第一話 ファーストコンタクト
2019年7月、海の日……の四日前。
三連休の前日、週末の金曜日に受講する大学の講義を全て終わらせた5人の大学生がとあるDランク迷宮に集結していた。
目的はもちろん迷宮攻略だ。
高校生に比べて比較的時間に自由がある大学生とはいえ、最低でも二十階層以上のDランク迷宮を攻略するには数日がかりの遠征となる。
大学の講義をホイホイと休めない以上は、金曜日と月曜日の講義の密度を薄くし、週末金曜日~週明け月曜日にかけて集中的に取り組むのが一般的である。
故にチームを組む大学生冒険者がDランク迷宮に集まるのは何もおかしくはない。
だがそのメンバーが少し変わっていた。
一人は堂島守善。
いつもの仏頂面で、誰よりも早く集合時間前に攻略迷宮のダンジョンマートにたどり着いた。
意外と時間にマメで待つのも待たされるのも嫌いな男なのだ。
次にたどり着いた二人目は白峰響。守善のメンター、師匠にあたる三ツ星冒険者だ。良好な師弟関係を結んでいる二人は和やかに会話を始めた。
「久しぶりだね。二ヶ月も放っておいてすまなかった」
そう、守善と響がともに迷宮に潜るのはあのG・W後の模擬戦以来約二ヶ月ぶりのこと。だがどちらの顔にも隔意はなく、穏やかなものだ。
「いえ、お気になさらず。それよりもプロ昇格のための筆記試験、合格おめでとうございます」
「ありがとう。とはいえ実技試験の方は挑戦すらできていないのだけどね。Cランク八枚所有の制限は中々キツい」
守善がこの二ヶ月間ほぼ放置されていた原因はシンプルに響がプロ資格の筆記試験や実技試験のための追い込みで忙しくなったためだった。特に筆記試験は平均五百時間は勉強時間が必要と言われる超難関の国家試験だ。
単純な難易度なら実技試験はそれ以上だが、時間がかかるのは筆記試験だろう。その追い込みにかかった響は著しく時間を削られていた。
才色兼備を地で行く響であってもさすがに大学生活とプロ資格の受験勉強、加えて後輩達の面倒を見る三足のわらじを履くことは難しい。どうしても重要度の高い事柄を優先せざるを得ない。
口頭でのアドバイスやリンクのトレーニングについて相談することはあったが、一緒に迷宮に潜るのはほぼ二ヶ月ぶりだった。
「DランクとCランクでは難易度に天地の差があると聞きますが、やはり?」
「試しに潜ってみた時はフィールド効果がかなりきつかった。もっとカードとアイテムを揃えないと単独攻略は難しいね」
「なるほど」
プロ昇格の厳しさが伺い知れる響の発言に興味深く相槌を打ちながら、まずは目先の三つ星冒険者資格への昇格だなと改めて気合を入れ直す。
今の守善と響では、はっきりと響の方が格上だ。その響が苦戦しているというのだから今の守善では到底手が出せない領域、それがプロ資格である。
手が届かない高みに手を届かせるためには結局地力をつける他ない。遠回りこそが近道だ。そしてその試金石となるのが今日のDランク迷宮攻略だった。
「それにしても遅い。もう五分前ですが……」
「まだ五分前とも言える。もう少し待とうじゃないか」
姿のない待ち人達へため息を一つ吐くと響が穏やかに宥める。
「おや、どうやら三人目が来たようだよ」
と響が指さす先にいたのは……ダンジョンという響きにそぐわない華やかな”お嬢様”がいた。
ハーフだろうか。その髪色は豪奢な黄金に輝き、ゆるりとロールを巻いている。顔立ちは日本人らしい丸みを帯びた綺麗な卵型に整い、ややキツめに釣り上がった双眸が高飛車さを醸し出していたが、響にも負けない美しい顔立ちだ。
流石に装備は物々しい迷彩服とボディアーマーでキッチリ防御を固めているが、首元に巻いた華やかな柄のアフガンストールやグローブの配色に鮮やかな赤と金を選んだりと女性的なワンポイントでファッションに気を使っているのがわかる。
女冒険者の足元を見る。女性冒険者向けに販売されている、お洒落だが軽く頑丈で機能的なミリタリーブーツ。足回りには気を遣っているようだ。
「お姉さま!」
件の女冒険者も響の姿を視界に入れると、主人を見つけて尻尾を振る犬のように分かりやすく喜びを浮かべてこちらに駆け寄ってきた。
「芹華」
響が彼女の名を、芹華・ウェストウッドの名を呼びかける。途端に相好を崩し、飛びつくような勢いで響を抱擁する
「お久しぶりですお姉さま。芹華は会いたかったですわ」
「ああ、久しぶりだね。君も相変わらずなようで何よりだ。ちょっと変わっていて欲しかったところもあるが」
無邪気に純真に自分を慕う妹分の変わらない姿に苦笑を漏らす響。
なお、この一幕の間芹華と名乗った女冒険者は一切守善の方を見ようとしないし意識に上がっている気配すらない。
芹華の中では完全に二人きりの世界が出来上がっているようだ。
「紹介しよう。彼は堂島守善。君の他にもう一人、私がメンターを務めている新人冒険者だ。確かそれぞれ君達のことを話すことはあったが、君達自身はこれが初対面だったはずだね」
そう、守善と響が師弟関係を結んでから三ヶ月余り経過するが、これまで守善と芹華の間に面識はなかった。互いの噂を響から聞かされることはあれ、実際に会うのはこれが初めてだった。
半分は偶然で、半分は敢えてだ。どちらの後輩も大分癖が強く、響が間に入れる状況ならともかく二人だけで会わせても上手く行く未来が見えなかったからだ。
「ええ、二ヶ月もお姉さまと満足にお話しすることもできず芹華は寂しかったですわ」
そう言って響の紹介をスルーし、甘えるようにしなだれかかる芹華。その姿には百合の気配というか、秘密の姉妹関係というか若干の危ない空気が漂っている。
ただし響の顔にはひたすら困ったような笑みが浮かんでいるあたりその感情は一方通行のようだ。
「ですが、さすがはお姉さまですわ。一部とはいえプロ資格の難関試験を突破するとはさすがは芹華がお姉さまとお呼びするお方です」
響を慕っているのは間違いないが、必ずしも言うことを聞くわけではないあたり結構なじゃじゃ馬であるようだ。と、はたから見ながらそんな感想を抱く守善。
実際響が芹華を持て余していることはその口調や表情からよく読み取れた。どうにも馬鹿馬鹿しいその一幕に最早隠す気もなくため息を一つ吐くと、守善は早々に最低限の義理を果たすことにした。
「堂島守善だ。今日はよろしく頼む」
そう言って、一言で自己紹介を終わらせる。こちらと仲良くする気がない相手に友好的に接する理由が微塵もない。
そもそも守善自身が決して愛想が良いとは言えない性格なのだからこれでも頑張った方だろう。それがわかるからこそ、響も苦笑に含まれる苦味の成分を濃くしつつも、守善を咎めないのだ。
「今日はよろしくお願い致します。芹華・ウェストウッドですわ」
対して、芹華もその返事は決して愛想がいいとは言えない。むしろ愛するお姉さまとの逢瀬を邪魔する無粋な闖入者に厳しい視線を向けている。
将来的にチームを組む予定の三人であるが守善と芹華のファーストコンタクトは決して良好とは言えなかった。むしろ悪い部類に入るだろう。
その事実を理解し、かつ、快刀乱麻を断つ解決策を思いつかない響は都合のいい神のお導きを求めるように天を仰いた。晴れ渡った気持ちのいい青空だったが、もちろん神様は響に答えを教えてくれたりはしなかった。
が、丁度いいタイミングで第三者が現れる幸運は与えてくれたようだ。
「すまん、待たせたか……なんだ、この空気?」
少し急いだ気配を漂わせながら、微妙な空気の3人に声をかけた救世主がいた。身長190センチを超えるガタイに短く刈り上げて逆立った髪、男臭い顔立ち。女にモテるがそれ以上に同性から兄貴と慕われる偉丈夫だ。
加津 倫太朗。
カイシュウとあだ名で呼ばれる冒険者部の2年生だった。守善とは大学内であれば、軽く挨拶を交わす程度の仲である。
しかし、その実力が師匠である響にも劣らないと知っている守善は嘘偽りない敬意を込めて頭を下げた。
「お久しぶりですカイシュウ先輩」
「よう。こうして迷宮に一緒にも来るのは初めてだな、堂島。
紹介する。こっちが冒険者の新人。今日、お前らと一緒にこのDランク迷宮を攻略する志貴 英雄だ」
「志貴だ。お初にお目にかかる」
カイシュウから紹介を受けて静かに頭を下げたのは、かなり顔が整った細身のイケメンである。かといって線の細い感じは全くしない。
その体幹は微塵もブレず、背負った重装備も苦にしている様子はない。かなり鍛え込んでいるようだ。
冒険者としての目線で感心の視線を向けた守善は同じ視線を向けられていることに気づく。迷宮攻略は体力勝負。その基礎となる肉体作りを守善は疎かにしたことはない。実は守善もヒデオも裸体を晒せば中々見事な肉体美を誇っているのだ。
「堂島 守善だ、初めまして」
「こちらこそ、今日はよろしくお願いする」
互いにニコリともしない仏頂面。
だがこれが二人のデフォルトなのだ。守善の性格を考えれば驚くほど友好的に二人の間で握手が交わされる。
その後、芹華とも冒険者部の2人は挨拶を交わした。
にこやかとは言えないが、守善に向けるものよりよほど愛想よく挨拶を交わす芹華。
その差はやはり守善を響につきまとう悪い虫と見ているからか、
どちらでもいいと守善は思った。
元々排他的でひねくれた性格なのだ。名付けたカードから多少影響を受けたとはいえ、早々人の根っこは変わるものではない。
悪意や敵意にはそれ以上の悪意や敵意で返す。
今回もそれを貫くだけだと結論し、結果から言えばそのその考えは早々に頓挫することになる。
2022/03/29 プロ試験実技テストにCランクカード八枚所有必須との情報提供があり、修正実施。