4.始まりの王
「大きくなりましたね……」
「あぁ、そうだな」
出会った時から一切見た目に変化がないレオとは違い、あの頃とは比べ物にならないほど立派に成長したフィリベルト。
彼らが並んで立つ場所は、王都が一望できる城の一角。正確に言えば、王であるレオの執務室の中。
最初に彼らが出会った山の、領地ではなかった反対側。そこを拠点としたレオが始めたのは、驚くほど正確な軍事施設の建設と。
彼に忠誠を誓う、軍人たちの育成だった。
「本当に、レオにはいつも驚かされます」
苦笑しているフィリベルトは、まさか彼が始まりの王になるなんて思ってもみなかった。
しかも作った国は完璧な軍事国家。
今やこの世界のどの国もが恐れる、最強の国家となったのだ。
その間にレオは世界を救った報酬として、少しだけ早く自らの運命と出会い。そのまま結婚して子供を儲けて。
いつの間にか世界中で英雄と呼ばれるようになっていた彼は、今度は戦いではなく政治で世界を、国をまわし始めていた。
その手腕たるや、明らかに初めてではないのだろうと思えるほどで。
的確過ぎる指摘に、時折フィリベルトですら震えを覚えたほどだ。
ただし恐怖ではなく、圧倒的な指導者としての才能に。
「ふむ……。実はな、フィリベルト。私は自らの世界で、これでも王なんてものをやっているのだ」
「……意外性はないですが、心配にはなる発言ですね。王が他の世界にいていいのか、と」
「何。たまには私がいない状態を作らなければ、いつか本当に神になった時に困るではないか」
「神、ですか……」
世界の管理者とも言われるその存在に、あまり実感を持てないのは。ここが世界そのものだけを信仰する場所だからなのか。
それとも、目の前の人物こそがその管理者に最も近いからなのか。
ただ。
「それは、世界が選んだ"魔女"とはまた違うの?」
フィリベルトと同じようにレオについてきたフォルビアは、ある時から世界の声が聞こえるようになった。
そうして選ばれたのは、次代の"預言の魔女"だった。
そしてその日から、彼女は一切見た目の年齢が変わらなくなった。
「魔女は結局のところ、世界の意思一つで力を失うからな。管理者は、世界と同等の存在だ。共にあるべきだからこそ、管理者足り得るのだ」
「つまり、私はこれから世界にいいように使い続けられるってことね」
「フォルビア……」
「間違ってはいないな。だが道を誤りさえしなければ、何の問題もない。実際私もまだ半端者だからな。神の意思から外れれば、すぐに全ての力を失い命を落とすだろう」
彼が語った神とは、自らの世界の管理者のことだろう。
ちなみにこの神について、レオはあまり多くは語らなかったが。
彼が選ばれたのはその神の気まぐれであり、管理を楽にするために人間の管理者としてレオを選んだだけとの事。
また長い年月をかけて神になっていくその過程のまさにど真ん中とのことで、見た目の年齢は魔女と同じくとうに変化しなくなっているのだとか。
中身は一体何歳なのかと、同じように見た目が変化しなくなったフォルビアが問いかけていたが。彼は「覚えていない」と一言返しただけだった。
だが彼が言った通り、完全に神になるまでは魔女と同じように世界と同等の存在ではなく。
実際には神の意に添わぬことを始めてしまえば、全てを奪われる。
事実彼の世界でも、神になりかけた人間や選ばれた人間はいたらしいが。その全てがことごとく、力に溺れて破滅をしていったらしい。
そして何より。
「管理者は世界を知らねばならないからな。だからこそ、私は運命を用意した世界へと渡るが……。この世界の魔女は、そうではない」
あくまでこの世界のために存在し選ばれるのが、魔女という存在。
その名の通り、今のところ女性しか選ばれていないからこその魔女、らしいが。
その選定基準は、神と同じように世界の気まぐれなのだろう。
「だが……この先魔女の力が重要になってくるのは事実だ。何せ、私は運命がその命を全うしたと同時に戻るつもりだからな」
それは軍事国家ドゥリチェーラが誕生し安定してから、幾度となくレオの口から出てきた言葉。
そのたびに少しだけ悲しそうな、寂しそうな顔をするフィリベルトはしかし。
自分が生きている間のほとんどは一緒にいられるのだと分かっていたから、不満を直接口にすることはなかった。
だが。
「そこで、だ。フィリベルト」
「はい?」
今回は、違った。
さらにその先。
彼自身の持つ数多くの特殊な能力で、きっと先を見据えたのだろう。
その冷たく見えるアイスブルーの瞳を真っ直ぐにフィリベルトに向けて、言い放つ。
「山を越えた向こうの地。あの場所の、最初の王となれ」
それはドゥリチェーラの始まりの王から、ヴェレッツァの始まりの王の指定の言葉だった。
なぜ、とフィリベルトが思わなかったわけではない。
だが同時に、彼の中でレオの言葉を拒否するという選択肢はなかった。
かくして。
レオが名付けた瞳の名と同じ、ヴェレッツァという国が出来たのだが。
その国が常に美しさを保ち続けたのは、ひとえにその名の通りの国であり続けたいとフィリベルトが願ったからだった。