人魚姫
「人魚みたいだね」
貴方が告げたその言葉が嬉しかった。
きっと私はその時、貴方に恋をした。
彼、佐伯くんは学園カーストの上位にいる。
カースト下位の私はそんな彼に近づくことなんてできない。
そっと影から覗くだけ。
私は存在感なんてない地味な女だから。
偶々あった体育の水泳の授業で彼が私に話しかけてきた一度だけしか接点はない。
小さい頃から泳ぐことが好きだった。
陸にいるよりも、水の中にいる方が落ち着いた。
水の中が自分の世界と勘違いしてしまうほどに。
だから、彼の一言が嬉しかった。
「本当に水の中だと違う人みたいだね」
放課後、最後まで一人で練習していた私の前に彼がいた。
驚きで言葉がでない。
「ねぇ、人魚姫って知ってる?」
急にそう言ってきた。私はただ頷く。
「あの有名な童話でしょう?」
「そう。彼女は王子に恋したけど、王子だって彼女に恋したんだよ」
彼はストーリーにないことを呟いた。
彼の話は止まらない。
「だけど、彼は人魚の彼女しか知らないんだ」
だって人間の彼女は言葉が話せないから。
彼が何を言いたいのかわからなかった。
「だけど、君は話すことができる」
不意に彼が私の腕を掴んだ。
「俺は君が好きだよ」
急に告げられたのは愛の言葉。
「…話したことないのに?」
私は呟く。
「うん。一目惚れだった」
彼はいつも遠くから見ていた笑顔を私に向ける。
抱き締めてきた彼の鼓動が聞こえる。
私は言葉の代わりにそっと彼の背中に腕をまわした。
たまには幸せな人魚がいたっていいよね?
END