第十七話 二ツ星冒険者資格試験②
堂島守善は夢を見る。
甲高いブレーキ音、視界を白く塗りつぶすヘッドライトの光、衝撃と激痛、錆びた鉄に似た血臭、グニャリと力なく倒れ伏す両親と妹の姿――色濃く香る”死”の気配。
フラッシュバックが終わり、フッと意識が覚醒へと浮かび上がる。
「……チッ」
目覚めて早々に舌打ちを一つ。最悪の目覚めだった。
堂島守善を形作る原風景。いまも守善を突き動かす過去の残影が忘れるなと語りかけてきたかのように。
「誰が忘れるか」
吐き捨てる。
迷宮に潜ることは意外なほど苦では無かった。カード達と交わす小気味の良いやり取りに心地よさを感じることさえあった。
だがそれでも、守善は自身が迷宮に潜る目的を忘れたことは一瞬たりともなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
探索三日目。
朝早くに目覚めた一行は朝食や準備をそこそこに済ませると、最下層を目指して安全地帯を出発した。
召喚したモンスターは木の葉天狗、ホムンクルス、バーサーカー。使い慣れたいつもの三枚だ。
「やっとみんな揃っての迷宮攻略に慣れてきたって感じですね。これまでは誰かがカードに戻っていましたし」
「はい。私もマスターや鴉さん、熊さんといつも一緒にいられて嬉しいです」
「キャ――ッ!? 見てくださいよマスター、ホムちゃんのこの可愛さを! 無表情デレの時代が来ました! 私より先にマスターがホムちゃんの口から出ることだけは納得いきませんけど」
「へっへっ、賑やかだねぇ。まあ、そういうのも悪くねえが」
「ドやかましいわ。いちいち騒ぐな、アホども」
かしましいやり取りを交わしながら安全地帯である階段を下っていく。緩んだ空気を強くは諌めない。安全地帯を脱すれば自然と一行の空気は戦闘モードに入るのだから。
「いつもの分かれ道か」
「ですね」
十六階層に足を踏み入れると、右・左・真ん中と三つに分岐したいつもの迷路が早々に現れる。今回挑む迷宮は典型的なダンジョンタイプ。石造りの通路が延々と続き、このように幾つもの分かれ道のあるThe・迷宮になっている。道中にモンスターは出現せず、未知の合間に挟まれる小部屋にモンスターが出現し、そこで戦闘が発生する構造だ。
「鴉」
「はいはいっと」
木の葉天狗に呼びかけると閉ざされた地下迷宮に突如として風が吹く。彼女がもつ天狗風、そして風読みのスキルを使ったいつもの探知だ。ある程度の距離までと制限はあるがルートの先を予め知れるのは迷宮攻略において有用だった。
「んー、右はすぐ行った場所に小部屋があります。扉が有るので中の様子は不明ですが、大方いつものモンスタールームでしょう。真ん中は更にルートが二つに枝分かれしてますね。そこから先はちょっと。左はどうも行き止まりみたいです」
「そうか。なら右を行くぞ」
「おや、朝から随分と好戦的ですねー?」
訝しげに問いかける木の葉天狗。行き止まりの左は論外として、戦闘が確定している右のルートを敢えて選ぶとは。まだ階層に足を踏み入れたばかりで特にルートに行き詰まったわけでもないのにだ。
「ボスの前にあいつらの使い勝手を本格的に試したい」
あいつら。守善が二ツ星への昇格を期して新たに用意した二枚のカード達だ。
「これまではFランクが多くてロクな試運転にもなりませんでしたからねー。ま、いいんじゃないですか。それじゃ召喚制限に引っかかりますし私は一度引っ込んで――」
召喚済みの三枚プラス更に二枚の召喚となれば、普通は木の葉天狗が言う通りEランク迷宮の召喚制限四枚に引っかかる。
だが守善はそれを止めた。モンスターカードには迷宮の召喚制限を一部覆す例外が存在するのだ。
「いや、不要だ。あいつらに限っては五枚目まで召喚出来る」
「ああそういえば、彼らは二枚で一対のカードでしたか。これはうっかり」
守善が手にした二枚のカードもそれに該当する。カードに描かれた厳しい顔つき、ずんぐりとした力強そうな体躯の聖獣。白と黒、体毛色の違いや小さな角の有無を除けばほとんど同じ姿をした二枚だ。彼らの種族名は――――、
「狛犬、獅子。来い」
狛犬と獅子。神社など聖域を守護する阿吽一対の獣である。姿はそっくりだが、角が無い方が狛犬。有る方が獅子だ。
カードとしてのステータスは種族名以外同一で、詳細は以下の通りだ。
【種族】狛犬/獅子
【戦闘力】150
【先天技能】
・二体一対:このカードは半身と呼べるカードと二枚で一つである。二枚召喚しても迷宮の召喚枠を一つしか消費しない。また生命力を二枚で共有する。
・辟邪の咆哮:魔を除け、邪悪を退ける退魔の霊威を宿す咆哮。魔法を無効化または弱体化するアンチ・マジック・スキル。狛犬と獅子が揃っている時のみ使用可能。
・守護獣:聖域を守る神獣。防衛行動時、生命力と耐久力が向上する。威圧、庇うを内包
(威圧:強烈な迫力で敵の動きを鈍らせる。稀に怯ませる。
庇う:仲間の元へ瞬時に駆け付け身代わりになることができる。使用中、防御力と生命力が大きく向上。)
【後天技能】
・気配察知:五感を強化し、隠密系スキルを見破りやすくする。
彼らが持つ特殊な先天技能、二体一対スキル。
一対のペアとなる二枚のカードが揃うことで真価を発揮する特殊なスキルだ。二枚のカードを揃って召喚した時、迷宮の召喚枠を一枠しか消費しない。Eランク迷宮で言えば、狛犬・獅子で一枠。残りの三枠を自由に召喚できる。仮の話だが二体一対スキル持ちカードが四セットあれば、八体まで召喚できるだろう。
さらに二枚で生命力を共有し、二体まとめてロストするほどのダメージを受けなければ生き残るタフさや二枚揃った時にのみ使える強力なスキルを持つ。
このようにワンセットで揃った二体一対スキル持ちのカードはランク以上の性能を誇るという。
守善もほとんど偶然揃えることが出来ただけで、本来ならもっと資金が必要になってもおかしくない強力なカード達だ。
「ようやく俺の出番かっ! 待ちかねたぞマスタァー!」
「兄者。声、声をもっと小さく。マスターが兄者を屠殺する豚を見極めるような目で見ているのに気付かないのか?」
そんな強力でレアなはずの二体の聖獣が光とともに姿を現す。迷宮攻略という真剣勝負の場にそぐわない結構な喧しさとともに。
牛並みの巨体に厳しい顔つき。神社で見る姿そのままだが、サイズは想像よりもはるかにデカかった。
「弟者よ! それは無理だ! 何故なら俺は場を弁えず空気を読まず世間の風に逆らって”我”を貫き通すさすらいのアウトロー! だからな!」
「流石だ兄者。これ以上無いほどのドヤ顔、マスターも呆れているぞ!」
兄者こと白の狛犬。弟者こと黒の獅子。
彼らこそ守善が新たに戦力として揃えた二体一対のカード。個性豊かなキャラクターが揃った守善のカードにも負けない濃さの持ち主だ。
狛犬の特徴はなんと言ってもその暑苦しさ。アウトロー、熱血、硬派をよく口にするが割とすぐにヘタレる。守善曰く、ファッションアウトローの駄犬。
獅子は狛犬の太鼓持ちをしているようでその実皮肉を利かせたツッコミを入れている。なお大体の場合狛犬を抑える役には立たない。守善曰く、一見まともに見える賑やかし。
攻略一日目にも一度召喚したのだが、Fランクモンスターでは手応えがなさすぎるのと彼らの濃すぎるキャラクターに守善が引っ込めたという経緯があったりする。
「……まともなカードがモヤシくらいしかいない」
と、彼らを見た守善はボヤいた。従順で物静かなホムンクルスは守善にとって癒やしになりつつあった。
「あなたがそれ言います?」
なお木の葉天狗から類は友を呼ぶとツッコミを入れられていた。
「……いい加減こっちの話を聞け、駄犬ども」
ちなみに狛犬のあだ名は駄犬その一。獅子のあだ名は駄犬その二だ。
「おお、マスター! 敵か、俺と弟者を呼んだということは敵だな。それも強敵に違いない! なにせ俺と弟者を呼ぶほどなのだからなぁ!」
「流石だ、兄者! 自分の考えをひとかけらも疑わない猪突猛進っぷり、外れた時の痛々しさに今から心が痛い!」
「フハハ、そう褒めるな弟者!」
「いいや、言うとも兄者よ! もうちょっと俺の話を真面目に聞いてくれてもいいんだぞ!?」
「この駄犬どもが……」
兄者弟者と互いを呼び合っている割にコミュニケーションが歪んでいる気がするのは勘違いだろうか。守善は思わず遠い目をした。
というか幾ら互いに二体一対スキルを持っているとは言え、初めて顔を合わせたのは昨日だというのに異様に相性がいい。その相性は是非戦闘で発揮して欲しいところだが、いまのところ守善を振り回すことにしか役に立っていない。
「そもそもモンスターに兄だの弟だのあるのか?
「「いや、別にそういうのは無いぞマスター」」
限りなく真顔かつ一言一句同じ言葉で返されたテキトーな返事に守善のイライラゲージが一つ溜まった。
「……無いのか。ならどこから兄弟呼びがきた? お前らが二体一対スキルの持ち主だったとしても、別に互いに知り合いだったわけでもないだろう?」
籠付と響から守善の手元に渡った段階で記憶は初期化されているはずだし、彼らを召喚したのは昨日が最初だ。それなのにこの息のあった掛け合い。もしや二体一対スキルになにか秘密でも有るのかと真面目な顔で問いかけてみると。
「「フィーリングが合ったのでなんとなく?」」
狛犬と獅子は鏡合わせのように顔を見合わせ、ウンウンと頷き合うとやはりまったく同じタイミングで守善を見上げてそこはかとなくドヤ顔を見せた。
守善のイライラゲージがまた一つ溜まった。
「オーケー。お前らがその場のノリで生きているそこの着ぐるみの同類だと理解した」
「フゥゥ。一日一万回、感謝の素振りはキクぜぇ……!」
視界の片隅で黙々とバットのスイング練習をしているバーサーカーを見ながら達観とともに呟く。バットを振るたびにブォンブォンと結構な勢いの風を巻き起こしていた。
意味がわからないがツッコミを入れればまたバーサーカーのペースに巻き込まれるので、守善は見なかったことにした。ついでに狛犬ともどもそれ以上考えるのを諦め、同時にイライラゲージを投げ捨てた。賢明な判断だった。
「あ、マスターが理解を放棄しましたよ」
「やかましい」
パチンとデコピンを木の葉天狗に食らわせながら、狛犬たちへ最低限の手綱はかけるべく一つの命令を下す。
「ここのルールは一つだ。俺からの命令には絶対服従。それさえ守ればグダグダ言わん。今更だしな」
色々と自由すぎる他のメンバーをチラリと見ながらの放任宣言。守善からすれば十分譲歩したつもりの宣言だったが、アウトローを自称する狛犬から見ればどうも気に入らない台詞だったらしい。
「フッ、生憎だがそいつは聞けんなぁマスター。なにせ俺は……”アウトロー”だからな!! 諾々と言いなりになるイヌになるつもりはない!! 狛犬だけにな!」
「ほー」
上手いことを言ったぜといわんばかりに狛犬の獣面に浮かぶドヤ顔を冷たく見下ろす守善。
アウトローを強調しながら力いっぱい拒絶する狛犬へ向ける視線は氷点下にまで下がっていた。
「兄者、兄者。気付いていないようだから言っておくが、マスターが兄者を見る目が屠殺する豚を眺めるレベルにまで冷え込んだからな。既にそこは命が危ないレッドゾーンだぞ」
「兄を止めるな、弟者よ。男には張らねばならん”意地”がある。ここでマスターの暴虐に散ってもどうか俺という馬鹿な一匹狼がいたことは忘れないでくれ」
「兄者よ、俺は俺を巻き込まないでくれと言っているんだ」
二体一対スキルの特徴の一つに生命力の共有が有る。
片割れが限界を超えて傷つけばもう片方にも超過ダメージがいくのだ。なので普通なら一体がロストするダメージを受けてもロストしないのが彼らの強みでも有るのだが。獅子は守善の据わった眼をみて静かに危機感を覚えていた。
この場面で兄者こと白の狛犬があまりにも傷つけば、弟者こと黒の獅子にもダメージが入るのだ。
「馬鹿を言え、弟者。俺の痛みは俺のもの、ましてや弟になど背負わせるものか!」
「それこそ馬鹿を言え、だぞ兄者。兄弟は助け合うものだ、そうだろう?」
「弟者……。ああ、ともに暴虐なマスターに立ち向かうぞ!」
唐突に安い兄弟愛やコントをごちゃまぜにした会話劇を繰り広げている二匹。彼らを見る守善の視線の冷たさがついに一線を超え、容赦なく躾けの鞭が振るわれた。
「麗しい兄弟愛だな、だが無意味だ。二匹仲良く痛みに泣きわめけ」
容赦なく対モンスター用の催涙スプレーを噴射する守善。
なお低い位置に鼻面や目があり、露出している獣系にとってこの催涙スプレーは地味に天敵である。流石にロストまではいかないが、一時的に目と鼻が利かなくなり、激痛にのたうち回るレベルだ。モンスターでも苦しいがロストするほどではないという躾に使うにあたり絶妙な塩梅なのである。尤も販売会社の想定から思い切り外れた使用法だろうが。
「「ギャアアア――――!?」」
顔面に白煙をまともに食らい、多大なダメージを負った二匹は迷宮の床をゴロンゴロンとのたうち回った。全体的に丸っこい体躯のためか転げ回る仕草がどこかコミカルだ。
守善は容赦なく追撃のスプレーを見舞った。道中で敵モンスターに襲われる危険がないためか、追撃の手が緩むことはなかった。
狛犬と獅子はゴロンゴロンと三桁近い回数を転げ回ったが、助ける者はいなかった。
「あらら。最近なんだか敵よりも味方にスプレーが飛んでいるような……」
「俺も味方より敵に向けたいし、出来れば使いたくもないんだよ」
木の葉天狗からのツッコミに、守善はどこか虚しさを湛えた顔でそう答えた。
【Tips】二体一対スキル
一枠で二枚のカードを召喚可能となるスキル。召喚されたカードは、生命力が共有され、二対分のダメージを喰らわない限りロストしない。反面、一体に二体分のダメージが入ると二枚ともロストしてしまうこともある。
二体一対型スキルを持つカードは、二枚揃った時にのみ使用可能となるスキルを持つことが多く、その性能はワンランク上のカードのスキルにも勝るとも劣らない。
上位スキルの存在も確認されている。
※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。
【TIPS】兄者弟者
同名の配信者がいたり、やる夫スレ界隈で流石兄弟がたまに出演したりするらしい。
ちなみに狛犬と獅子のキャラクターに特に元ネタはない。