第十話 攻略リザルト(途中経過)
二十四階層、安全地帯に設置した『硝子の棺』内部の異空間にて。
この攻略中時に議論のため、時に休憩のため幾度となく使用した古城の中庭に誂えられた休憩スペースで守善達はこれまでの攻略リザルトを確認していた。
■カードのドロップ
・Fランクカード:104枚(攻略後、売却予定。十万円前後の見込み)
・Eランクカード:47枚(うち、人気・有能カードが11枚)
インプ(女):6枚ドロップ。女の子カードということで守善主導で最大効率の虐殺を展開。大学内冒険者相手に個人取引予定。売却価格は一枚あたり約二十~三十万円見込み。インプ(男)はカウント外。
ポルターガイスト:2枚ドロップ。他者を巻き込める気配遮断スキルを持ち、更に光・音・念動力と多彩な技能を持つ。低ランク冒険者にサポート役として需要がある。
吸血コウモリ:3枚ドロップ。飛行可能かつ超音波による広範囲の索敵を得意とする。吸血スキルによる回復能力を持ち、意外としぶとい。見慣れると思ったより可愛いとの評判を得ている。
・Dランクカード:6枚
バーゲスト:イギリスで有名な黒妖犬の一種。鎖を引きずった有角赤目の黒犬姿の邪妖精。不吉の前触れとされる存在であり、同ランクのクー・シー等と比べて攻撃性が強いスキル構成を持つ。邪妖精が黒犬の姿を取った存在のため、通常の黒妖犬形態から首のない人間や巨大な熊、猫や白兎に変身できる。
ゴースト(女):憑依という状態異常系の先天スキルを持つ。物理攻撃無効、聖属性攻撃弱点。暗い性格が多いが、問題なくコミュニケーションは可能。女の子モンスターだが触れられないためか、比較的安価。
ヨモツシコメ:Dランクモンスター最強にして最も不人気なモンスター。説明不要。マイナススキルなし、後天スキルに良妻賢母(料理、清掃、育児、性技を内包)とフェロモンを持つ。
グール、グーラー:一枚ずつドロップ。不人気アンデッドモンスターの代表格。
ゾンビアーミー:Dランク版ゾンビ。武器を使用し、ある程度の連携行動が取れる。ゾンビより高等な知性を持つが、やはり人気はない。
「悪くない戦果だな」
「ああ、インプだけでも百万円以上は堅い。女の子モンスターの需要は高いからな。冒険者部や冒険者サークルの知り合いに売るアテは幾らでもある」
三人で分けると冒険者としては少額の稼ぎだが小遣い稼ぎと考えれば悪くない。元々この迷宮には経験を積む目的で来たのだ。
「……なら、取引相手を探すのはお前に任せてもいいか? 最低売却金額は二十万。手数料代わりに売却金は四割持ってけ。残りは俺とウェストウッドで三割ずつ。どうだ?」
「俺は構わんが……芹華嬢はどうなのだ? 分け前に不満は? 俺が売却金を騙し取るとは思わんのか」
「私も構いませんわ。ヒデオさんのことは信用していますもの。それにその程度の小銭で目くじらを立てる気もありませんし」
「同意見だ。お前、嘘を吐くのが下手だろ。無駄話をしてないで少しでも高値で売り飛ばすことを考えろ。俺も一緒に知恵を絞ってやる」
「……二人には敵わんな。金策の類は苦手だが、お前たちの信頼を預かった以上は励むとしよう」
わずか数日。『硝子の棺』の滞在時間を含めても二週間に満たない付き合いだが、ヒデオのキャラクターは二人も概ね掴んでいる。
志貴 英雄は……なんというか、好漢だ。快男児と言ってもいい。裏表のないさっぱりとした気性の男だ。
モンスターを信じ、仲間を信じ、ただまっすぐに進んでいけば道が開く。そこらのモブキャラとは一線を画す、さながら”主人公”のような――。
(……………………)
守善が言葉に言い表せない複雑な感情を抱くくらいに、眩しい存在だ。
こうはなれないし、こうありたいとも思っていない。ただ、眩しくて真っ直ぐに目を見られない。だがけして嫌いではない。
守善はヒデオとどう向き合うべきか、決めかねていた。
「……話を戻そう。他のE、Dランクのカードの処分だ」
「欲しいカードがあればオークション形式で競り勝った者が購入。残りはギルドに売却でどうだ? 個人取引で高値で売れそうなカードはインプ以外あまり無いしな。で、最終的に全ての売却金額をきっちり三等分」
「ほぅ、それが冒険者部でのやり方か?」
「部員間で優先順位があるがな。オークション形式になるのは同格の部員同士で欲しいカードが被った時だけだ」
「なるほど。勉強になりますわ」
冒険者チームの一員として一日の長があるヒデオが慣れたように提案すると二人が熱心に頷く。プロ冒険者チームへの昇格を目指す二人としても大いに参考になる情報だ。
「ならそれをこの場でやってしまいたい。いいか?」
「なんだ。欲しいカードがあるのか?」
「それもあるが、最下層では召喚制限なしだからな。強い手札は多いに越したことはない。それに今のうちに使い込んでおきたいしな」
守善の意見に芹華が首を傾げるが、敢えて反対する理由はない。
「……今から使い始めても付け焼き刃となる気もしますが。いえ、私もオークション自体は賛成です。丁度欲しいカードもあったことですし」
「バーゲストか?」
ドロップしたDランクカードの中で目玉級である黒妖犬の名を上げる。Dランクでも高めの戦闘力と戦闘向けのスキル、迫力のあるビジュアルから高い需要がある人気カードだ。ギルドの公式販売金額なら五百万前後といったところか。女の子モンスターのような付加価値なしの、純粋な戦闘力と人気による高額カードである。
「あら、お見通しでしたか?」
「お前のデッキ構成を見ればな。獣・竜属性がお前の適合カードだろう?」
リンクを使える冒険者は多かれ少なかれデッキ構成を自分の適合属性に縛られる。適合外のカードを扱っているとどうしても自分のカードではないという感覚がリンクの妨げになるのだ。
芹華のメインカードはクエレブレを筆頭にコボルトや妖狐、ボアオーク。分かりやすく属性が偏ったデッキ構成なだけに察するのは難しくない。
「ええ、まさに仰る通り。そういうあなた達の適合属性は中々掴めませんわね。まとまりがなくて」
守善のメインカードは鴉天狗、ホムンクルス、バーサーカー、狛犬・獅子。
そしてヒデオのメインカードはホムンクルス、リビングアーマー、ハイピクシー、メイガスだ。
予備のD・Eランクカードはもっと大量にあるが、主力カードとなるとこのあたりだ。
確かに芹華が言う通り、どちらのマスターもあまり共通点がない面子である。
「俺は先天属性が両性……男女双方に適合する珍しい属性らしい。ただ後天属性に合致するカードの傾向が掴めなくてな。正直俺自身もよく分からん」
ヒデオがあっさりと自身の適合属性を暴露する。こうした情報は自身のデッキ構成に深く関わってくる情報なので迂闊に話すべき情報ではないのだが、ヒデオは迷った様子もない。
(こいつは……)
守善が敵わないと思うのはこういうところだ。
ヒデオはただ考えなしに口を滑らせているのではない。守善と芹華を信じた上で、裏切られることを恐れていないのだ。
裏切りへの恐れは仲間を信じない理由にならない。問いかければきっとそんなセリフが返ってくるのだろう。
たとえ信じた仲間に裏切られても、ヒデオは深く落ち込んだ上ですぐに立ち直るだろう。陽性の逞しさと言うべきか。窮地に陥っても自分の力量ならば切り抜けられるという自信もあるのだろうが、そうしたポジティブな向き合い方が守善には少し眩しい。
他者とは信じられないもの。幼少期の経験で猜疑心と不信感が守善の心の奥底に根付いている。
人は自分には無いモノを持つ誰かに憧れるものだ。
「……俺の先天属性は女の子モンスターだ。後天属性はヒデオと同じ理由でよく分からん」
複雑な内心を抱えて言葉少なに言葉を紡ぐ。
「バーサーカーや狛犬に、獅子。芹華と同じ獣属性なのでは?」
「そう思って獣属性のカードを試したことがあるが、どうにも合わなかった」
ヒデオの問いを否定しながら守善は話を戻した。
「それよりオークションの話だ。まずお目当てが被りそうなバーゲストからでいいな?」
それぞれが了承の意を示し、三人だけの内輪のオークションが進む。バーゲストの競りで守善と芹華がカチ合い、かなりヒートアップしたがそれ以外は特に盛り上がりもなく三人はそれぞれ一枚ずつ新たなDランクカードを手に入れた。
■オークションリザルト。
・バーゲスト(♀):弱肉強食主義の一匹狼。守善とも相性が良く、かなり粘ったが芹華がニ百十万円で競り勝ち、落札。
・ゴースト(女):泣き虫の幽霊。ヒデオのみ買取希望。三十万円で買取。
・黄泉醜女:陰気だが従順な性格。言わずもがな守善のみ買取希望。買取金額十ニ万円。ギルドでの売却金額より色を付けたのは他の二人への義理立て。
「お前、その……大丈夫か? 色々と大丈夫か?」
「なにか辛いことがあるのなら相談に乗りますわよ?」
なおオークションのあと、気遣わしげに顔色を伺われたのは守善にとって大いに不本意だった。
後天スキルに良妻賢母(料理、清掃、育児、性技を内包)とフェロモンを持つ黄泉醜女を購入したのがその要因であるらしい。
余計なお世話だ、と叫んだ守善が二人と大いにモメたあと、何故か新規カード含む大模擬戦大会が唐突に勃発。
黄泉醜女ショック含む紆余曲折のトラブルがありつつ、総当たり戦を三セット繰り返し、見事に全員が二勝二敗二引き分けと相成った。
【Tips】両性属性
本作オリジナル設定。
男女双方に適正を持つ稀少属性。適合カードが幅広く、比較的デッキ構成が自由なのが強み。欠点は適合範囲が幅広すぎて一枚あたりの適合率が低いこと。
ヒデオは現状詳細不明の後天属性と同時に合致するカードをメインカードに据えることでその欠点を補っている。
ちなみにヒデオは潜在的なバイだが自覚はなく、基本的に一人のパートナーと交際するタイプ。
また、リオンは通常成長するにつれて男女いずれかに分化するホムンクルスには極めて珍しく男と女の性別をスイッチできる両性タイプ。
つまりは割れ鍋に綴じ蓋。
【Tips】黄泉醜女
原作登場モンスター。
原作では登場回数が限られているにも関わらず、そのエゲツないビジュアルと準Cランク級とも呼ばれる戦闘力の落差によるインパクトで読者に強烈な印象を刻んだ。
その外見は原作主人公いわく、「この世の者とは思えぬほど醜く腐り落ちた女性らしき鬼」。また草木を腐食させるほど強烈な悪臭を放つ。問答無用のDランク不人気ナンバーワンモンスター。
一方で同格のDランクモンスター、黄泉軍を一度に十数体という規模で無限召喚し続けられる固有の眷属召喚スキルと場にいるアンデッドモンスターを強化出来るスキルを持つ。
堂島守善にとっては自身の先天属性に適合し、極めて強力な能力を持ちながら値段はお安いという優良カード。ただし自身がそのマイナス面に耐えられるか未知数だったため、実際に購入・使用するのを躊躇っていた。
今回はほぼ原価で購入の機会が巡ってきたためお試しで購入。彼女がレギュラー入り出来るかは今後の活躍次第というところ。
【Tips】バーゲスト
本作オリジナルモンスター。
イギリスに伝わる黒妖犬の一種であり、邪妖精。
クー・シーとも同類項で括られる妖精の一種だが、より高い戦闘力と攻撃的なスキル構成を持つ。
特にイギリス産のネイティブカードはワンランク上の戦闘力と眷属召喚スキル、強力な状態異常系スキル、変身能力を持ち、女神ヘカテーとのシナジーを持つ。
ちなみに今回ドロップしたバーゲストの性別は♀であり、守善の適合カードでもある。実際かなり相性は良かったが、それ以上に相性が良い芹華が財布を傾けて競り勝った。