第二十話 ”死”の気配――Irregular encounter――②
「一つ、朗報だ。七人のドワーフにガラスの棺とくれば該当する童話は一つしかない」
敵が知れれば多少なりともその詳細が割れる。
幸いにして守善はこのイレギュラーエンカウントについてそれなりに知っていた。
眼前の醜悪な小人達を生み出した童話の名は――、
「白雪姫。グリム童話にも収録された、アホほど有名なおとぎ話だ」
それこそが眼前のイレギュラーエンカウントを表す記号。
だが疑問を抱いた木の葉天狗が問いかける。
「いや、肝心要の白雪姫がいないじゃないですか」
「それがこのイレギュラーエンカウントの特徴だ。奴らは迷宮のランクで敵の姿や数が変わる」
白雪姫。
守善が言った通りあらゆる童話の中で屈指の知名度を誇るおとぎ話だ。
その最大の特徴は迷宮のランクによって出現する敵の数と種類が変わる特殊性。まるで『白雪姫』という物語そのものが襲いかかってくるような、他に例を見ないイレギュラーエンカウントである。
Fランク迷宮で気配遮断と奇襲に長けた『猟師』が、Eランク迷宮では目の前にいる通り『七人のドワーフ』が出現する。
ちなみにDランク迷宮で『魔法の鏡』、Cランク迷宮では『意地悪な王妃』が確認されているがいまは関係ないので詳細は割愛する。
「警戒しろ。奴ら、間抜けな見てくれと言動だが洒落にならない強敵だ」
眼前の敵モンスター、七人のドワーフ。一体一体が自己バフ系のボス補正を受けたDランクモンスターに相当する強力なパワーとタフネスを誇る。加えて土属性に偏るものの中等攻撃魔法を使用可能。その基礎スペックは守善が従えるモンスター達を明確に上回る。
だが第一に注意点として挙げるべきその特徴は――、
「「「「「「「さあ、楽しいアソビの始まりだ!」」」」」」」
七人で一人と称されるほどの一糸乱れぬ精密な連携である。
ニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべ、隊列を組んで得物を構える七人のドワーフ。全員が全く同じタイミングで笑い、武器を構え、力を溜めている。薄気味悪いほどに息が合った挙動だった。
「迎え撃つ。俺の指示に従え。逆らうな」
戦意を高め、決意を固め、それを言葉とし迎え撃つ姿勢を取る守善達。だが実のところこの戦いにおいて彼我の優劣は最初から決まっている。それも圧倒的に。
まともに戦えば守善は一〇〇%敗北する。勝ち目はないと言い切っていいだろう。
七人のドワーフを敵に回すに当たり、一番厄介な点は数が多い。その一言に尽きる。
まず単純な頭数だ。そのまま文字通り七人のドワーフが、Eランク迷宮の召喚制限で最大五体(厳密には四枠)までしか召還できない守善に対して襲いかかる。
更にボス補正を受けたドワーフ達は一体がDランクでも上位の戦闘力を誇る。守善が従えるモンスター達が多少鍛えられているとはいえ、その地力には如何ともし難い差があるのだ。
加えて七人のドワーフは何らかのスキルが作用しているのか、異常なほど一糸乱れぬ連携を誇るという。
つまり守善達は敵に対し数で負け、質で負け、連携で負けている。極めてシンプルに、率直に、明確にどうしようもない戦力差だ。
「……鴉、お前は戻れ」
「はあぁぁぁっ!? いまさら何を――」
「足手まといに用はない。邪魔だ」
この強敵を前にしては、Eランクの木の葉天狗では戦力外。そうと判断し、抗議する木の葉天狗を無理やりカードに戻す。光とともに消えていく木の葉天狗は筆舌に尽くしがたい顔をしたが、守善はすぐにその存在を意識から切り捨てた。
「旦那よぉ、今のは流石の俺もどうかと思うぜ?」
「気を抜くなと言ったが? 集中しろ、さもなきゃ死ね」
批判的な視線を向けるバーサーカーを冷たく切り捨て、眼前の悪妖精達へ向き直る。
再三戦力計算を繰り返すが、やはりまともに戦っては勝ち目がない。
「負けてたまるか」
故に。
「”勝つ”のは俺だ」
勝つためにはその道理を力づくでひっくり返すしかない。例え何を踏みにじったとしても。
守善はネジ曲がり、歪み、しかし断固とした決意を抱いた。
◇◆◇◆◇◆◇
死闘が始まった。
既にイレギュラーエンカウントと正面から接敵した以上、下手に逃げるのは上手くない。数、質、連携。全ての要素が不利と承知の上で敢えて迎え撃つことでまずは互いの戦力差を測る。
「防御重点。狛犬と獅子は前に上がって壁になれ」
呼び出したモンスターが各々の返事を返す。
七人のドワーフは気が狂ったように音程の外れた笑い声とともに斧、槌、鶴嘴等物騒かつバリエーション豊かな仕事道具を構えて突撃してくる。戦力に勝る以上力押しの正面突破が最も効率がいいと彼らは知っているのだ。
加えて土属性の攻撃魔法でこちらに牽制とばかりに礫を投擲してくる。
土属性の初等攻撃魔法、ストーンバレット。握り拳大の礫を生成、射出するシンプルな攻撃魔法だ。
タフな狛犬やバーサーカーは物ともしない牽制だが、ホムンクルスは話が別だ。一撃でも食らえば軽くないダメージを負う程度にはホムンクルスは脆い。
「モヤシ、駄犬どもを盾にナイフを投擲して牽制」
ホムンクルスに向けて指示を飛ばす。
タフな狛犬・獅子が前に出てその巨体をパーティーの盾とする。その隙間から的確に狙いを定めたスローイングナイフが一体のドワーフを襲うが、嘲笑とともに手にした得物で叩き落された。
舌打ちを一つ。無いよりはマシだが敵のランクが上がってくるとスローイングナイフでは牽制にならないようだ。
「固まって迎撃。隣のフォローは欠かすな」
ドワーフの足は遅い。距離を詰められるまでにせめて一体だけでも落とせれば最上だったが、いかんせん守善一行の遠距離攻撃はホムンクルスのスローイングナイフしかない。威力もラインナップも貧弱なのだ。
遠間からの攻撃はほとんど意味がないと悟り、接近戦を選択。
「来るぞ――備えろ!!」
敵ドワーフの一体が身体をぐるりとねじり、そのタメを開放する勢いに任せ遠間から手斧を投擲。轟風を巻き起こす勢いで横回転しながら迫りくる手斧を狛犬がその爪で弾き飛ばし、それが接近戦が始まる合図となった。
「「「「「「「「アハ、アハ、アハ……キャハハハッ!」」」」」」」
狂ったような高笑いとともに得物を手に思い切りよく打ちかかってくるドワーフ達。その強烈な圧力を狛犬と獅子が身体を張って無理矢理に止める。
戦力比率は当然不利。こちらの一体に対して二体以上が襲いかかる。加えて、一人一人の基礎戦闘力は向こうが上。
守善を中心にモンスターたちが背中を補い合ってこそ何とか抵抗を続けているが、それも時間の問題だろう。十秒経過するごとに誰かに傷が増えていく、苦痛に食いしばる顔が引きつるのが見える。
タフな狛犬と獅子が横っ腹に斧と鶴嘴を叩きつけられ、血飛沫が舞う。
スコップを棍棒で打ち落としたバーサーカーが背後から中等攻撃魔法アーススピアースを食らう。
ホムンクルスは直撃こそないものの、その身体には無数の擦過傷が刻まれていた。
改めて見ると、本当にひどい戦力差だ。まるで暴力の濁流に飲み込まれた木っ端のような……。このままでは勝ち目がないことを嫌でも実感する。
だが守善は絶望などしない。してたまるかと思った。
「お前ら――」
眼前の敵を打ち倒す。例え何を踏みにじってでも。
もう一度決意を新たにする。それが間違った道だと知っていても、それ以外の道など知りはしないのだから。
「俺に従え」
こうと決めたら貫徹する鋼鉄の意思。それは守善の長所であり短所である、
このままでは勝てないと悟った守善は躊躇なく響から課せられていた禁を破った。
「――ッ」
「グ、オォッ!」
「ぬ。マス、ター……!?」
「兄者、この感覚は!?」
カードと心を繋げてその力を引き出す技術、リンク。その恩恵を十全に受けたカードは本来の力を引き出し、時に通常の倍近い戦闘力を誇るという。守善はそこまでの練度に到達していないが、カード達を一つの意思のもとに無理やり束ね、連携の練度を劇的に向上する恩恵を引き出すことが出来た。
守善が無理やりカード達とリンクを繋いだ瞬間から、モンスター達の一挙一動が目に見えて変わる。
「オマエら、なんだ? オカシイ、オカシイぞ!?」
リーダー格だろうか。いつも真っ先に叫んでいた一体のドワーフが困惑を顕にする。だがそれも無理はない。
より早く、より鋭く。
まるで一つの頭脳に制御された複数の手足が互いの隙を埋めるような見事な連携だ。
ホムンクルスが押されればバーサーカーが纏わりつくドワーフを棍棒で吹き飛ばし、バーサーカーが晒した隙を狙った斧の一撃を獅子がカットイン。その頑強な肉体を盾として防ぐ。
隙を狙ってマスターへのダイレクトアタックを狙えば、残る狛犬が体を張って時間を稼ぐ。そのロスタイムを使い、隙を見出したホムンクルスが急所を狙った鋭い一撃で迫るドワーフを追い払った。
暴挙によって成し遂げた高度すぎる連携行動により最適解を出し続ける。その恩恵で守善たちはドワーフ達の猛攻と拮抗していた。
右手と左手が互いを邪魔することなどありえない。そんな練度の連携によって七人のドワーフという連携の怪物たちへ食い下がる。
「待て、旦那! こいつはマズ――」
「ある、じ……」
ただしカード達の意思を無視して行われるそれは、多大なストレスとなってカードに襲いかかった。
彼らの負担を顧みないハイ・パフォーマンス。その代償は多大なる肉体的・精神的な苦痛。甚大な負担が襲いかかったモンスター達は一様に苦悶の声を漏らした。
「黙れ。喋るな。気が散る――”道具”はただ俺に従え」
最も付き合いの長いホムンクルスとバーサーカーの懇願すら切り捨てる。
僅かでも確かに心を交わしたカード達からの悲鳴を、自身の胸に去来する痛みと罪悪感を一切合切踏み潰し、能面のような無表情で守善はただ”勝ち”に行く。
こうなると知った上でそうしたのだ。
最早彼らの信頼を取り戻す術はなく、許しを請う権利はもっとない。ただ勝利を目指して手を打つことのみが守善に許された権利だった。
(集中しろ、俺自身が心を乱してどうする――!!)
結局のところ、堂島守善は臆病で自分に自信のない人間だ。
自分を信じられない者が他人を信用出来るはずがない。だから何でも一人でやろうとする。そして臆病で自信がないからこそ偏執的なまでに情報を集め、事前に対策し、勝つための手順を幾重にも整えてから戦端を開く。
意志を持つカード達もまた道具に過ぎないとせせら笑い、自分一人で迷宮攻略など十分だとうそぶき――――そして、失敗した。カードに情を懐き、慮り、中途半端に対応した。
なんたる無様か。やるんなら徹底的に? 寝言は寝て言え。赤子がぐずるよりみっともない威勢だけの啖呵に何の価値があるのかと自身を罵倒する守善。
(この一ヶ月は結局、無意味。ただの回り道だった、か……)
切り捨てよう、忘れようと守善は思った。
己が愚かだった。間違っていたのだ。カードに情を抱くなどあやまちだった。意味など無かった。
何故ならほら、情を捨てカードを道具と割り切ったいまの己はこんなにも強いのだから――。
「「「「「「「ン……、ク。ガ、ア、アアァァ――!! 何だ、オマエはアアァ!?」」」」」」」
ドワーフ達が高まり続ける圧力に疑問と不快を込めた叫びを上げる。
埋まらない胸の空虚。一秒ごとに増していく虚しさに比例するように、守善のリンクの腕前は加速度的に上達していく。死地に追い込まれた守善の素質が開花し、爆発的な成長を促していく。
リンクの第二段階、シンクロ。マスターとカードの境界を取り払うことで、バリア機能に使われているエネルギーをカードの強化に回すことが出来る。いや、本来の力を取り戻すと言ったほうが正確か。
いまだ拙いものだが、守善はカード達を支配することでその潜在能力を引き出すことに成功していた。
形勢が徐々に、徐々に守善たちへとひっくり返っていく。圧倒的不利が少しずつただの不利へと変わっていく。それでもまだ敗色は濃厚だったが、
「「「「「「「オマエ……嫌い! 消えろ!」」」」」」」
しぶとく抗い続ける獲物に残酷で我慢を知らないイレギュラーエンカウントが焦れたのか、攻勢の圧力が増した。さながら目の前を飛ぶ蝿や蚊を鬱陶しげに振り払うように。
七体全員で一斉になりふり構わない前進攻勢。強烈な勢いの利いた突撃だが、荒々しく隙が大きい。一言で言えば雑な突撃だ。
(好機――!)
その勢いを守善は巧みにスカす。
ドワーフ六体を狛犬・獅子とホムンクルスを使ってほんの数秒保てばいいと無理やり押し留める。そして残り一体のドワーフにかける防御を敢えて弱め、他のドワーフを弾き出すことで突出させたのだ。
一体だけ孤立したドワーフの眼前に予め配置したバーサーカーが肉厚の棍棒を構え、殴打の準備を整えている。
「叩き潰せ、バーサーカー!!」
「――おうよ!!」
我慢して我慢してようやく手繰り寄せた勝機のひと欠片を前に、守善の目に凶悪な光が宿る。
一方のバーサーカーも鞭で叩くようにして従えられる現状に思う所はあれど、凶悪というも生温い死神を相手にしたこの一戦ばかりは否も応もない。
思い切り身体を螺子り、力をタメにタメたバーサーカーが丸太のような太さの棍棒を全力で振り切る。
組み合わせるスキルは《武術》+《物理強化》+《恵体豪打》+《強振 (フルスイング)》。シナジーが利いたスキルを組み合わせることで威力は爆発的に上昇していく。
一撃の威力ならばDランクモンスター最強クラス。その評価は伊達ではない。イレギュラーエンカウントと言えど大ダメージを免れない必殺の一撃が容赦なくその矮躯へと向けられる。
直撃の瞬間、ものすごい音がした。
巨人の拳をそのまま叩きつけたような、大気を震わすほどの強烈な打撃。
まるでバックスクリーンを超えて飛んでいくホームランボールのような。バーサーカーが繰り出す渾身の一撃を食らった黒こびとが、冗談のような勢いで宙を飛ぶ。ボキボキと骨がへし折れる生々しく鈍い音がはっきりと守善の耳に届いた。
「「「「「「あ、あ……あああアアアァァ――!?」」」」」」」
痛打を食らった仲間が自分たちの頭上を超えて吹き飛んでいくのを見て、他のドワーフ達は怒りと困惑が混ざった叫びを上げる。
「よし――」
まだまだ勝利まで遠くとも、その契機に相応しい確かな成果だった。
勝てる、まだ終わっていないと守善の胸に希望の光が宿る。モンスター達もまた強敵が吹き飛ぶ爽快な光景に士気が上昇した。
その瞬間を密かに、そして淡々と狙っていた者がいる。
百獣の王ライオンだろうが、百戦百勝の戦巧者だろうが隙を晒さずにいられない瞬間がある。
強い焦りと絶望的な苦境、それをひっくり返す希望の萌芽が芽生える瞬間。あるいは獲物を仕留めたことを確信した刹那。どれほど残心を極めようが、その一瞬だけは絶対に油断から逃れられない。
その隙を見事に狙い打たれた。
「!?」
弾、と矢が突き立つ音が響く。守善を守るバリアを一発の弓矢が強かに射抜いたのだ。
守善自身はバリアに守られ、衝撃で弾き飛ばされたものの傷一つ無い。だがその分のダメージはモンスター達が肩代わりし、血飛沫が宙を舞った。
「ぐ、ぎ……ぃっ!」
守善の最も近くにいたバーサーカーが僅かに苦悶の声を漏らす。その右肩にはジワリと急速に赤い染みが広がる矢傷があった。ダメージを負ったのはバーサーカーだけではない。他のモンスター達も同様の場所に傷を追っていた。バリア機能によるダメージのフィードバックだ。
「クソがぁ!」
全員の戦闘能力が大幅に低下する、無視できない大ダメージだ。
一瞬の油断で形勢が一気に悪化した。その事実に悲鳴のような悪態をつく。
『――――』
矢傷を与えた狙撃手は静かに息を整え、二の矢を番える。そして次の機を待った。
狙撃手の正体は森の木立の陰に隠れ、気配遮断スキルで身を隠し、静かに弓矢で守善を狙っていた『猟師』。この瞬間、守善の意識の外にあった八体目のイレギュラーエンカウントだ。
イレギュラーエンカウント、『白雪姫』は迷宮のランクによって出現する敵の姿と数を変える。その言葉に何一つとして嘘はない。
迷宮のランクが上昇するごとにより上位のモンスターが解禁され、下位のモンスターを従えて冒険者へ襲いかかるのだ。より上位の迷宮で『白雪姫』と遭遇すれば、『魔法の鏡』や『意地悪な王妃』が『七人のドワーフ』、『猟師』を配下に従え、牙を剥くだろう。さながら『白雪姫』という物語そのものが敵に回ったかのように。
その特性を勤勉な守善が知らなかったはずがない。出来る限り周囲に目を配り、警戒していた。それでも上をいかれた。結果だけ言えばただそれだけの話だ。
(木の葉天狗がいればこんな無様は――馬鹿か俺は!?)
一瞬だけ後悔がよぎり、すぐにそれを打ち消した。自分で戦力外と断じたのだろうにみっともないにもほどが有ると。
切り捨てたはずの足手まといに頼った。動揺に次ぐ動揺が魔法を解いてしまった。
守善が従えるモンスターたちに最早先程までの高度な連携行動は望めまい。加えて動揺から隙を晒したいまこの瞬間、本来ならイレギュラーエンカウントにとって攻め入る絶好の機会だった。
だが悪意味に満ちた黒こびど達は敢えてその隙を見逃した。どこかコミカルな仕草で吹き飛ばされた仲間の元へ駆け寄ることを優先した。だがそれは仲間へ向ける友愛などでは断じて無い。
悪意だ。守善をより深い絶望に叩き込むための、底すら無い悪意。
「大丈夫か!?」
「大丈夫さ!!」
「しっかりしろ!!」
「なあにこの程度!」
「僕らにかかれば」
「ヘッチャラさ!!」
深手を負った仲間をいたわるべき場面だというのに、どこか悪ふざけめいた激励だった。その異様さに守善の視線が引きつけられるほどに。
嫌な予感を裏付けるかのように視線の先にいるドワーフ達の顔には吹き出すのを必死に堪えているような笑みがある。
(確かにブチ殺した。棍棒にも手応えはあった。一体何を――?)
リンクを通じ、バーサーカーの五感を感じ取った守善は確信する。
あのフルスイングは正しく必殺。まともにくらえばイレギュラーエンカウントだろうと瀕死確定の一撃だと。ベキベキと骨が折れ砕ける嫌な感触もしっかりと手に残っている。
だが、
「ウ、ウーン。痛カったゾぉ!」
次の瞬間、仲間たちから激励を受けたドワーフが起き上がった。深手を負った身でありながらけろりとした顔つきで、何事もなかったかのように。
仲間から騒々しくも寒々しい激励の声がかけられ、あっさりと立ち上がる。その動作は滑らかで、到底負傷の影響を感じさせない。
「な……ぁ――っ!?」
ふざけるな、と叫びそうになるのをなんとかこらえる。
間違いなく渾身のフルスイングで身体中の骨をバキバキにぶち折ったはずなのだ。それが数十秒と経たない内に無傷に見えるほどに回復するというのは考えられない。回復魔法を使った素振りすらない。
絶対にありえない、なにかタネがあるはずだと守善の理性が叫ぶ。イレギュラーエンカウントと言えどEランク迷宮に出る程度のモンスターがそこまで理不尽なタフさや再生力を持つはずがない。
だがどんなタネがあろうと、肝心要のそのカラクリを見破れなければ敵の不死身は破れないのと同義。
その瞬間、守善の心がへし折れた。ただでさえ薄い勝ち目が一気に消え去った。やっとの思いで与えた傷が何の意味もなかった、という事実は闘志をくじくには十分だ。
「まだ、だ。まだ……!」
モンスター達に戦闘態勢を取らせる空元気は残っているが、その意識は勝つことではなく死なないことに傾いている。求める結果は同じでも、モチベーションは全く違う。それを示すようにリンクが解けたモンスターたちの動きは鈍い。
そのザマを見た黒こびとは満面の笑みを浮かべた。心の底から楽しそうに、無邪気な笑みを。
「「「「「「「キャハァッ♪」」」」」」」
その笑みに守善は絶望を見る。
あとはもう嬲り殺しも同然だった。それから守善達が数十秒間持ちこたえたのは彼らの功績ではない。
邪悪にねじまがったお伽噺の黒こびとが存分にいたぶり、守善が従えるモンスターたちを弱らせていったからだ。敢えて弱点であるマスターを狙わず、鎧を一枚一枚剥ぐような嗜虐性を見せながら。
そして弱ったモンスターを守善の元へ一ヶ所にまとめるように追い詰めると遊び飽きたおもちゃを処分するように最大威力の魔法を解き放つ。
メテオという高等攻撃魔法がある。宇宙に繋ぐ空間門を開き、流星群を呼び寄せて爆撃する大魔法だ。
もちろんそんな器用かつ高等な魔法を黒こびと達は使えない。
だが流星群ではなく、ただ一発の流星を擬似的に再現した劣化攻撃魔法を撃ち放つことは可能だ。
大きな岩塊を生成し、ベクトルを込めて撃ち放つ中等攻撃魔法ロックカノン。
それを全員で一糸乱れぬ連携でもって、七人で一つの魔法を行使。七体で力を合わせて直径十メートルオーバーの超巨大な弾丸を生成、上空から高速で射出するロックカノンの強化拡大バージョン。極めてシンプルな質量攻撃だ。
それはさながら天から降る隕石墜落。視覚的インパクトで言えば、ビルが空から降ってくるようなもの。無防備に食らえばBランクモンスターですら不覚を取りかねない、ほぼ全ての低ランク冒険者にとって文字通りの必殺だ。
「「「「「「「キャハ、キャハ、キャハ!」」」」」」」
最早こらえきれないとばかりのせせら笑いはやがて大笑に。
見せつけるように天空に保持した大質量を、七人の黒こびとはあっさりと振り下ろす。
「「「「「「「キ ャ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ! !」」」」」」」
あざ笑う声は天まで届くように高らかに。
天から降りきたる絶望の具現が守善の視界を闇に染めた。真っ暗な視界の隅にはフラフラと立ち上がり、抗うように咆哮を上げる狛犬と獅子の姿。
一瞬後、轟音と衝撃が弾ける。
爆発的な勢いで舞い散る粉塵が晴れ、魔法で生み出された大岩塊が消えていくとクレーターの底に大量の血痕が残っていた。
【Tips】テレパスとシンクロ
マスターとカード間の感覚や感情を共有する技術をリンクの中でもテレパスという。テレパスはリンクの初歩中の初歩の技術であるが、これをさらに深化させることにより感情や感覚だけでなくマスター本人の意識そのものまでカードに乗せることができるようになる。これが、リンクの第二段階——シンクロである。
マスターとカードが同一化を果たすことにより、マスターは自分を守るバリアからカードへとエネルギーを回せるようになる。これにより通常はバリアの維持により半分程度の出力しか出せていないモンスターが、本来の力を発揮できるようになる。
初歩にして奥義となる技術。テレパスとシンクロを極めれば他のリンクは不要と言う冒険者もいる。
※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。
【Tips】中等攻撃魔法(地)
本作独自設定。
七人のドワーフが所有するスキルの一つ。
原作において中等攻撃魔法を所有するモンスターは一通りの属性別攻撃魔法を使用できると推測されるが、上記スキルの持ち主は地属性系統に限定して中等攻撃魔法を使用できる。
また、属性別のバリエーションが存在する。
追記:ストーンバレット、ロックカノンなどは本作オリジナル魔法。
【Tips】疑似メテオ
本作独自魔法。使用可能なモンスターは七人のドワーフのみであり、そのため正式名称はない。
七人のドワーフが一致協力して作り上げた巨大な岩石を天から高速で撃ち放つ質量攻撃。
その威力は中等攻撃魔法以上高等魔法以下。低ランク冒険者が従えるモンスターが喰らえば大抵死ぬ。Cランクモンスターでも割と死ぬ。Bランクモンスターでも当たり所次第で危うい。
使用には相応の溜めと安全な距離が必要だが、それらを犠牲にして早打ちも可能。