第九話 リベンジ完了!
『召喚制限付きのフロアはいつものダンジョン攻略とは勝手が違う。注意点は主に二つだ』
『硝子の棺』から出た三人が先輩達に助言を求め、カイシュウから返ってきたのがこの言葉だ。
Cランク迷宮攻略経験者が語る言葉はいちいち実感が籠もっていた。カイシュウ自身が同様のフィールド効果に苦しめられた経験に裏打ちされた重みだ。
『必ず各マスターのガード役を務める前衛を付けること。そして撤退のラインはいつも以上に低めに設定しろ。つまりは安全第一ってことだな』
『戦力に余裕がない分立て直しが効きにくい。さっきの君達もそうだったろう?
召喚制限のフィールド効果はプロ冒険者に眷属召喚スキル持ちが必須と呼ばれる理由の一つだね』
召喚制限のフィールド効果はCランク以上の迷宮から見られるギミックだ。
守善達の制限はあくまで自主的な縛りだが、そのキツさは実感していた。プロを目指すならば早い内に経験しておいて損はないことも。
『それとカードごとに役割分担させるのは重要だが、一枚のカードに幾つも仕事を持たせすぎると破綻しやすい。割り振る仕事の量はカードの意見も聞きながら慎重にな』
『……召喚制限効果付きフロアでは余計に難しい気がしますが』
『そういう時は明確な攻略方針を決めるべきだね。例えばモンスターに見つからないように身を隠して突破するのか、あるいは眷属召喚スキル持ちを優先して撃破。安全を確保してから進むのか。そうすれば必要な役割とカードを絞れるはずだ』
『二兎を追う者は一兎をも得ず、だな。明確な攻略方針を設定した上で戦術を考えろ。それでも埒が明かないなら単純に戦力不足だ。数と質を揃えて出直せ。召喚制限効果のフロアはいつも以上にマスターの頭数が重要だぞ』
無理は禁物と戒められ、素直に頷く三人。
意地でも突破してやるとリベンジに燃えていたが、一度や二度失敗した程度で自棄になるほど切羽詰まってはいない。
『ま、大まかな概論はこんなところか。あとは実戦で確かめろ。お前らみたいなタイプはそれが一番手っ取り早いだろ』
先達からの金言を咀嚼して飲み込み、しばらくの間メンバー間で話し合い、戦術をブラッシュアップ。
そしていま三人はリベンジのため、プライドを捨ててゾンビの群れから撤退したフロアへと舞い戻っていた。
◇◆◇◆◇◆◇
薄暗く、陰気な雰囲気が漂う墓地。時折ゾンビが零すうめき声だけが静寂を破る寒々しいフロアはいま蜂の巣にかんしゃく玉をぶち込んだような騒ぎに見舞われていた。
巣をつつかれた働き蜂ことゾンビ。目の光は消え失せ、肌は青白く血の気が引き、体の至るところがボロボロになった腐乱死体の群れが生者めがけて殺到しているのだ。B級ゾンビ映画そのままの光景だ。
ただし映画と違い、奴らに食われればゾンビになることすらなく、ただ死ぬ。
「当事者じゃなければコーラとポップコーンを片手に楽しめたかな? 中々迫力があるシーンだと思うのだが」
「奴らをゾンビ映画のエキストラに採用する映画監督がいるとも思えん。永久に答えの出ないクエスチョンだな」
「冗談と分かっていても笑えませんわ、それ」
が、三人のマスターは互いに軽口を言い交わす余裕すらあった。初戦の反省を生かし、各々の傍には護衛として狛犬・獅子、ボアオーク、リビングアーマーが控えている。彼らの存在と、優勢な戦場が彼らの余裕を支えていた。
そして主軸として戦場を支えるのは眷属召喚スキルを持つボアオーク、マルコとハイピクシーのロビン。ひいては彼らが呼び出した眷属達である。
「ちょっと右翼! 弾幕薄いよ、何やってるの!」
「戦わない豚はただの豚だ。MVPには我らが姫様の熱いベーゼが待ってるぞ。気張れ、野郎ども!」
少しばかり台詞にアレな成分が混じっているが、前衛の眷属オークと後衛の眷属ピクシーが見事な連携を見せている。
眷属オークが前衛としてゾンビを押し留め、後衛のピクシー達が火力役として次から次へと押し寄せるゾンビを弱点の火炎属性魔法で薙ぎ払う。
眷属オークもDランク相当のスペックを持ち、Eランクのゾンビを圧倒している。防衛重視だが、隙があればゾンビの首を刎ね飛ばしていた。
「いまのところ優勢だな」
「ま、こんなものだろう。数も質もこちらが上だ」
「あら、油断大敵ですわよ」
オークとピクシー。事前の準備時間を使って、目一杯呼び出した三桁を優に超える数の眷属モンスターを使ってゾンビの群れを押しとどめていた。
オークがその巨体とタフネスを生かして肉壁となり、安全な後方でピクシーが魔法を打ちまくる。
基本に忠実な前衛と後衛のコンビネーション。とはいえコンビを組むのが初めての即席タッグ。加えて呼び出した眷属は自己判断能力が低い下級眷属体。
面白いようにゾンビの群れを薙ぎ払っている反面ピクシーの魔法に巻き込まれているオークも少なからず存在した。
とはいえ巻き込まれているのはいくらでも呼び出せる下級の眷属。目的である時間稼ぎも果たせていることもあって、誰も気にしていない。
そのため後方で待機している妖狐も手持無沙汰な様子だ。
オークとピクシー、呼び出す眷属の格はどちらもDランク。対してゾンビの群れは数こそ多いもののEランクと格下。不死スキルの恩恵で頭を潰さなければ死なないという特性こそあるものの足止めするだけならさして問題にならない。
むしろ手足をバラバラにされることで死ぬことも満足に動くこともできず、味方ゾンビの足を取る障害物となっている様はいっそ哀れみを催した。
押して押されて踏みとどまりながら、概ね優勢に戦況は推移している。しかしそれでもゾンビの群れを突破できるほどではない。
だがそれでいいのだ。
この場で戦う意味は時間稼ぎ、それ以上ではないのだから。
本命はこの階層を探索している鴉天狗。
このゾンビの群れを生み出している眷属召喚スキルを持つモンスターを探しているのだ。
とはいえただ探すだけでは、先ほどの撤退戦の二の舞になることは明らか。
「ハヤテがいくら広範囲かつ大雑把に探したとはいえ、モンスターの群れを生み出してぶつけてくるような派手な動きを探し出せないのは考えづらい」
それは自身のカードへ向ける信頼から成り立つ推測だった。普段どんな悪態をつこうと守善はハヤテの能力を誰よりも信頼している。
「となれば答えは一つだ。何らかのスキルでそいつは身を隠してる」
「身を隠すスキルの持ち主は眷属召喚の主とは別のモンスターだろう。このダンジョンに眷属召喚と隠形系スキルを併せ持つモンスターはいないはず」
事前に集めた情報をもとに推測を組み立てる。
このダンジョンの一番の特徴はアンデッドモンスターの大量召喚戦術。だが絡め手向きのスキルを持ったモンスターもそれなりにいたはずだ。
「だな。この階層に出現するモンスターのリストと照らし合わせればおそらくは……」
そう守善が本命のモンスターの名前を口にしようとしたその瞬間。
(見つけました、マスター。ドンピシャリです)
リンクを通じて烏鴉天狗から本命のモンスター発見の連絡が入った。
(補助魔法サマサマですね。今度は一発でした。奴ら、気配遮断を使って隠れていやがりましたよ)
その言葉通り今回鴉天狗は妖狐から初等補助魔法・センスを受けていた。感覚を鋭敏化し、隠れているものを見つけやすくする魔法だ。ランクの低い気配遮断には特に有効だった。
狙いは見事に当たり、初挑戦の時は姿を隠していたモンスターを探し当てた。
(よくやった。相手の特徴は?)
(見た目は人肉を捏ね回した肉塊から手足が出鱈目に生えてる気持ち悪い肉団子です。予想通り眷属召喚スキル持ちです。一定時間ごとにゾンビを召喚しています)
(コープスだな。名前通り大量のゾンビが一緒くたに集まった化け物だ)
Eランクモンスター、コープス。
死骸であり兵団。語呂合わせから生まれたモンスターであり、ゾンビの眷属召喚スキルを持った上位種だ。
(あとそばに影が薄い小さな幽霊みたいなのが。多分こいつらが気配遮断スキルの種ですね)
(その見かけと能力なら……ポルターガイストか)
(ポルターガイスト? いわゆる騒霊現象のアレですか)
ポルターガイスト。心霊現象の一種とされる。
特定の場所で誰一人として手を触れていないのに、物体の移動、物を叩く音、発光、発火などが繰り返し起こるとされる超常現象だ。オカルト的な解釈から現実的な仮説まで幅広くその正体が取り沙汰されている心霊現象だが、迷宮ではEランクモンスターとして出現する。
先天スキルに気配遮断を持ち、音、光、念力等の怪奇現象を起こす。更にごく近くにいる相手に気配遮断を適用できる。単体ではほとんど無力だが補助役としてはかなり有能なEランクモンスターだ。
「姿を隠した眷属召喚スキル持ちモンスター。厄介にも程があるな。Dランク迷宮でも最難関と呼ばれるだけのことはある」
守善はパーティーメンバーにこの朗報を伝えたあと、ボヤいた。
「全くですわ、タチが悪いったら」
「だがこうして秘密のヴェールを引っぺがせば、あとは獲物を狩るだけだ」
口々にタチの悪いコンボを罵る一行だが、既に王手をかけているからこその余裕だ。
「ウェストウッド」
呼びかけ、予定通り次の動きを促す。当初はヒデオが暫定リーダーの地位に就いていたが、いまは守善にリーダーポジションが譲られていた。互いの力量をぶつけ合い、わだかまりをなくすとともにお互いの理解を深めた一行は指揮統制に最も適正のある守善をリーダーに選出したのだ。
「承知しています。では、手筈通りに」
芹華も言葉少なに応じ、頷いた。その評定に守善への隔意はない。
妖狐をカードに戻し、今度はクエレブレを召喚する。ズン、と地響きを立てて現れた巨躯のドラゴンは意気を示すように大気を震わせるほどの大咆哮を上げた。
「出番ですわ、レブレ!」
クエレブレは水陸空のいずれにも適応し、その巨体からは想像もできないほど機敏な動きで動き回るワイバーン体型のドラゴンだ。しかもその頑丈な鱗はゾンビたちの引っ掛けや噛みつき程度では刃が立たない程強靭。
耐久力が低め、かつ更に索敵という最重要任務を担う鴉天狗にはひたすらコープスの捜索に集中させ、コープスを仕留めるのはクエレブレに任せる。
いわば猟犬と猟師のような分業体制だ。
「さあ、してやられた分を倍返しですわ! ゾンビの群れ如き蹴散らして、本命に食らいつきなさい!」
そう芹華が命ずるが早いか、クエレブレは跳んだ。冗談のような身体能力、家か雑居ビルに近いその巨大な体躯を宙に躍らせ、両の翼を広げて風を受け姿勢制御。飛行と言うよりも滑空に近い優雅な姿を地を這う者たちに見せつける。
そして体力の消耗を避けるために羽撃くことなく着地。ついでのように地を埋め尽くすゾンビを無造作に踏み潰し、大地の染みに変えていく。すぐに再び空へ舞い戻り、驚くほどのスピードでコープスの元へ向かっていく。
尖兵であるゾンビ達はその進行を阻むどころか障害物とすら見られていない。
「流石だな。あれがドラゴン。最強種の一角か……負けが込むわけだ、クソが」
守善が呆れと感心、最後に舌打ちを混ぜて呟いた。
単純に強い。ゾンビを文字通り蹴散らしながら進んでいく雄姿は芹華が己のエースと誇るに値する力強さを感じさせる。同じCランクでもレビィでは正面衝突は絶対に避けねばならないだろう。
というか『硝子の棺』内部の異空間で繰り返した模擬戦では幾度となくクエレブレのパワープレイに押し込まれ、敗北を喫していた。お返しに混戦に持ち込んだ上でレビィで芹華へのダイレクトアタックをキメてやったが鬱憤を晴らすには全く足りない。
(次に『棺』に入ったら勝率を逆転させてやる)
今のところ芹華との模擬戦の勝率は四対六で守善不利。既に三桁に近い回数の模擬戦を繰り返しているが、まるで飽きることなど無いように三人は熾烈な張り合いを続けていた。
守善ら三人は揃いも揃って負けず嫌い。誰かが負ければ「もう一回!」と叫び、誰かが勝てば「俺/私の勝ちだ!」と勝ち誇る。結果、全員が精神的疲労でダウンするまで模擬戦が続く永久機関が完成していた。その消耗はタフなモンスター達がうんざりするほどと言えば分かるだろうか。
その成果はカードの操作技術の向上という形して少しずつだが確かに現れていた。
「――まず、一体目。撃破完了です! 一捻りでしたわ!」
ほどなくして芹華が溜まった鬱憤を晴らすように快哉を上げ、一体目のコープス討伐を宣言した。得意満面なドヤ顔はゾンビの群れに囲まれたコープスを宣言通り一捻りに討伐したことを言葉よりも雄弁に物語っていた。
(マスター、二組目のコープスとポルターガイストを発見です。この悪辣コンボ、流行ってるんですかね?)
(そんな流行は投げ捨ててしまえ。クソが、この分じゃコープス全個体がこのクソコンボを使ってるのか。攻略したら真っ先にギルドに報告して情報料をせしめてやる!)
タイミングがいいことにハヤテが二組目のコープスら発見の報を知らせた。
「こちらも二匹目のコープスを発見した。詳細位置は――」
「――マップの4-3ですね。すぐにレブレを向かわせます!」
一度コープス狩りの手法を確立すれば後は早い。同じことを根気よく繰り返すだけだ。
機動力にも優れたクエレブレは広大なフロアを文字通りひとっ飛びに翔け巡り、瞬く間にコープス達を叩き潰していく。
「いい調子だ。ひとまずこっちの作戦が嵌ったか」
密かに安堵の息を吐く守善。
今回の戦術、守善が中心となって組み立てたものだ。それだけに他の二人より一層重く責任を感じていた。
「あなたの采配の賜物ですわ。もう少し嬉しそうな顔をしても罰は当たりませんわよ?」
「ああ、その額のシワをほぐしてこい。ちょっと怖いぞ」
「……お前らはもう少し俺に対して申し訳無さを覚えろ」
訂正、守善が中心となって組み立てたというよりかなりの部分独力で組み立てたがより正しい。
全員の手札を把握した上で召喚制限込みでシナジーを考慮し、更に即席チームでも破綻しづらいシンプルな戦術をリカバリー込みで複数考案する。
羅列した条件を見るだけで頭が痛くなる知的作業であり、脳筋寄りの芹華は早々に脱落。ヒデオはかなり粘り強く付き合ったが自身のモンスターはともかく他の二人のモンスターまで考慮するとなると純粋に知識が足りなかった。
前提条件として各モンスター達を出来るだけ単純な役割を一つ割り振り、それだけに集中させる。幾ら連携を見直したとて、即席チームでは当意即妙のコンビネーションなど期待出来ない。理想的な最大効率は敢えて切り捨て、戦術は出来るだけ単純に、破綻が少ないことを優先して組む。
守善の凝り性かつ執念深い性格もあり、戦術の組み立てにはかなり時間を使った。
だが時間を費やした甲斐はあった。積み上げた努力は明確な成果として目の前に顕れている。
「――これで始末したコープスらは四組目。フロアもほぼ全域を探索し終わった」
「となれば」
「前進あるのみ、ですわね」
全てのコープスを討伐しきれたかは不明だが、そこは重要ではない。守善達の目的は迷宮の攻略であってコープスの殲滅ではないのだから。
重要なのは大半のコープスを討伐したことでこれ以上ゾンビの増援が断たれたことだ。
ならば後に残るのは草を刈るように薙ぎ払うのみ。知性なき前進を飽きずに繰り返すゾンビの群れを無造作に蹴散らしていく。
「これでひとまずは」
「リベンジ達成」
「ですわ!!」
声を合わせ、三人がリベンジ達成を宣言する。
無様な撤退から全員で協力し立て直し、一丸となってこのリベンジを果たした。その達成感を守善達は素直に噛みしめる。単なるEランク階層の踏破ではなく、自分達が確かに成長を果たした証として。けして口にはしないが、チームメンバー
こうして守善達は奪い取った勝利の勢いに乗り、Eランク階層で躓いたことが嘘だったかのように再び順調に攻略を進めていく。
そして一日と経たずに二十階層……Dランク階層へと足を踏み入れた。