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第八話 この状況、仕組まれてないか?

 

 例の名前を言ってはいけない珍獣どもの登場から一変した空気を締め直し、気を取り直した一行は改めて先程までの攻略を振り返り始めた。


「差し当たって大きな失敗は連携について詳細を詰めなかったことだ。ある程度の役割分担は決めたが、そこで議論が終わった。もっと攻略方針や戦術を詰めるべきだった」

「もっとやりようはあった。そこは同意する」

「ええ、なまじFランク階層は調子よく進めていたことで油断していましたわ……」


 口々に苦い顔で自分達の失敗を振り返る三人。

 初対面の、付き合いが浅いチームメンバー。そして他人の手札(カード)を詮索するのはマナー違反だ。あまり突っ込んだ話をするのも憚られ、攻略前の打ち合わせでは申し訳程度に連携について確認するだけで終わってしまった。

 だが今の惨状を考えれば、迷宮に潜る前にこそ時間を取って連携の詳細を詰めるべきだったのだ。


「が、この中で責任が大きいのは俺だ。攻略の途中で一声かけて、『棺』を使う機会は幾らでもあった。そうすればもっと時間をかけて連携について詰められたはずだ。俺の失態だ、スマン」


 そう言って守善は素直に頭を下げた。

 堂島守善は守銭奴だ。相も変わらず無愛想だし、ひねくれた性根は変わっていない。

 だが頭を下げるべき時に下げられないほどねじ曲がった覚えもなかった。自分の失態は素直に認め、謝罪する。かつて響に頭を下げたように。

 カードとともに迷宮攻略に挑む日々は、確かに守善を人間として成長させていた。


「誰が悪いという話じゃない。不始末というなら俺達もだ。Fランク階層での手応えを踏まえて、連携について再確認する機会は俺たちにもあった」

「そうですわ。そもそも条件が悪すぎます。私達のミスもあったにせよ、よほど入念に連携について詰めなければ絶対にどこかで行き詰まっていましたわ」


 Dランク迷宮の中でも特に深い階層と厄介な性質を誇る最難関迷宮。加えて初対面の三人による即席のチームプレー。挙句の果てに一人二枚までという召喚制限。

 いちいち数えれば笑えるくらいの悪条件が積み上がっている。ここまで来ると意図的なものすら感じられた。


『…………』


 芹華の言葉を最後に、不意に沈黙が下りた。沈黙が過ぎゆく数秒間に各々の脳裏に無数の思考が過ぎり、一つの推測が組み立てられていく。


「なあ、この状況だが……」

「……言わんとすることは分かります。恐らく私も同じことを考えているので」

「じゃ、答え合わせをしてみるか」


 守善がそう言い出すと全員が頷き、一拍の間を置くと。


『この状況、仕組まれてないか?(仕組まれたのでは?)


 三人が口から出した推測が見事に一致した。

 先輩達が敢えて失敗させようとしているとしか思えない。

 だがそうなると気になるのが一体何故響達は何の目的でそんな状況に守善たちを追い込んだのかということだが……。


「目的は俺達のチームワークの矯正か?」

「私も思いつくのはそれぐらいですが……」

「もう一つ、二つ裏があってもおかしくはないな。だがまあ、些細と言えば些細なことだ」

「結局やることは変わらんからな」


 散々に無様を晒した自覚はある。先輩達に思うところはあるが、この期に及んで矯正すべき自分の欠点から眼を背けるつもりはない。

 彼らが揃える戦力そのものは十分だ。少なくとも連携がキチンと機能すればEランク階層で苦戦するレベルではない。ならば肝心要のチームワークを磨けばいい。それだけの話だ。


「それにしたってもう少しやり方があると思うがな」

「痛い目を見て学べというわけか」

「我が先輩ながらスパルタなことだ。そう思わないか?」

「ですが合理的です。Cランク迷宮に潜れば遅かれ早かれ似たようなシチュエーションが想定されるわけですし」


 Cランク以上の迷宮にはフィールド効果と呼ばれる迷宮またはフロア全体で冒険者へ特殊なマイナス効果を強制してくる仕組みが有る。その種類は機械破壊や衰弱効果、転移不可など幅広い。その中でも召喚制限は特にキツいフィールド効果とされている。


「その時になって慌ててチームメイトとの連携を見直すよりも今のうちから矯正しておいた方が結果的に労力は少なく済みますわ」

「それはもう嫌というほど思い知ったさ。急がば回れだ。素直に努力を積み重ねるとしよう。たとえ完全攻略が叶わなくても、その方が得られるものは大きいはずだ」

「……ま、トライ&エラーを実地で繰り返せるのは悪くない。腕を磨くには結局実戦で試すしかないわけだしな」


 明確な課題とそれを試せる障害があり、トライ&エラーを繰り返す時間は『硝子の棺』で確保できる。ならばむしろこれはいい機会と捉えるべきだろう。

 正直に言えば他人に振り回されず一人で思うとおりに進める迷宮攻略の方が守善の好みだ。だが高位の迷宮ほどチームでの攻略が必須になる。そして守善の目的はより高位の迷宮に潜り、相応のリターンを持ち返ること。

 苦手分野だからと後回しにしているほど余裕があるわけではないのだ。


「が、やられっぱなしは性に合わん。完全攻略するぞ、意地でもな」

「それは私も同じです」

「逃げ帰るのは好みじゃない。協力して先輩方を見返してやるとしよう」


 ごく自然に声が、意志が合わさる。

 もう一度繰り返そう。この三人は骨の髄まで負けず嫌いだ。


「全員、晒せるだけカードを晒せ。予備戦力を含めて戦術と運用をイチから見直す。

 その後は模擬戦だ。百聞は一見にしかず。お互いの戦力を把握するには全力でやり合うのが一番早い」

「むしろ望むところだが……最初に言っておく。俺は勝ち負けにこだわるぞ?」

「あら、それは私の台詞ですわ。たとえ練習でもあなた達にやすやすと勝ちを譲るつもりはひとかけらもありませんわ」


 反骨心と負けん気に溢れた笑みが三人の頬に浮かぶ。彼らは迷宮にも、目の前のチームメイトにも負けるつもりはなかった。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「行ったか」

「行ったね」


 『硝子の棺』の異空間へ消えた三人の背中を見送った上級生二人は顔を見合わせて頷いた。


「いい目つきだったな」


 楽しそうに呟くカイシュウ。ダンジョン攻略で研ぎ澄ました野生的な勘が三人の背中に漂う執念を捉えていた。


「そうかい? 人でも殺しに行きそうな目つきじゃなかった?」

「いいことだな。それだけ気合が入ってるってことだ!」


 掛け値なしの響の本音をカイシュウはゲラゲラと笑い飛ばす。迷宮攻略という修羅場に慣れすぎて多少の危険な気配は愛嬌、やる気と取るタイプなのだ。


「ま、ここまでは案の定……と言うべき結果になったかな」

「全くだな。()()()()()()()()()()()


 若干の皮肉を込めて問いかけ。それに対し、むしろしてやったりと稚気を込めてカイシュウは答えた。


「自分たちの未熟さを理解した上でリベンジに燃えてやがった。ああなった奴らは強くなるぞ」

「身に覚えがあるような言い草だね?」

「懐かしい話だろ?」


 互いの視線が絡み合い、苦笑を一つ漏らす。

 彼ら自身、身に覚えのある話だった。あの出会いがなければいまの自分はない。そう思えるほどの得難い経験が。


「ああ、なにもかもが懐かしいよ。私たちでチームを組んだ半年はあっという間だった」

「野良チーム組んでけちょんけちょんにやられて見事に逃げ帰ったよなぁ。で、悔しさをバネに三人で話し合って立て直してリベンジかました時の爽快感! 最高だったな」


 二人の顔には笑みがあった。懐かしむような、抱いた友情を確かめるような、そんな笑み。

 最初に苦戦してから上手く話し合いで立て直したチームは互いに配慮しあえるいい関係を築けることが多い。彼らはそれを経験で知っていた。

 響と冒険者部が対立するより前、響とカイシュウがまだ無名の新入生だった頃。彼ら二人と更にもう一人を加えた三人で野良チームを組み、勇んで迷宮攻略に挑んでいた時期があった。

 いまはチームは解散し、散り散りに己の道を歩んでいる。


「いいチームで、いい出会いだった。いまの私がいるのはカイシュウと兎夜音(とよね)のお陰だ。感謝してるんだよ、これでも」

「止せよ、くすぐってぇ」


 だからこそその経験を踏まえ、後輩たちを敢えてこの状況に狙って落とした。獅子は子を千尋の谷に突き落とすというがまさにそれだ。

 個性と実力が突出した後輩たちに必要なモノは対等に認めあえる仲間だ。特にヒデオを除いて尖りすぎた性格の持ち主である守善と芹華は響の頭痛の種だった。

 チームワークの矯正や今後の人間関係も考え、響は後輩達に荒療治を施すことにしたのだ。ヒデオは唯一巻き込まれた形になるが、コネ繋ぎと考えれば彼にもメリットはある。ダンジョンで野垂れ死ななければ守善と芹華は今後間違いなく頭角を現すだろう。


「伏黒はいまなにを? 部の方が忙しくて中々あいつと話す時間が無くてな。派手な奴だからほっといても噂が耳に入ると思ってたんだが」

兎夜音(とよね)はエメラルド・タブレット社でバイト中。極秘のプロジェクトに関わってるらしくて大学もほとんど来てないみたいだ」

「……あいつ、卒業できるのか? 単位そっちのけで冒険者業を満喫しすぎだろ」

「卒業出来なくてもエメラルド・タブレットに拾ってもらうか、育て屋稼業でも開業すれば食うに困らないよ。兎夜音(とよね)は。でも多分そんなありきたりな将来は選ばないんだろうなぁ」

「俺ら以上にフリーダムだからなぁ、あいつ」


 ここにいない共通の友人を思う。馬鹿と天才は紙一重を地で行く破天荒な友人を。迷宮の秘密を解き明かすことに人生を懸けている知的好奇心の怪物なのだ、彼女は。

 だがすぐに二人は思い出に浸るのを止め、目下の心配事である後輩三人に話題を移した。


「……ところで彼らは大丈夫かな? 何かあったらフォローするつもりで共同攻略を持ちかけたんだが」


 助言の一つも送ろうと思っていたがいまの彼らは『硝子の棺』の中。下手にこじれてしまってからではフォローもしづらい。心配そうな声を上げる響。


「お前は心配性なんだよ」


 が、響の心配をどこ吹く風とカイシュウが答える。


「全員腕はあるし、目的のためなら多少の不満は飲み下せるだろ。ゾンビ如きに逃げ帰ったことでリベンジの意欲で燃えたぎってるだろうしな。それにヒデオもいるしな」


 後輩への信頼を込めて大丈夫だと断言した。


「あいつは人をまとめるのが上手くてな。あいつ一人がチームにいるだけで、なんというか空気が()()。自然とみなが同じ方向を向くっていうのか?」

「確かに。彼の提案で気が立っていたみんなの空気が緩んだ。特に一度休憩とお茶を挟んだのは良い判断だ。空腹で気が立っている時に攻略失敗の反省会をしても余裕がないせいで罵り合いになりやすい」

「ま、俺達がそうだったからな。あいつには俺達がやらかした失敗談は大体話してある。対処法もな」

「……仕込みと細工は流々か! 全く、いい性格してるよ君は」

「そいつは褒め言葉だな!」


 響の皮肉を豪快に笑い飛ばす元チームメイトに、彼女はますます呆れた顔をした。


「逆に纏めた人を使うのはどうにも苦手だけどな。あいつ、カードゲームとか弱いんだわ。

 まあ、そこは堂島が補えばいい。あいつ、そういうのが得意だろ?」

「そうだね。リンクを差し引いても彼はカードを使うのが上手い。キチンと長所と短所を把握した上で戦術を組み立て、入念な準備の上で勝つべくして勝つタイプだ」


 と、つらつらと後輩について語る響。短い付き合いだが後輩たちの適正は十分に把握している。


「ちなみにウェストウッドはどうなんだ? 今のところ、まあ腕は悪くないようだが」

「芹華はまだ二人に比べれば未熟だ。経験の割にムラが多い。生まれつき細かいことを考えない性格もあるが……彼女は()()()()()()んだ。私や守善君と違って積極的に冒険に挑む理由がない」


 それこそが芹華が抱える最大の問題であり、響の悩みの種だ。

 裕福な実家に生まれた彼女が迷宮に挑む理由は詰まるところ自分探しであり、響への憧れがスタートライン。その一点だけ取り上げればミーハー好きなどこにでもいる冒険者だとも言える。とてもプロ冒険者志望の響にチームにスカウトされるような人材には思えない。

 ここまで厳しい顔つきで、否定的な言葉を続ける響。


()()()()


 だがそれは芹華の無才を意味しない。むしろ逆だ。


「私があの子をスカウトした理由は妥協や情じゃない――ただ純粋な才能だ」


 響は家の付き合いで幼少から芹華と付き合いがある幼馴染だ。幼い頃から自分をお姉様と慕ってくれる彼女を可愛がっているが、それだけでチームへの採用を決めるほど目が曇ってはいない。

 響は確信している。芹華・ウェストウッドが持つ潜在能力(ポテンシャル)は決して守善やヒデオに劣るものではないと。

 その方向性は他者をまとめる、使うという方向性ではなく――より純粋に”戦い”、”勝ち取る”ことに特化している。押しも押されぬ良家のお嬢様でありながら、誰よりも野性的(ワイルド)な一面を持つ怪物(ケモノ)。それが芹華・ウェストウッドだ。


「ノリにノったときの彼女は強いぞ。そして今はリベンジを目指してテンションに火が入ったはずだ」


 守善と響は幾度か模擬戦を繰り返し、響が無敗を更新し続けている。今のところその更新を食い止めるだけの地力をまだ守善は持っていない。

 だが芹華は違う。ごくたまに、テンションがアガっている時限定だが響すら驚かせるほどのパフォーマンスを見せることがある。その姿を見せた芹華に、響は数回だが敗北を喫した経験があった。


「お前がそこまで言うか」


 掛け値なしの高評価。将来性を加味したものだとしてもカイシュウが期待するには十分だ。

 将来が楽しみな後輩は自分にも張り合いが出るし、見ているだけでも楽しい。カイシュウは純粋な期待の笑みを浮かべた。

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