第十一話 ミックスアップ
守善達が新たなカードを手に入れ、Dランク階層に入ってからも攻略は順調に進んだ。
Dランク階層に出現するモンスターは当然Dランクがデフォルト。一部のエースらを除き、守善達のメインカード達と同格だ。
敵の戦闘力はこれまでよりも明確にワンランク上がった。
だが繰り出してくる戦術そのものに大きな変わりはない。眷属召喚スキルで呼び出した不死の眷属をひたすらぶつけてくるだけ。
例えばコープスの上位種、Dランクモンスターのマス・コープス。ゾンビの上位種であるDランクのゾンビアーミーを無限召喚する眷属召喚スキル持ち。眷属の召喚速度と眷属単体の強さが上昇する完全上位互換タイプのモンスターだ。
基本的にこの迷宮における敵の戦術はワンパターンだ。ただし、ただひたすらにしぶとく殺し辛い雑兵が物量を持って押し潰そうとしてくるというある意味最悪のワンパターン。
このワンパターンこそがこの迷宮をDランク最難関としている最大の理由であるが、守善達はいまのところ無難に乗り越えていた。
「――召喚した黄泉軍は片っ端から壁に当てろ。黄泉醜女、お前はスキルで黄泉軍の強化と主力カードの補助だ」
「ぁ……ぁぃ……」
守善の指示にコクコクと頷く新顔、黄泉醜女。守善は手に入れたばかりのモンスターを早速実戦投入していた。
事前情報の通り、古代装束を纏った腐りきった水死体そのものの見かけだが……幸いなことにそのマイナス面はいまのところ許容範囲内だ。
(フェロモン……予想しない大当たりだったな。アンデッド系最大の欠点、悪臭がないのは素直に助かる)
醜悪な外見は時間が立てば見慣れる。だが悪臭は生理的に無理だ。吐き気すら催すレベルとなればなおさら。
だがフェロモンスキルのお陰で黄泉醜女から嫌な匂いがない。むしろ少しだけ心安らぐような香りすら……それはそれで不気味だが、とにかく大きな問題ではない。
翻って戦力としての価値は……圧巻の一言に尽きる。先天スキルに武術と不死スキルを持つヨモツイクサを一度に十数体も無限召喚可能。
いまも召喚されたヨモツイクサが狂ったような勢いでゾンビアーミーとぶつかり合い、圧倒していた。戦闘力に勝ること、武術スキルによる補正が要因か。
互いに不死スキルを持つ分殺し切るまでが長く、ヨモツイクサだけでは押し切れそうにはないが、肉壁としての役割は十分以上に果たしている。
芹華のボアオークの代理が務まるどころか、圧倒しそうなほどに有用だ。Dランク最強、あるいは準Cランクと呼ばれるのも納得がいく。
(……いちいち仕草が乙女チックなのは、まあ、愛嬌の範囲だろう。声も気になると言えば気になるが)
敢えて気になる点を挙げるなら全体的に仕草が女性的であり、声質も若干舌っ足らずで幼く聞こえることだろうか。いわゆるアニメ声というやつだ。
失礼な言い草だが、外見とのギャップから来る違和感が凄まじい。
「……ぅ?」
「なんでもない。そのまま続けろ」
「ぁぃ」
ほぼ全て顔を隠す長すぎる前髪からコソリと小動物が伺うような仕草で視線を送られ、気にするなと手をふる。すると黄泉醜女はコクンと頷き、前線の方へ集中し始めた。
(有能、従順。アタリなのは間違いない。ちょっとばかりクセはあるが……)
若干悩ましいところはあるが、まっとうに強くて有能で安いカードなど存在しないのだからここは守善が受け入れるべき場面だ。
守善の中では黄泉醜女を主力カードに据える方向に傾いていた。
「バーゲストにゴーストも動きがいい。お互い悪くない買い物だったようだな」
「そうですわね。前評判通り強力なカードのようです。財布をはたいて手に入れた甲斐がありましたわ」
「ああ、ゴーストもそちらの二体ほど目立っていないが悪くない。縁の下の力持ちがいてくれるのはパーティーバランス的にも助かる。縁に恵まれたようだ」
三人は新顔達の働きを確かめるために時折モンスター達を交代させながら試していたが、全員悪くない評価を下していた。
芹華が召喚したバーゲストは遊撃として戦場を所狭しと駆け巡る。戦線の綻びから突破した敵戦力を瞬く間にファイアブレスで焼き殺し、あるいは噛み殺していた。
ヒデオのゴーストもデバフ役として地味だが戦線を支える一助になっていた。全体的に余裕があること、ヒデオの指示が的確なこともあり、働きとしては十分だ。
「戦況としては優勢か」
「ええ、やはり不死殺しのアイテムが効いていますわね」
「事前準備で潰せる敵の優位は潰せるだけ潰しておく。冒険者の基本だな」
新顔のモンスター達も十分な働きを見せていたが、それ以上に光るのは守善達の采配か。
特に有効なのは事前に用意した対アンデッドモンスター用アイテムだ。聖属性武器や聖属性を付与するアイテム、屍鬼・死霊系特効アイテム等を駆使することで敵モンスターの不死スキルを無効化する。
不死スキルが機能しないアンデッドモンスターなど知性とスペックが低い数だけの雑魚に成り下がる。
B.Bなどは自慢の棍棒に聖銀製の長釘を打ち込み、いわば『聖なる釘バット』という頭痛がしそうな代物を振り回し、敵陣に突っ込んで縦横無尽に暴れまわっていた。釘バットを一振りするたびに景気よくゾンビが吹き飛び、聖属性の加護により行動停止に陥っている。
(見てるだけで頭痛ぇ……。文句なしに有効なのが腹立つな、B.B)
そして増加する攻略時間は『硝子の棺』による休憩時間の圧縮が補った。外界の一時間が二十四時間になり、しかも常時回復効果を持つ。時間に縛られがちな迷宮攻略にうってつけ。敵の戦闘力がワンランクアップすることで増加する攻略時間を補って余りあるチートアイテムだ。
加えてダンジョン攻略に伴うストレス解消効果が凄まじい。
基本的にダンジョン攻略ではいかに効率的に休息を取るかが重要となる。
安全地帯があるとは言え外敵の殺気が常に襲いかかる迷宮での寝泊まりは精神に多大な負担がかかるのだ。通常の魔法やアイテムでは傷や疲れは癒せるが、精神的なストレスまでは癒やしきれない事が多い。
結局のところ、迷宮とは人がいるべきでない非日常なのだ。魔法やアイテムでのケアにも限界はある。
だが『硝子の棺』は違う。迷宮攻略に伴う莫大な精神的ストレスも『硝子の棺』で一日休めば綺麗に拭い去られている。
(『硝子の棺』、攻略階層が深くなるほどありがたみが増すな。単純な休憩時間の短縮以上にリフレッシュ効果がデカい)
さらに言えば守善たちは『棺』の中での休息時間をこれ以上なく有効活用した。
常時回復効果がある以上、ダラダラと無駄な時間は過ごさない。実戦経験をもとに戦術のアップデートを行い、複数の戦術パターンを組み立てる。予想される敵の対策を編み出し、想定通りにいかなかった時のリカバリーもあわせて詰めていく。
外部時間では約三日。だが体感時間では二週間近く互いに激論を交わし、模擬戦を通じて互いの実力を高め合う。
誰かが伸びれば他の二人が負けじと追いすがる。それを飽きることなく繰り返す。
ミックスアップ。
ボクシング用語で、対戦者との試合中に互いに限界以上の力を引き出して成長していく様子を指すが、まさにその通りの光景があった。
なにせ『硝子の棺』では常時回復効果により、ほぼロストを気にせず殴り合うことが出来る。マスターへのダイレクトアタックで敗北、モンスターはクリーンヒット三発で退場、審判の設置などとルールを設けて模擬戦に区切りをつけているが、やろうと思えば終わることなく延々と続けられるのだ。
そして彼らはそうした。
不思議と互いを全力で打ち倒そうとすることで互いの呼吸を掴めるようになり、各々が従えるモンスター同士のコンビネーションも少しずつだが着実に練度が上がっていた。
マスター同士の模擬戦ではモンスターの戦闘力向上は発生しないが、技術や連携は磨くことが出来る。個々人のリンク技術は上達し、一部のスキルが成長してランクアップしたモンスターもいた。
なおその代表がB.Bとロビカスだ。好敵手との運命的な出会いを得た奴らは自由時間に二人だけの決闘を繰り返し、友情連携を始めとするスキルの新規獲得、ランクアップを果たした。
マスターである二人はそれら独特のネーミングをしたスキル群を見て筆舌に尽くしがたい顔をしたが、このボス戦でも役に立つことは間違いないだろう。
守善が『硝子の棺』をプチ精神と時の部屋と評したのは伊達ではない。
目の前に明確な課題が与えられ、手痛い失敗で火が点いた負けず嫌いの三人は凄まじい勢いで冒険者としての実力を互いに高め合っていた。
時間が経つごとに守善ら即席チームから即席の文字が消えていく。最早彼らは三人の冒険者ではなく、冒険者三人による一つのチームとなりつつあった。
そして外界時間で三日目、連休最終日の16時頃、守善達は最深層直前の安全地帯にたどり着いた――。
◇◆◇◆◇◆◇
守善達三人は二十九階層深部……残る最後のフロア、最深層の直前にたどり着いた。Dランク迷宮は最大で三十階層まで。この迷宮は階層深度も最難関だったわけだ。
ともあれこれで残すはボスの討伐のみ。
Eランク階層で手ひどい洗礼を食らった時はどうなることかと危ぶんだものだが、窮地を好機へと変えた三人はチームとして協力することを覚え、互いを刺激に切磋琢磨することで冒険者として飛躍的に成長した。
「よくここまで来たな。初日とは見違えたぜ」
「ああ、即席チームの初挑戦とは思えない。正直、驚いた」
その成長は先輩二人から見ても驚くほどのもの。素直に感心し、称賛の声を投げかけていた。
響達も休憩のため時折交代で『硝子の棺』内部の異空間に入り、そのたびに後輩たちから指導を求められては積極的に応じていた。
この迷宮に挑むまでに後輩たちとマン・ツー・マンでの指導を行うことは何度かあった、だが今回の攻略では何もかもが違っていた。各々がかける熱意が違う。密度が違う。何より負けられないライバル達がいる。
カイシュウの初日とは見違えたという称賛も決して過言ではない。この迷宮に挑む前の守善達と、いまの彼らは別人だった。
「いよいよか」
「あるいはようやくか、だな」
「どちらでも構いませんが、ダンスの準備はよろしくて? ジェントルマン。心の準備が必要なら待ってあげてもよろしくてよ?」
発奮させようとでも言うのか、芹華が挑発的な笑みを守善とヒデオへ向ける。牙を剥いた豹を思わせる優美でありながら獰猛な笑み。
だが、体感時間で約二週間ほどの濃密な時間をともに過ごした守善とヒデオにとっては肩をすくめ、あるいは鼻で笑って流すような軽い挑発でしかない。
調子に乗りやすく、落ち込みやすい自信家気質。やや他人を見下す傾向あり。一方で高いプライドに比例した実力を持つ。挙措に育ちの良さが滲み出るお嬢様のくせに時折野生じみた鋭い勘を覗かせる闘争の天才。
それが芹華・ウェストウッドだ。
誰からも愛され、笑顔を向けられるようなキャラクターではない。しかし肩を並べるチームメンバーとして不足は全くない。その程度には守善も芹華に信頼を置いていた。
「ここまで来て尻込みするような可愛げがあるか。お互いにな」
「確かにな。厄介なボスだが……我らならば問題はあるまい」
ひねくれた信頼と、堂々とした自信をそれぞれ示す二人に、芹華はそれでこそと満足気に頷く。
「あら、これは私とした事が。確かに私達がわざわざ肩肘を張るような相手ではありませんでしたわ」
威風堂々、自信を漲らせての余裕の発言。
だがもちろん言うほど簡単な相手ではないことはこの場の全員が承知している。
Dランク最難関クラスの迷宮主だ。この最深層だけは召喚制限なし。持てる全ての戦力を駆使しての総力戦となるが、それでも敗走の可能性は十分にある。それだけの強敵だ。
その上で十割勝つ気概で挑む。
常に上を目指す気概こそが冒険者として上り詰めるために必須要素。それをこの三人は天然で備えていた。
「こんなところでいちいち躓いてはいられませんわ。勝ちますよ、レブレ」
生まれながらの上流階級、支配者の威厳を持ってクエレブレに命じる芹華。最強種の一角たる水竜は轟くような咆哮を上げ、主に応えた。
「リオン、いつもどおりお前がうちの要だ。頼りにしている」
ヒデオの背後でホムンクルス、リオンが大剣を肩に担ぎみなまで言うなと不敵に笑っている。
「仕事だ、レビィ。敵の首を取ってこい」
守善が己の懐刀へ信頼を告げる。主より賜った夜魔の外套と黒の処刑刀を携え、懐刀は静かに頷いた。主より信頼を預かった一振りの道具として、敵の命脈を断ち切るために。
三人のマスターがそれぞれのエースを従えて号令をかけ、自然と他のモンスター達も士気を上げた。
長かった D ランク迷宮攻略もようやく最終局面。
一人残らずこの迷宮に挑む前よりも成長した実感がある。その成果を思う存分に叩きつけられる相手の存在に、全員の戦意が高まっていく。
「「「勝つぞ」」」
誰が合わせることもなく自然と声が合わさり、足取りを揃えて最深層へ一歩を踏み出した。
【Tips】夜魔の外套
本作オリジナルアイテム。本編で紹介を挟むタイミングがなかったのでここで解説。
外見は裾がボロボロになった黒のマント。装備時の外観イメージはジャック・ザ・リッパー(FGO第一再臨)が近い。
装備したモンスターの魔法防御及び状態異常耐性を上昇させる防具系マジックアイテム。反面物理防御の補正は低いが、レビィ本体の回避技能で補っている。
回避困難な広範囲攻撃への対策及び『不死者の窟』で多用してくる状態異常攻撃に対する対策として冒険者ギルドにて購入。市場価格では下手なDランクモンスターよりも高価。
【Tips】黄泉醜女のステータス
【種族】黄泉醜女
【戦闘力】220(30UP!)
【先天技能】
・招来黄泉軍:眷属召喚スキル。Dランクモンスター、黄泉軍を一度に十数体召喚する。また場のアンデットモンスターのステータスが少し向上する。
・黄泉の醜女:本来醜女とは霊力が強い女性を示す。根の国の巫女として死の魔力の扱いに優れる。不死、魔力強化、詠唱短縮を内包。
(不死:頭部と心臓を破壊されない限りロストしない。
魔力強化:魔法の効果を強化する
詠唱短縮:魔法の詠唱に必要な時間を短縮する。)
・中等補助魔法:中等の補助魔法を使用可能。
【後天技能】
・良妻賢母:妻や母として理想的な技能をすべて備えている。……ただしその愛を裏切らない限り、だが。料理、清掃、育児、性技を内包する。
・フェロモン:フェロモン物質を認識し、自在に操ることが出来る。
・追跡:マーキングした対象の気配を追跡することができる。
【種族】黄泉軍
【戦闘力】120(下位眷属体による補正済み)
【先天技能】
・武術
・生きた屍:死に最も近く死から最も遠い存在。頭部を破壊しない限り消滅しない。状態異常耐性、知能低下を内包する
・火事場の馬鹿力:肉体の限界を超えて力を振るうことができる。使用中反動を受ける。
【後天技能】
・下位眷属体:スキルとして呼び出された仮初の肉体。後天スキルを持たず、成長もしない。下位眷属体は自我を持たず、オリジナルの初期戦闘力の8割ほどの力しか持たない。
※黄泉醜女、黄泉軍のステは百均氏に監修頂いていますが、基本的に二次設定とお考え下さい。