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第四話 敗者は尻尾を巻いて逃げるしかない


「チッ」


 舌打ちを一つ、守善がこぼした。屈辱感に腹が焼ける。不甲斐ない己に向けて百の罵倒を投げつけているが、最後の冷静さは失わない。

 どんなに怒りを燃やそうが目の前の光景は変わらないのだから。


(負けは、負けだ。敗者は尻尾を巻いて逃げるしかない)


 自分の無様を飲み下すことに躊躇があった。だがその躊躇を投げ捨て、吹っ切れた。

 例えそれが己よりも遥かに格下の敵を背にした無様な敗走でも、死ぬよりはマシだ。守善には屈辱にまみれてもたどり着かねばならない場所があるのだから。


「全員聞け」


 いまも揃って醜態を晒し続ける同輩達へ告げる。冷厳に、厳然と、有無を言わせない強烈な意志を込めて。

 その声に籠もる感情(モノ)に気圧されたか、まるで奇襲を受けたかのように二人の意識が守善へと強烈に向いた。


「このままじゃ勝てん、撤退を提案する。シキ、構わんな?」

「そうか……そうだな。承知した。みんな、ここは退くぞ」


 とその宣言に静かに頷くヒデオ。彼もまた限界を悟っていたのだろう。意外なほど静かに屈辱的な進言を受け入れる。


「何を言っていますの!」


 対照的に芹華は猛烈な勢いで噛み付いてきた。その気持ちは守善にも分かった。同じ屈辱(モノ)を感じているからこそ、心情的には撤退という選択肢を選びたくない。


「ゾンビごときに撤退したなど冒険者の恥! 断じて認められませんわ!!」

「そのゾンビごときにいいように掻き回されているのが俺たちだろうが」

「この程度の窮地、私一人ならば――!」


 そう吐き捨てる芹華。

 思わず漏れた怒りの念だかタイミングが悪い。他の二人を足手まといといったも同然のセリフにすぐに自分でも気づき、顔を青くした。

 が、


「今の俺たちはDランク階層どころかEランク階層でつまづいたマヌケだ。まずその事実を認めろ」


 気にした様子もなく、謙虚な言葉でそう真っ向から受け止める守善。もちろんその腹の中は言葉の上っ面ほど穏やかでも謙虚ではないが、自分を戒め、実力を高めんとする向上心に嘘はない。事実から目を逸らすことほど無様で無意味な真似はないのだから。


「……異論はない。すべて事実だ」


 神妙な顔つきでそう応じたのはヒデオである。芹華もまた流石にこれ以上感情的な反発を繰り返すほど愚かではない。


「このまま戦っても埒があかない。そう考えたから撤退を進言したのだろう?」

鴉天狗(ハヤテ)にこのフロアを探索させていたが、肝心の眷属召喚スキル持ちのモンスターが見当たらん。見落としがないとは言い切れんがここまでくるとなにかタネがあると考えるのが妥当だ。

 しかも増援のゾンビがやってくる方向やタイミングはバラバラ。眷属召喚スキル持ちが複数いる可能性は十分ある」

「……それでこの大群というわけですか」


 もはや視界の大半にゾンビが蠢いている地獄絵図と化したフロア。

 ゾンビはアンデットモンスター特有の不死系スキルを持ち、頭を潰されない限りロストしないという特徴がある。

 行動パターンは単純で融通が効かないが、とにかくタフで意外とパワーもある。

 一体だけならどうということもないが、集団で襲いかかるられるとゾンビ映画の犠牲者の気分を存分に味わえるのだ。

 食欲をむき出しにして迫ってくるゾンビたちを見ていると剛毅な三人でも思わず背筋が冷えた。怪物に貪り食われるというイメージは三人に原始的な恐怖を思い起こさせた。


「安全地帯にまで引いて立て直す。それ自体が攻略失敗と判定されませんか?」


 チラリと響達の方に視線を送りながら問いかける芹華。撤退イコール失敗と捉えられ、迷宮攻略を中断させられることを懸念しているだろう。

 正直に言えば芹華以外の二人もその点は懸念していた。それ故に自らの行動を縛っていた側面もあるのだが……最早そんなことを言っている場合ではない。


「まだ何も言われていない以上セーフ判定だ。仮にアウトでもここで無理に粘ってカードをロストするよりマシ。

 普通に考えれば撤退で安全を確保するのは十分アリだ。むしろこれで文句を言われたら俺はキレる自信がある」

「まあな。恐らくだが……この状況を含めてあの二人の想定内だ。ここからどう立て直せるかをあの二人は見てると思うぞ」

「確かにな、ありそうだ」

「なるほど……」


 ヒデオの推測に口々に唸る芹華と守善。

 無意識に己の行動を縛っていた思い込みか解かれればもはやこの場にいる意味は薄い。

 不利になった戦場から撤退して仕切り直す。プロ冒険者でもよくある場面であり、何ら恥ずべきことではない。


「逃げるか」

「逃げよう」

「逃げましょう」


 視線を交わし、意見を一致させる。そうと決まれば三人の行動は早い。


鴉天狗(ハヤテ)を今大急ぎでこっちに戻らせているところだ。戻れば包囲の外からスキルで囮をさせる。その隙にホムンクルス(リオン)の突破力を使って包囲網を斬り破る。どうだ?」

「承知した。他にすべきことは?」

「ウェストウッド、来た道を戻るだけだから罠解除のコボルトはいらん。もっとタフで頑丈な前衛がいるなら、そっちに交代しろ。

 妖狐はそのままだ。状態異常にかかったときに使う」

「いいでしょう。お披露目がこんな撤退戦というのは少々納得がいきませんが、私のエースを見せてあげます。そのためにも少しだけ時間を稼いでください」

「了解した。行け、獅子」


 芹華の要請に応じ、即座に獅子を動かす。当意即妙、以心伝心。即座に獅子は動き、狛犬はそのフォローに入った。

 狛犬をガードに貼り付けつつ、獅子を前線に出し、コボルトと役割を交代。犬獣人を引っ込める隙を作る。


「今のうちだ、コボルトを退かせろ」


 そう言うが早いかリンクで守善の指示を受けた獅子が果敢に前線へ飛び込んだ。

 フルシンクロを使って戦闘力を底上げされた狛犬がゾンビの群れの中に飛び込むやいなや当たるを幸い爪牙を振り回しては叩き潰していく。


「今です。戻ってきなさい」


 その猶予時間を使い、トテトテと短足を使ってできるだけ早く芹華のもとへ駆け戻ってくる犬獣人(コボルト)。ジャーマンシェパードのような精悍な顔立ちのくせに、どこかコミカルな仕草だ。つられて緊張で張り詰めていた芹華の顔が少しだけ緩んだ。


「ご苦労様でした、ボッくん」

「”ボッ”!」


 そう労うと頭をひと撫でし、柔らかい笑みを見せる芹華。元気のいい声で鳴くと、コボルトはすぐにカードを戻った。

 そして芹華が懐から取り出した新たなカードに光が宿る。


「さあ来なさい、私のエース!」


 そして召喚されるは巨大にして強大なドラゴン、クエレブレ。数あるモンスターの中でも列強種族に数えられるドラゴン系モンスターの一角である――ただし、非常に不気味なという但し書きが付く。


(キモイ……)

(キモイな……)


 その異形を見た二人が胸の内で漏らした率直な感想は、キモい……だった。流石に口に出しはしなかったが。

 どこかオオサンショウウオを思わせる()()()()とした顔付き。だがガバリと開いた大口には鰐を思わせるギザギザの乱杭歯が並ぶ。更に水棲系の竜種だからか、その巨大な体躯を鎧う竜鱗の上にはぬらぬらとした粘液を纏っている。パーツだけ切り取れば可愛いとすら言えるつぶらな瞳は不気味な赤い光が宿り、その巨躯を支える力強い四つ足の前足部分に皮膜……翼があった。

 そのイメージはサンショウウオの顔をした四つ足のワイバーンと言えば比較的近い。

 航空力学的にはとても飛翔できるようなサイズや構造には見受けられないが、デタラメなダンジョンのモンスターの例に漏れず、翼がある個体はだいたい飛行可能と考えてもいい。

 つまりこのちょっとした家くらいのサイズはありそうなデカく、タフで、力強いドラゴンが自由に暴れ回り、空を飛ぶのだ。

 芹華がエースと呼ぶのも納得の強力なモンスターだ。戦闘力が最大まで育っていれば、単純なスペックはリオンすら優に超えているだろう。

 ドラゴン系モンスターは例外なく強力な力を持ち、ドラゴン系最弱と呼ばれるドラゴネットさえDランク最強クラスに数えられる。


「この子はクエレブレ。レブレ、と呼んで下さい。我がパーティーのエースです」


 どこか誇らしげにそう紹介した。

 実際自慢げにするだけのことはある強力なモンスターである。見かけはともかく。

 クエレブレ。Cランクのドラゴン系モンスターだ。

 スペインのアストゥリアス地方に伝わる竜種。その名は「竜」または「蛇」を意味し、森や地下洞窟、泉を棲家にするという。

 棲家に迷い込んだ乙女を妖精に変えて娶ったという伝説を持ち、パーティに妖精属性かつ女の子属性のモンスターがいる場合シナジーのあるスキルを使用できる。

 さらに概してプライドが高いドラゴン系モンスターでは珍しく、女性マスターであればおとなしく指示を聞く傾向にある。

 攻撃面の性能は比較的控えめだが竜鱗の頑強さは同ランクでも最上位クラス。かつ回復系スキルを持ち、非常にタフ。また、攻撃面が控えめと言っても比較対象は同ランクのドラゴン。その巨躯から繰り出される爪牙とブレスは大概のモンスターを蹂躙できる。

 その外見は不気味そのものであり、ドラゴン系モンスターの中ではかなり評判は悪い。ただし女性マスターとの相性から一部のガチ勢女性マスターからは高い評価を得ている。それらが相殺し合って市場価格は同ランクドラゴンの平均帯と言ったところ。


『……』


 極めて強力だがいささか外見の趣味が悪いドラゴンを出され、コメントに迷う男性陣。さて、第一声は果たして何と言うのが正解か。

 が、幸か不幸か場にわだかまる沈黙は芹華の自慢げな声で断ち切られた。


「この子の愛らしさに声も出ませんか」

「「”!?”」」


 フフンと誇らしげに胸を張った芹華の自慢に一瞬自分の耳と正気を疑う二人。


(愛らしい……愛らしい???)

(目が腐ってるのか感性がおかしいのか)


 胸の内で盛大に疑問符が飛び交っているのがヒデオでより率直に貶しているのが守善だ。人間性の差が滲み出ていた。ただ、口に出していない分まだ成長はしているのかもしれない。


「おっしゃ、ハヤテちゃんカムバーック! マスター、愛しの私が戻ってきましたよ! テキトーにゾンビどもを誘い出してポイ捨てしてきますんで、その間にチャチャッと逃げ出しちゃって下さい!」

「空気を読めてないクセにいいタイミングだ、ハヤテ! 聞いてたな、あいつが注意を引きつけているうちにさっさと逃げるぞ!」

「なんか余計な一言聞こえますけどー!? そこは優しくて超優秀なハヤテちゃんサイコーって崇拝してもいいんですよー!」


 なんとも形容しがたい空気はハヤテの空気を読めない帰還宣言によって打ち払われた。

 ゾンビ達の注意を引く意味を込めての大音声。更に新たに獲得したヘイト集中系スキル『雉も鳴かずば撃たれまい』も合わせて発動。

 少なからぬ数のゾンビがハヤテに意識を向けて襲いかかる対象を変更する。まさに人の津波だが、飛行可能なハヤテにとっては幾らでもあしらえる単細胞の群れに過ぎない。ゾンビの知能は控えめに言って極めて低いのだ。

 ともあれハヤテの活躍でゾンビの群れから受ける圧力が格段に弱まった。値千金の働きだ。


「ケツを捲くって撤退だ。包囲を切り払って突破するぞ、リオン!」

「レブレ、あなたはホムンクルスのフォローを! 無理に並ばず、一歩下がって散らした敵を叩き潰しなさい! くれぐれも味方を巻き込まないように!」


 直前の失敗に学んだか、芹華が無難な指示を出す。各々の担当範囲を決めての役割分担。これもまた協力と連携の形だ。

 元より戦力は十分。陣形が機能すればゾンビの群れを突破する程度造作も無いのだ。

 まず攻略マップをもとにヒデオが的確にリオンが前進する方向を指示し、リオンが包囲を突破。ひたすらに前進する。さらにクエレブレがその巨体を生かしてリオンが討ち漏らしたゾンビを木っ端のように薙ぎ払っていた。

 そこから少し距離を置いてマスター三人が続く。彼らもモンスター達の速度に合わせるため全力に近い速度で疾走している。

 妖狐はマスター達のそばで忙しなく補助と回復を飛ばす。

 最後、迫りくるゾンビ達は殿を果たした狛犬と獅子が蹴散らした。空気は読めないが仕事はきっちりとこなす二匹なのだ。追撃をかけてくるゾンビを1匹たりともマスターに寄せ付けなかった。

 こうして三人は無事に安全地帯まで撤退を果たしたのだった。

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[気になる点] 数あるモンスターの中でも列強種族に数えられるドラゴン系モンスターの一角である――ただし、非常に不気味なという但し書きが付く。 すごくどうでもいい所なのですが、以前は覇権種族と表記され…
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