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07 そこに咲くのは

 草原を駆けていたエルローザの愛馬ロッコが、足を止めて向きを変えた。エルローザは「どうしたの?」と声をかけながらその方向を見る。少しして、その方角から黒い馬に乗ったセヴランがやって来た。今日はふたりが剣を合わせる約束をした休日である。


「待ったか?」

「いいえ、セヴラン様。」


 ひょい、とセヴランが黒馬から降りると、エルローザもロッコから降り腰を折って挨拶をしたが、「堅苦しいのは止せ」とセヴランが言うので、エルローザは挨拶を途中で止めることになった。

 もちろんこの日も、エルローザは男装している。


「さて、では早速だが。」

「はい!今日はよろしくお願いします。」


 エルローザはいつになく気合が入っていた。彼女は元々、剣術が好きだったが、騎士にはなれなかった。嗜む程度でしか習えなかった剣術を、現役の騎士に見てもらえる。それも手合わせまで。エルローザが高揚するのは当然だった。


 セヴランは訓練用の木刀を持って来ており、それをエルローザにも渡す。てっきり本物の剣で行うものと思っていたエルローザは一拍反応が遅れた。しかし、セヴランはともかく自分に寸止め等は出来ないな、と思い、お礼を言って木刀を受け取った。


 ふたりは向かい合って礼をする。木刀を構えると、セヴランが「来い!」と声をかけ、エルローザは地面を蹴った。




* * * * *




「ちょっと待って兄さん。」


 セヴランは、侯爵邸を出る寸でのところで弟に呼び止められた。


「どうした?」

「兄さん、本物の剣で手合わせするの?」

「そうだが?」


 何が問題だ?とセヴランは首を傾げた。それを見ていた侯爵夫人は、「流石にここまで大きくなれば息子と言えど、その仕草に可愛さは見いだせないわね」と思ったらしいが口には出さない。


 はあ、とため息を付いたヒューゴが目配せすると使用人が木刀をふたつ持って来た。


「加減しないと、って言ったでしょう?」

「‥‥‥‥」


 この弟は自分の事を何だと思っているのか、と思ったセヴランは口を噤んだ。


「騎士でもない華奢な年下相手に、筋肉の鎧を着た巨人だよ?本物の剣なんか使ったら怪我させること間違いなしだよ。それに相手はアニュレイ卿のお弟子さんなのだから!」


 背後では母である侯爵夫人が、うんうんと頷いていた。

 セヴランは「確かに」と考え直した。自分の剣を受け止めるエルを想像すれば、腕が折れる未来が見えたのだった。


「ヒューゴ、おまえの言う通りだ。怪我をさせてしまうところだった。」


 結果、セヴランは弟の言う通り、木刀を持っていくことになったのだった。



 エルに会ったセヴランは弟に感謝した。見れば見るほど、エルは華奢だったからだ。しかし彼はその小柄な身体を使うのが上手かった。

 セヴランの声を皮切りに、エルは地面を蹴り、切り込んできた。剣の返しが速い。重さはないが、次々と異なる角度から打ち出される剣筋は、中々に厄介だった。

 エルの攻撃を受け止めていたセヴランが、隙をついて反撃に出る。ごう、と空気を切る音はエルの剣とは全く違って、その一撃が重いものだと鳴いていた。しかしその一撃はふわりと軌道を変えられる。セヴランは咄嗟に背を反り、後方に跳ね退いた。目の前を木刀の切っ先が横切る。エルは木刀でセヴランの攻撃の軌道を変え、そのまま切り込んだのだ。

 セヴランがエルの攻撃を避けると、エルは後ろに引いた。セヴランが直ぐに剣を振るうのが分かったからだ。そのままエルがセヴランにもう一撃と切りかかっていれば、隙を突かれたはずである。


 そうして打ち合いが20合を超えた時、エルの木刀が飛んだ。セヴランの勝利である。



 肩で息をしながら、エルはその場に仰向けに倒れ込んだ。体力が尽きたようだ。


「いい試合だった。やはり中々やるな、エル。」

「‥‥大分、手加減されて‥いましたけどね‥」


 呼吸を整えながら返事をするエルの横に、セヴランは腰を下ろした。


「ありがとうございました。手合わせなんて、とても久しぶりで。」


 上半身を起こしたエルは、隣に座っているセヴランに礼を言った。キラキラと輝くような瞳が、全力で楽しかったと言っているようで、セヴランは少しだけ気恥ずかしさを感じた。


「礼には及ばないさ。君のような剣術を使う相手は初めてだったからな。」

「セヴラン様と違って小柄なので。こういう攻め方しか出来ないのですよ。」

「だがそれが強みになっている。もっと鍛錬すれば、良い剣士になれるだろう。」

「剣士だなんて‥。昔は憧れたこともありましたけど、今は薬師の見習いなので。」

「アニュレイ卿の弟子だそうだな。」

「あ、調べました?」

「‥‥気を悪くしただろうか。」

「いえ、当然です。あの場に居合わせてしまったので、調べられるだろうとは思っていました。5日に1度の頻度では山に入るのですよ。」

「そのようだな。あの日も薬草を?」

「はい。私は剣を使えますから、師匠が護衛を連れて行くより早いのです。それに薬草を見分けるのも修業の内、ってやつですね。」

「なるほどな。」

「そうだ、師匠の弟子だとお調べになったなら‥‥名前も‥‥。」

「エルベルト、だろう?」

「はい‥‥すみません。」


 エルは正座をして姿勢を直した。申し訳なさそうに俯くエルベルトに、セヴランは「怒ってなどいない」と声をかける。


「俺が何も言わずに殿下の前に連れて行ったから、驚いたのだろう?」

「‥はい、咄嗟に師匠から呼ばれる渾名(あだな)を‥‥。」

「何も偽名ではないのだから。殿下もそんなことでお怒りにはならないさ。」


 ほっ、と胸をなでおろした様子のエルベルトに、セヴランは無意識に手が伸びる。頭を撫でようとしたのだ。しかしエルベルトと目が合い、気付く。



「‥‥そんなに少年に見えます?」

「いや、その‥‥すまない。」


 行き場を失った手は、自身の後頭部を掻くことになった。


「セヴラン様、もし、あの、ご迷惑でなければですが、また剣を教えてもらえませんか?」

「、ああ。」


 セヴランは一瞬、下から見上げられてドキリとした。


「次は‥‥だめだな、その次、16日後なら休みが合いそうだ。」

「ありがとうございます!」


 エルベルトがにっこりと笑い、セヴランは頷きを返した。


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