第十三話 絶対に出会ってはいけない友情連携
結局のところ。
守善達は物量戦を主体とするレギオンと同じ土俵で競り合っても勝ち目はない。
それをやろうとするならば、少なくとも眷属召喚スキル持ちのCランクカードを複数枚揃え、補助戦力と合わせて十分に育て上げる必要がある。
しかしエースを除けばメインカードの大半がDランクカードの三人ではその戦術を選べない。
故に勝ち筋はただ一つ。
レギオン本体探索から時を置かず、速攻戦を仕掛ける。
そのスペックの大半を眷属召喚スキルに割り振ったレギオンはCランク基準で見れば本体の戦力はかなり低い。
彼ら三人のマスターが誇るCランクのエースが一対一で向かい合える状況を作れば十分に勝ち目はある。
故に考えるべきは彼らのエースをいかにしてレギオン本体のもとへ届けるか。
もちろん簡単ではない。レギオンの元へたどり着くために数百、下手をすれば千を超えるモンスターの群れを突破しなければならないのだから、
この無茶を通すために、三人は幾度となく話し合い、やがて一つの作戦を採用した。
作戦に凝ったネーミングを与えようとする芹華を制して、守善は非常にそっけない作戦名を採用した。
多段式ロケット作戦。
名は体を表すというか、非常にそのままなネーミングに芹華とヒデオは微妙な顔をしたという。
◇◆◇◆◇◆◇
Dランクモンスター、ゴースト。その恐ろしさは単体ではなく他のモンスターと組んだ時にこそ発揮される。
その恐ろしさは気が狂ったような勢いで守善達に襲いかかるゾンビアーミーの濁流が証明していた。
ゾンビは元々痛覚を持たず、我が身を顧みない戦いぶりが特徴であるが、それをさらに尖らせたような勢いだ。
その正体はゴーストの先天スキル、憑依。このスキルは人間やモンスターに憑依することで衰弱、混乱などの状態異常を付与するスキルだがさらにもう一種類、ゴースト系列のモンスターが使える特殊な状態異常を付与できる。
敵に使うよりも味方に使ったほうが強いと呼ばれる異色の状態異常、暴走。
モンスターを暴走させ、リミッターを外す効果を持つ。敵に対しては普通の状態異常より成功率が低く、かつ暴走の矛先がそのまま自身に向かってくる可能性が高いことからあまり使われることはない。
しかし味方モンスターに使えば効果が反転する。理性をなくし、リミッターを外したモンスターを特攻役として敵にぶつけることで大きな戦果が期待できるのだ。
強化倍率が低く狂化スキルの劣化と呼ばれることも多いが、誰にでも付与できるのが強みか。
ただし味方モンスターからの信頼を著しく損なうことが多く、これを好んで使うマスターは少ない。
だが迷宮に出現するボスモンスターならそんなことは全く問題にならない。
眷属のゾンビアーミーにゴーストが憑依し、暴走の状態異常を付与。最初から理性が存在せず、リミッターが外れているゾンビだが、更に我が身を省みない破滅的なパワーを引き出している。恐らく通常より三割近く身体的なステータスは増しているはずだ。
その分我が身を省みない突撃は全体の負傷の規模を大きくしていたが、元々痛覚が存在しないゾンビ系モンスター。気にする素振りすらなく、ただ一刺しのために特攻を仕掛けてくる。
その圧力は同格のDランク眷属の肉壁ですら押し止めることに精一杯だった。
だが、まだ打てる手は十分にある。
「黄泉軍を前面に押したてろ! 奴らが時間を稼いでいる間にオークはコボルトの指示に従って陣地作りだ! ピクシーはとにかく攻撃魔法を撃ちまくれ!」
『了解!』
その不利を少しでも埋め立てるために戦闘中に野戦築城を行うという無茶を押し通す。
普通なら正気を疑う話だが、常識に囚われないモンスターならば可能だ。
生まれながらの鉱夫であり大地に親しいコボルトを頭に据え、膂力に優れる眷属オークの群れが猛烈な勢いで大地を掘り返す。
形成するのはマスターを中心に円を描くような構造のシンプルな陣地。
「”ボッ!” ”ボッ!” ”ボォ~~ッ!”」
ここでコボルトが持つ下級地精霊のスキルに内包する地形操作と地質操作が活きた。掘り返す時は柔らかく、空堀と防塁を整形した後は地形を硬化することで即席の野戦築城が冗談のような速度で行われる。
ただ空堀を掘り、削った土で防塁を作るだけの簡素な陣地だが、これが馬鹿に出来ない。理性のないゾンビ相手には特にだ。黄泉軍が時間を稼いでいる間にあっという間に人の背丈よりも深い空堀と同じくらい高い防塁が完成する。
代わりに時間稼ぎに使われた黄泉軍の軍勢が全滅したが、黄泉醜女の眷属召喚速度ならばカバーが効く範囲だ。
そして完成した陣地に本隊を収容し、眷属モンスターに全周囲から襲いかかるゾンビアーミーへの対処に当たらせる。
「オークは防御重点で防衛。必ずピクシーと組ませて敵に当たらせろ。バーゲストとハヤテは遊撃、各自の判断で手薄なところに当たれ。増産したヨモツイクサは特攻用の予備戦力として使う! 他は事前の取り決めどおりだ。
――黄泉醜女、お前はとにかくヨモツイクサの召喚と主力の状態異常の解除だ! 抜かるなよ!」
「ぁ……ぁぃ……」
ボソボソと小声で返事をするヨモツシコメ。
恐ろしく醜い鬼女だが、人は意外と慣れるもの。一瞬が生死の境を分かつ戦場ということもあり、彼女の隣に立つことを厭う者はいなかった。
なにより中等補助魔法スキルを使用可能な彼女は状態異常耐性を上げるイミュニティの使い手。その補助魔法は引く手数多だ。
「上手くいっていますわね」
「ああ。奴ら、足を取られて勢いが鈍った!」
単純な空堀と防塁だが元々の知性が低く、更に暴走しているゾンビアーミーには効果的だった。
地形の高低差で足を取られて勢いが鈍り、防塁に取り付いても即座に眷属達に排除される。中には空堀に転倒すると仲間のゾンビ達にそのまま原型がなくなるほど踏み潰されきった個体まで出るほどだ。
眷属達も期待以上に奮闘し、特に陣地という安全な殻に籠もった後衛はその火力を存分に発揮していた。
防御を顧みない特攻は、敵にそれ以上の防御性能を備えた陣地に籠もられれば弱点となって自らに襲いかかる。いまゾンビアーミー達はその報いを味わっていた。
これで守善ら本隊の防御力はかなり向上した。逃げ場がなくなった、とも言えるが……レギオン率いる軍勢を相手に今更の話だ。
「これでしばらくは時間を稼げる。なにより」
「敵本隊を引きつける囮として十分に機能するはずです」
「いくら斬り込み部隊でも防御を固めたレギオン本隊の相手などさせられんからな」
多段式ロケット作戦。その本質はレギオン本体を目指した首刈り戦術だ。
この後、精鋭で固めた斬り込み部隊は本隊を離れ、レギオンの命脈を刈るために敵陣に乗り込むこととなる。
その前準備としてなんとしても敵本陣を手薄にさせなければならない。ガチガチに防御を固めた敵本陣にただ突っ込ませても数に圧殺され、エース達の無駄死で終わる。
レギオンを挑発し、攻勢にシフトさせるだけの旨味がある囮が必要なのだ。その点、マスターが籠もる防御陣地などはいいエサになる。
次から次に怒涛の勢いで陣地に迫りくるゾンビアーミーの群れがその成果を証明していた。
野戦築城で時間を取られ、多少敵の総数が増えたとしても、二手に分けることで敵の圧力が分散するならば決してマイナスではない。
「とはいえそう長くは持たんだろうがな」
「確かにな。事前に立てた予測ならそろそろ……」
「レギオンも新しい手を打ってくるはずです」
芹華が予言めいたことを言った瞬間、戦場の空気が変わる。
陰々と恨みの籠もった声が暗闇が蔓延る墓場に鳴り響く。ゾンビが零す無機質な呻きとも違う、もっと生々しい負の感情が乗った叫びだ。
その正体は空中を浮遊する死霊、ゴースト。
「来たか」
「ゴースト単体で空から、か」
「まぁ陣地を無視できる空戦戦力があるなら使わん手はないだろうな」
三人の言葉通り迫りくる敵軍は地を駆けるゾンビアーミーに加え、空を浮遊するゴーストの割合を大幅に増やしていた。
ゴースト単体では状態異常が主体となり打撃力としては微妙だが、陣地を無視してそこに籠もった敵軍を妨害できるのは大きい。その点を考慮し、攻勢の主体をゴーストに切り替えたのだろう。
守善達が打った手を眷属越しに見極め、理解し、新たな手を打つ。敵手であるレギオンはただ眷属の数だけが強みではない。揃えた数の使い方も知る難敵だ。
「厄介だな。思った以上に頭がキレるらしい」
「三人寄れば文殊の知恵とも言う。頭数は文句なしに俺達以上だからな」
「数千単位ともなれば船頭多くして船山に登る方に行くと思うのですが」
軽口を叩きつつも素直にレギオンを称賛する三人。その顔にはまだ余裕がある。
「では」
「ああ、予定通りにいく」
「まずはあのゴーストの群れをふっ飛ばしてから作戦開始、だな」
そう、予測できていたのならそれに備えないはずもない。
敵ゴーストの密度はさながら海を泳ぐ回遊魚の群れの如し。一体一体は弱く、小さいがその数と密度は洒落にならない。恐ろしい数の大群勢――だが、対抗手段はある。
「マスター命令だ、B.B。奴らにとびきりの場外ホームランをかましてこい」
「ロビン。練習の成果を見せる時だぞ」
「桜狐さん。不本意かもしれませんが、どうぞよろしく」
マスターの中で一人だけモンスターにかける言葉に温度差があるが、シチュエーション的にやむを得ない。
「任せな、大将。テンションアガってきたぜぇぇ!」
「超オッケー! 好敵手との友情コンボとか正直期待してた!」
「……はーい、桜狐ちゃん頑張りマース」
棍棒とグラブを天に突き上げ、右肩上がりにテンションを上げていく珍獣二匹。対照的に芹華の妖狐だけがしなしなと狐耳と尻尾が力なく垂れ下がっていた。この危険物どもと組まされているのだ。無理もないだろう。
「燃えてきた燃えてきた! やっぱ場外乱闘は野球の華だよなー!?」
「奴ら、野球ファンには到底見えんがな」
「へへ、思い出すなロビカス。キレたお前がやらかして、お互いのマスターも交えてのあの日の場外乱闘をよ」
「おい、存在しない記憶を勝手に捏造するな」
相も変わらず口を開くごとに奇天烈な発言が飛び出す珍獣どもにマスター達がそれぞれツッコミを入れる。
互いに視線を交わし、嫌なシンパシーを感じ取る。互いが嫌いだとかそんなことはないが、こんなシチュエーションでシンパシーを感じたくなかったと二人は心の底から思った。
「ますたぁぁぁ……私、こいつらと組まなきゃダメなんですかぁ~?」
「……その、強く生きて下さい。桜狐さん」
珍獣どもの独特すぎる芸風に到底付いていけそうにない桜狐が泣き言を漏らすが、芹華にできるのは力ない慰めの言葉をかけるだけだ。
実際桜狐もこのコンボの重要なパーツなのだからボイコットされても困るのだ。
「よっし、それじゃ行くぜ相棒!」
「ああ、野球の時間だ! とびっきりの葬らんをキメてやるぜ!」
「……ハーイ、ガンバッテクダサーイ」
天井知らずにテンションがアガっていくB.B&ロビカスコンビと異なり、棒読みで相槌を打つ桜狐がひたすらに哀れだった。
とはいえ気は乗らずとも仕事はキッチリと果たす。桜狐もまた芹華から名付けを受けたモンスターとして、マスターの力になりたいと思っているのだから。
なにより彼女が目指すはデキる女にして性格イケメンをも虜にする良妻狐。素敵な旦那様をとっ捕まえるためにはこれくらいの苦難などなんのその。ちょちょいのちょいで乗り越えてみせよう! ……などと自分を慰めなければやってられなかった事実は脇に置いておくこととする。
「……じゃ、行きますよー。中等補助魔法、コンセントレーション」
集中の魔法。次に放つ魔法の威力と消費魔力を二倍にする補助魔法だ。本来妖狐の先天スキルは初等魔法使い。だが今回の迷宮攻略中にこれまでにない密度で魔法を使い込むことで中等魔法使い見習いにスキルがランクアップしていた。
その恩恵によるワンランク上の補助魔法をロビカスにかけ、次に放つ魔法の威力が倍増する。
そして渾身を込めた―球が――、
「行くぞ火の玉ストレェェ―――ート! 燃えろタマシイ、あの日のシャーウッドの森のごとく!」
バットを構えるB.Bに向けて放たれる!
「いい魔法放るぜ相棒! 輝け、俺の黄金バットォォォッ!」
B.Bが持つ後天スキル、ピッチャー返し。
かつてB.Bの全てをフル稼働し、疑似メテオをも打ち返したスキルはロビカスとの邂逅とぶつかり合いを経てさらなる進化を果たした。
すなわち、ピッチャー殺し!
投射攻撃をただ打ち返すのみならず、その威力を増幅し、打ち返す方向を自由自在に操れるほどに自由度を増した後衛殺しのスキルへと進化したのだ。
今回打ち返すのは無論ロビカスが放った威力二倍の中等攻撃魔法・フレイムバスター。人体程度灰すら残さず焼き尽くす巨大な火球がとんでもない豪速球で放たれる。
「吹・き・飛・べ・えぇぇぇ――――ッ!!」
だがB.Bの《選球眼》はその軌道をつぶさに捉えていた
渾身の力を込めた一振りがフレイムバスターの真芯を捉える。カキィンッ! と気持ちのいい快音とともに燃え盛る魔球が空中のゴースト群へ向けて打ち返された!
「これで終わりじゃねーぞぉッ! 分裂しろ、オイラの《魔球X》!」
さらにロビカスの後天スキル、魔球Xが発動する。あらゆる投法の集合体にして結晶であるこのスキルは投射攻撃に無数のプラス補正がかかり、さらには幾つもの魔球投法を操る複合スキル。
魔球Xが一つ、分裂する魔球。
空に炎の尾を引いてカッ飛ぶ炎の魔球が千々に分かれ、一つ一つの小魔球が空を泳ぐゴーストに向けて雨のごとく無数に降り注ぐ!
魔法、特に火属性は一部のアンデッドモンスターに特攻だ。浄化の火に炙られ、文字通り魂消るような悲鳴を上げるゴースト達。
これぞ友情連携――《ピッチャー殺し》×《魔球X》!
どんよりとした空気が立ち込める墓場の曇り空に、鮮やかな爆裂の華が無数に咲き誇る。
無数の火球に焼き払われ、空を埋め尽くす勢いで飛来していたゴーストの群れにポッカリと巨大な穴が開いた。
『今だ!』
三人のマスターの声が綺麗に重なった。それを機としてエース達が動く。
既にクエレブレ、リオン、レビィに向けて四方八方からバフが乱れ飛び、またエースら自身が望める限りの準備もまた整っている。
「飛びなさい、レブレ! 友を乗せて、空を征きなさい!」
「■■……■■■■――――!!」
芹華の号令を受け、クエレブレが咆哮した。
フロア中の大気を震わせ、恐怖のないアンデッドモンスターすら怯ませる大咆哮。
そして、跳んだ。跳躍は滑空に、そして飛行へと変わる。両の翼を羽撃かせ、最強種たる竜は力強く空を征く。その背にリオンとレビィを乗せて。