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番外編1~侵略国家アグレシオン~

「一体どういうことだッ!!!!」


 でっぷりと太りきった、戦うには不向きな王の怒号が飛ぶ会議室。

 以前は美しく整えられていたのであろうその場所も、手入れできる人間がいないからか調度品は埃をかぶり、絨毯はシミや汚れが目立つようになっていた。

 必要最低限以上に手入れをしないのは、自ら侵略国を名乗るアグレシオンからすれば当然のことと言えば当然のことだったが。

 何せ今後手放すような場所に、時間も人も金も割けないというのが本当のところなのだから。


「そ、それが……」

「ネズミに食い荒らされたとは、どういう管理をしているッ!?何のために料理人を連れてきていると思っているんだッ!!!!」


 報告に来た兵士は、直接食糧庫を担当していた本人ではない。たまたまその日の警備に当たっただけの、言ってしまえば運が悪いだけの青年。

 だが王にとってそんなことは関係がない。大事なのは、既に起きた事象の方なのだから。


「なぜ食糧庫にネズミが大量に侵入できるようになっているッ!?責任者は一体何をしていたのだッ!!」


 もはやドゥリチェーラを攻める算段を詰めるための会議ではなくなっているのに、誰もそれを指摘できない。むしろ自分たちの食事に直接かかわる以上、かなり重要な内容になっているのだ。

 何せ場合が場合であれば、兵糧攻めという立派な戦術になる。それほどの事態になっているのだから。


「すぐに現状を確認して改めて報告しろッ!!ことと次第によっては責任者の首を刎ねるッ!!」


 その言葉に、場の空気に一瞬緊張が走る。

 本人は戦える体つきではないとはいえ、一国の王に変わりはない。何より戦えるはずの王子が王を討たない以上、下手なことは出来ないのが現状だった。


 つまりは、静観が正義。


 誰もがそのことを知っているからこそ、責任者を庇うような事は口にしない。

 いっそ自らに火の粉がかかりさえしなければそれで良しと、同じ国の人間でありながら誰もが自らの保身にしか興味がなかった。


「全く……食事もまともにできないようなら、一度戻る必要があるな」


 報告に来た兵士が急いで戻って行くのを見送ることもせずに、その体に相応しい音を立てて荒々しく椅子に座った王が吐き捨てるように言う。

 実際他国を侵略できるほどの兵を連れている以上、食べるものがない状態でここに留まることが出来ないのは事実だった。


「先ほどようやく、ドゥリチェーラの王族を捕えたと報告がありましたのに。このような形で会議が中断されるなど……次に任命する責任者は、よく吟味せねばなりませんな」

「本当だな、全く」


 強さこそが全てと言っても過言ではないアグレシオンの中で、唯一異色な病的な見た目の男。この男こそが、この国のブレーンそのものだった。

 脳筋ばかりの荒くれ者達をうまく操れなければ、王共々すぐにでも命を落としていただろう。

 だがその濃い隈が目立つ瞳は、戦いに赴く者達以上にギラギラと怪しい光を放っていて。違う意味で近寄りがたい存在になっていた。


「それで?確か王弟の妃だったか?そいつは今どこにいる?」

「ひとまず逃げられないよう、高い場所に閉じ込めてあります。窓からも飛び降りられないような場所ですので、ご安心ください」

「いつも思うが、頼れるのはお前だけだな」

「お褒めにあずかり光栄です」


 恭しく頭を下げるその口元は、どこかイヤらしく歪んで見えて。

 けれどこの男はいつもこうだと知っているから、王も特別何かを言うこともない。


 実際この男が最も戦争を楽しんでいることは、この場にいる誰もが知っていた。

 自らは決して動かず、けれど的確に指示を出し内部から攻め落とすその作戦は時に非情で。けれどだからこそ、侵略に最も向いていた。

 かつ、残虐性は誰よりも上だと。捕えた王侯貴族の処遇を決め、その様を楽しそうに見ている様子が度々報告されているので、誰もそのことを疑っていない。

 彼にとって最も楽しい時間が、アグレシオンの王に仕えている理由が、そこにあることはまず間違いない。

 武力を持たない人間で、唯一国内で恐れられている人間でもある。


 ただし、女性からは嫌われているようで。

 唯一王妃からは王と同じで重宝されているが、その他の女性たちからは横を通るたびに避けられていた。

 本人は気にしていないようだったが。


「それで?今度はどう攻め落とす?」

「折角捕えたのですから、まずは後ほど直接会ってみてはいかがですか?」

「まぁ、顔くらいは見てやってもいいか」



 そう話す二人に、捕虜にした王族と顔を合わせる機会はついぞ訪れなかった。


 むしろこの食料がネズミに荒らされたこと自体、本当にドゥリチェーラの差し金だったなどと。


 それすら、知ることはなかったのだから。



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