5.強い人と美しい人
「本当に……行ってしまうんですね」
初めてレオと出会った山の上。
もうここに来られるのもこれで最後だろうと思うほど、フィリベルトは歳を重ねた。
傍らに立つ魔女となったフォルビアは、今も若々しい美しさを保っているというのに。
そしてかつてと同じように、宙に浮かぶレオもまた。出会った当初のままで。
「世界も国も安定している。後継者問題もない。何より、私の運命はその命を全うした。私がこの世界に居続ける理由は、既にないのだ」
「そう、なのでしょうね……」
それでもいて欲しいと、そう思ってしまうのはフィリベルトの勝手だろう。
名残惜しいのだと隠すことすらせずに、眩しそうに見上げるその瞳は美しいままで。
「だが、まぁ……何もなくなるというのも、寂しいものだな」
「っ!?」
見渡す場所は、出会った時と何も変わっていないように見える。
だがそれでも、レオは確実にそこに何かを見たのだろう。
そのアイスブルーの瞳が、僅かに輝いたように見えたから。
「フィリベルト」
「はい、何でしょう?」
「…………男にこれを言うのもおかしなものだが……友好の証に一つ。花を贈ろう」
「え……?」
そう言うが早いか、くるりと手のひらを上に向けた次の瞬間には。
そこにある、一つの鉢植え。
「この世界の破滅は、美しいものが奪われる事から始まるようだからな。であれば。その美しい瞳が存在し続ける理由を作ろう」
レオが作り出した花は、世界には存在しえないもの。
たった一つの花から種を生み出し、数を増やし。けれどヴェレッツァアイを持つ者でないと、決して花開かせることが出来ないそれは。
彼が言った通りヴェレッツァアイが存在し続け、守られ続ける理由になるだろう。
「いずれまた、美しいものを奪う者達は現れる。どの世界でもこればかりはどうしようもない。人間だからな」
だが、と。
昔から変わらず真っ直ぐにフィリベルトに向けられるのは、冷たい色彩にもかかわらずどこかあたたかさを覚えるアイスブルー。
「私はその美しい瞳が絶える事を由とは思えぬ。折角の友の色だ。残り続けて欲しい」
それはレオが珍しく、自分の意見を口にした瞬間だった。
彼は基本的に合理的で効率的な事を好む。それは軍人としての性なのか、それとも半分は神であるからなのか。
しかしだからこそ、あまり自分の好みを口にはせず。世界が求めるままに、望む方向へと進めてきた彼が。
最後の最後で、本気で友人だと思った相手だからこそ口にした本心。
「…………僕たちの、子供は……とても、仲がいいから……」
「我が子孫たちが、その瞳を守り続ける。それは変わらぬ。だが……常に万全とは限らないものだ」
彼がそう言うのであれば、そうなのだろう。
長い人生の中のほとんどの時間を共にしてきた友人の言葉に、フィリベルトは疑いもせず。当然のようにそれを受け入れた。
そして。
「いっそ、いつか…………いつか、僕とレオの子孫たちが、夫婦になったらいいのに……」
新しい運命を紡ぎ出す言葉を、知らず口にする。
「夫婦…………」
珍しく驚いたような顔で呟いたレオは、そのアイスブルーの瞳を大きく見開いたままフィリベルトを凝視していたかと思えば。
次の瞬間には、大きな声で笑いだす。
「はははっ!!面白い!!いいなそれは!!いつかそんな日が来たら、もう一度この世界を訪れるのも良いかもしれぬな!!」
笑い飛ばす、のではなく。
本気で楽しそうな顔で笑って、受け入れるから。
「やめてくれる?そういう世界が喜びそうなことを言うの」
「いやいや!なかなかに面白いぞ!?そうなった時にはどちらの瞳が優先されるのだろうなぁ」
「両方でしょう」
「なるほど!両方か!」
今から今生の別れだというのに。
別れの直前だとは思えないほどの、にこやかな楽しそうな表情と声で。
彼らは笑い続ける。
だが、実際。
フォルビアの言葉は正しかった。
強さのレオと美しさのフィリベルト。
二人の子孫が結ばれれば、その時には再び自分を救ってくれた英雄が訪れるのだと期待した世界は。
やがて、そうなるように様々な事を仕組むようになる。
かくして振り回される事になった数多の命たちは、納得している者達もしていない者達も平等に扱われながら。
たった一組の誕生だけを、世界に望まれて。
強い人と美しい人。
その二人の遠い子供たちが、世界が作り出した運命により出会うのは。
二人の別れの日から、随分と経った後の事だった。
英雄のお話はこれで終了です。
次回からは、きっと気になっていた人もいるであろう謎が明かされていきます。
実は密かに張っていたあれやこれやの伏線、しっかり回収していきますので!
どうぞお楽しみに♪