薬の魔女2
「ドゥリチェーラの王族、ねぇ……」
その存在を知ったのは、様々な薬を求めて諸国を渡り歩いている時だった。
偶然とはいえ、恐ろしく冷たい瞳の色をした王族が治める国があるのだと。戦いにおいては負けなしなのだと。そう聞いたから。
もしかしたら戦いの中でより効能の高い薬が開発されているのではないかと、最初は興味を持っただけだった。
それなのに。
「またかいっ。本当にあの王は!どうやったって薬が届かないじゃないかっ!!」
知識の魔女から、世界が最も大切にしている存在なのだと聞いて。
それならばアタシの薬を使って、世界が愛した存在を害してやろうと思ったのに。
「世界にも干渉できない力なんて、どうすることもできないじゃないか!!!!」
絶対に届くことの無いアタシの薬たちは、気付いた誰かに捨てられて。
せっかくの力作が、今までどれだけ無駄になってきたことか。
「手元にすら届かないって、どういうことだい!?本当に忌々しいっ!!」
ドゥリチェーラ王国に拠点を移して、早十数年。
既に数多く持っていた裏ルートのおかげで、バカな貴族たちにアタシの薬を高値で買い取らせることは簡単だった。
そもそも効能は完璧なんだから、高いだのなんだの文句も言わずに使えばいいんだよ。
しかも従者を使って買い取りに来させるなんて、そんな舐め切ったマネまでして。
薬を使いたい張本人が来ない限り売る気はないと、ずっと言い続けてきた甲斐があったのか。最近では最初から貴族本人が店に訪ねてくるようになったけど。
「下級貴族なんかじゃ、王族には届かないじゃないかっ。使えないやつらめっ!!」
まだまだこの店に来るのは、だいぶ年齢が行った好色ジジイばかり。
おかげで媚薬だけは常時置いておくようになった上に、作り方までうまくなった。
改良を重ねたおかげで、女子供が好きそうな甘い香りにすることにも成功したけど。
「せっかくなら世界に愛されてる王族に、アタシの薬を使ってみたいっていうのに」
それすら叶わないどころか、ほとんど王族となんて接点すらない貴族ばかり。
その中でようやく、王族専用の料理人にまでたどり着ける人物が来たっていうのに。
結果は惨敗。むしろ世界が何かをする必要すらなく、世界を救ったらしい英雄が残した力に阻まれたとか。
「英雄の子孫だかなんだか知らないけど、人間なら薬が効かないわけがないんだ。それなのにっ……!」
手元に届かないんじゃあ、どうしようもないじゃないか。
「毒だからいけなかったのか?それとも薬そのものがダメなのか?」
検証はしたいところではあるが、さすがにツテがない。
もっと上位の貴族が来るようになってくれないと、試すことすらできない。
「それに貴族達ですら、王族の目の色に怯えてるんじゃあ……。もっと素直に言う事を聞かせる方法はないもんかねぇ?」
冷たい瞳の色で睨まれたら、ひとたまりもないらしいからね。
たかだか瞳の色程度で怯えている理由が、アタシにはよく分からないが。貴族たちにとっては重要らしい。
おかげで薬は言い値で買うから、王族とだけは関わらせないでくれとよく断られる。それはそれで、金をむしり取れるからかまわないが。
「"魔女"っていうくらいなんだ。何か他にあるだろう」
そうじゃなければ、アタシ自身の努力だけでこれまでやってきたことになる。世界が選んだなんて大層なコトを言っておきながら、その実自分一人の力で何とかしました、なんて。
冗談じゃない。
「もっとこう……薬の効力を最大限に引き出せる魔法とか、ないもんかねぇ」
火を起こすのが面倒だと思ったから、せっかくなら貴族たちみたいに魔法を使いたいと考えた時には、そのために必要な魔法陣が自然と頭の中に浮かんだ。
水を浄化するのが面倒だと思ったから、もっと手っ取り早く薬用の精製水を作る魔法が無いかと考えた時には、また同じように必要な魔法陣が自然と頭の中に浮かんだ。
だったら。
今回も同じように、魔法陣が思いつくんじゃないかと思ってたけど。
「あぁ、なるほどね……そんな便利な魔法陣があるのかい……」
思った通りだった。
実際頭の中に浮かんだ魔法陣が、何にどれだけの作用をもたらすのかすら瞬時に理解できるほどで。
これが魔女の力だと言われれば、唯一選ばれて良かったと思える。
時が止まるなんて言われても、こんなババアの姿のままじゃ恩恵なんて無いに等しいからね。
「これがどこまで出来るのか、しばらくは実験しないとだねぇ」
次に来た客には、この魔法陣を使ってみよう。
併用する薬は何がいいかねぇ……。
久々に、ワクワクするじゃないか。