表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/41

05 いて座の侯爵家

 セヴランという男は、質実剛健を体現したような人だった。ウィリディス帝国のサジテール侯爵家の次男として生まれ、前侯爵である祖父に似たのか、3兄弟の中で唯一武術に秀でていた。

 長男は地質の研究がしたいと10代後半にはその情熱に従い旅に出てしまった。

 三男は皇宮で文官として父であるサジテール侯爵の元で働いており、宰相のひとり娘ミレイユと婚約が決まっている。婿入りするのである。

 そういう事情で、セヴランは次男であるが卿だった。今は未だ、父親が健全であるため、侯爵としての仕事を教わりながら騎士として勤めている。長男に爵位を継がせようと思っていたのに、旅に出ていってしまって宛が外れたため、急いでセヴランに侯爵の仕事を覚えさせたのである。


「男が3人もいるのだから、ひとりが出ていっても問題ないだろう?俺は爵位に興味は無いから!後は頼んだからぞ弟たちよ!」


 侯爵家の住人が最後に聞いた、長男フェリクスの声だ。唖然とした侯爵より先に、セヴランの肩を叩いたのは母である侯爵夫人だった。


「‥‥‥セヴラン、いつかこうなると思っていたわ。」

「母上‥‥。」

「フェリクスは‥‥私似だもの‥‥。」


 若いころは天真爛漫な女性だったと聞いていたが、どうもそれはかなり良い言い方をしたものだったようだ。と、セヴランは母に対する認識を改めながら、真剣な顔で頷いてみせたのだった。


 次期侯爵であるセヴランは皇に従う騎士の中でも地位のある人物だった。彼の所属する皇宮の騎士団は全部で5つ。その中でも皇族を警護する第1騎士団の副団長のひとりであった。団長はひとりだが、副団長はふたりで、それぞれ第1部隊と第2部隊の長を受け持っていた。

 また、リシャール皇太子と幼馴染であったことから、外出時の護衛に度々指定される。エルローザと出会った時もいつものように皇太子からのご指名で、護衛の任についていたのだった。



* * * * *




「お帰りなさいませ、セヴラン様。」


 セヴランが帰宅すると、侯爵家の執事が出迎える。少しばかり汗ばんだ彼の様子を見て、有能な執事はすぐにメイドに湯の準備をさせた。セヴランが湯を浴びれば、夕食の支度が出来たと呼ばれる。絶賛地層研究中の長男を除いた4名の家族での夕食は、ここ数年で見慣れた光景だった。


「そういえば兄さん、昨日言っていた山で見かけたっていう少年の事だけど。」


 デザートが運ばれたところで、セヴランの弟であるヒューゴが思い出したように口を開いた。


「軽く調べたら、アニュレイ卿の弟子だったよ。エルベルト、というらしい。」

「アニュレイ卿の弟子‥‥なるほど、薬草を摘むために山の中にいたのか。」

「そうみたい。あと、少年ではなくて19歳の成人男性のようだけど‥‥」

「あ、ああ。そうらしいな。今日偶然帝都の外で会ったのだ。そこで、聞いた。」

「ちゃんと謝った?」

「謝ったさ。しかし、彼は自分の事を平民だと言っていたが‥。」

「まだアニュレイ卿の養子にはなっていないみたい。薬師として1人前になったら、とかそういう感じなんじゃないかな。」


 ヒューゴの言葉に、彼らの父である侯爵が頷いた。


「当代のアニュレイ卿は長く弟子を取らなかったからな。彼女が認めて初めて後継ぎとなるのだから、認めるまでは養子にはしないということなのだろう。」


 なるほど、とセヴランは侯爵と同じ表情で頷いた。それから、ヒューゴが言った彼の本名を呟く。


「エルベルト。エルベルトか。」

「気になる事でも?」

「‥‥彼は自分の事をエル、と名乗った。」

「皇太子殿下と直接会って気が動転していた、とか?あるいはまだ伯爵の養子に入っていないのが恥ずかしかったから、とかじゃない?」

「確かに、かなり驚いていた様子だったな。」

「それはそうだよ。いくら帝都に住んでいたって、皇族に直接お目にかかれる機会なんて貴族じゃない限りほぼゼロに近いのだから。」

「そうか。」


 エルベルトという名は、ヒューゴが調べたのなら正しいのだろう。次会った時に聞いてみるか。セヴランはそう考え、これ以上は疑問を抱かなかった。


「このことを皇太子殿下には、」

「ちゃんと報告しました。殿下にではなく、マルセルさんにね。」

「それなら殿下にも伝わっているだろう。」


 マルセルはリシャール皇太子の側近である。ヒューゴは短期間だがマルセルに師事していた事もあり、「マルセルさん」と気軽に呼ぶが、彼はそうそう気軽に会える人ではない。リシャール皇太子の側近、秘書官であるが、リシャールが立太子する前までは国皇の第二秘書官であった。彼をリシャール皇太子付きとしたことで、リシャールの皇太子としての地位は寄り確固たるものになったのである。

 そんな彼にいち目置かれているのがヒューゴである。セヴランは弟の事が誇らしくもあるが、「マルセルさん」と呼べてしまう弟の気質が少々恐ろしかった。このくらい肝の座った者でないと、皇太子付き秘書殿のお眼鏡には適わないということだろうか、と考える。皇宮で働くというのは、純粋に仕事ができるだけでは難しいのである。腹芸ができ、物怖じしない強かな者でなければ。




「それでそのお弟子さんと仲良くなったのかしら、セヴラン?」


 話がひと段落した折を見て、母である侯爵夫人が楽しげに聞く。


「ええ。昨日垣間見た剣術がかなり優れていましたので、次の休みに手合わせをすることにしました。」

「あら、良かったわね。でも少し心配だわ。少年と勘違いするほど、そのお弟子さんは華奢なのでしょう?セヴランと剣を合わせたら怪我をしてしまうのではないかしら?」

「兄さん、加減しないとだめだよ。」


 侯爵は無言で頷くことで、ふたりの言葉に同意を示した。文官の侯爵とヒューゴとは違い、セヴランは騎士であり隆々とした肉体の持主だ。前侯爵である祖父に似て体格にも恵まれており、家族の中でも抜きんでて大きい。

 そんなセヴランが、少年を見間違えるような華奢な薬師の弟子と剣を合わせるというのだから、家族は大袈裟に注意した。勿論セヴランは承知していることだったので、苦笑しながら「わかっております」と返事をしたのだった。


 セヴランはエルベルトという少年‥‥いや、青年のことを思い出した。弟のヒューゴよりも小柄な青年は、薬師と言われれば頷けたが、剣を振るう等とは到底信じられなかった。しかし、セヴランはその様を昨日その目でしっかりと見ている。自分の剣術とは全く違うそれは、セヴランの興味を充分に惹いた。



 美しい、と思ったのだ。


 セヴランはひとりだけ包囲網から逃げた盗賊を追って、山の中を必死に駆けていた。少しずつ距離が縮まるのを感じながら、決して逃がしてなるものか、と。その盗賊の背が、突然止まったかと思えば剣を抜いた。自分に対してではなく、小柄な少年に。すぐにその意図が分かった。人質にするつもりか、なんとも趣味が悪い。

 最大限の殺気を持って怒号を浴びせようとしたが、盗賊に剣を向けられた少年は瞬きのうちに剣を抜いて盗賊のいち撃を躱すと、懐に入り鳩尾と急所にそれぞれ体術でいち撃ずつ食らわせたのだ。盗賊はそのまま倒れこんだ。


 その身の熟しは無駄なく、身体の使い方が上手い、と純粋に感心した。が、関心ばかりもしていられなかったので、すぐに部下に命じて盗賊の男を捕縛したのだった。


 それから‥‥やはり皇太子の前に何の説明もせずに連れ出したのは申し訳なかったか、と反省した。エルベルトの慌てようを思い出して、セヴランは次に会ったら謝罪しようと思った。



 やはり彼は盗賊の仲間ではなかったようだ。と今日遭遇した事実と、弟からの報告を聞いて安堵する。タイミングが良すぎたので、小指の爪程度は疑ったのだ。昨日、皇太子を襲撃したのは只の盗賊ではなく‥‥第3皇子を立太子させたい一派の仕業だったのだから。偶然を装い、皇太子に近づこうとしたのかと疑ったものの、そうではなかったようでセヴランは胸をなでおろした。


 最初はこちらの様子をうかがっていたが、別れる頃には物怖じしなくなっていた。そんなエルベルトに対して、セヴランは好印象を抱いていた。今日の会話で一瞬陰りが見えたことは気になったが、まだそこに踏み込むのは早いと分かっている。成人しているのであれば、酒も飲める。友人と呼べるほどになれば、飲み交わしにでも行きたいものだ。と、未来を想像した。


 ああ、次の休みが楽しみだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ