂消るような悲鳴を上げる。
切り分けられた魂は本体の統合核に戻ることが出来ず、溶けるように大気へと消え去っていく。不死殺しの刃の特攻だ。
さらにその霊的質量を減らしたレギオンが悶え苦しみ、両断された切断面にひと際強く輝く青白い霊魂が顕れる。
レギオンの統合核。無数の意識を束ねる本体だ。
「主、ご命令を」
主に仕える道具としてレビィは決着となるオーダーを求め、主もまた即座に応えた。
リンクを通じて下される命令は唯一つ。
『――”殺せ”、レビィ』
「認識しました。疾く、御意のままに」
あるべき魂をあるべき冥府に。レギオンにとって正しく致命的な一刀が、儚い輝きを宿す統合核を――両断した。
【Tips】魔法剣
ホムンクルス・リオンが持つ稀少スキル。
その運用はダイ大の魔法剣を想像してもらえば問題はない。
斬撃に魔法を付与して威力を引き上げる直接攻撃タイプと、一度大剣に魔法を装填してから各種バフをかけた上で圧縮、威力を最大限に高めてから開放する砲撃タイプの二種類が存在する。
え、アバンストラッシュのAとB? 知らんな管轄外です。
なお威力を高めすぎると武器が負けて劣化するところまで同じ。今回もリビングアーマーの剣は使用後、ボロボロに砕け散っていた。
予備用の武器カードを持たされていたが、取り替えるまでに隙が発生するため、使用に耐える武器の用意が急務。