3.その瞳の名は
「それだけ美しい瞳に、名の一つもないとは……。世界の美しさを否定することでしか生きられぬ人生など、つまらぬことこの上ないというのに。理解に苦しむな」
レオの嘆息の音を聞きながら、フィリベルトは言葉の意味が理解できていないかのように首を傾げる。
そもそも今まで自分の瞳を美しいと言ってくれたのは、フォルビアだけだった。両親からさえも、お前がそんな瞳を持って生まれてこなければと言われたくらいだ。
それなのに。
「ふむ、折角だ。ないのならば私が名付けてしまっても構わぬだろう?」
そんな風にフィリベルトを覗き込んでくる瞳の色は冷たいのに、今まで出会ったどの大人たちよりも優しさを含んでいた。
「……なまえ…くれるんですか…?」
「あぁ。美しいものに名をつけて広めて何が悪い?この世界も、美しいものを破壊される事を望んで等おらぬのに」
その言い方は、明らかに世界の声が聞こえているかのようなものなのに。
この時のフィリベルトもフォルビアも、何の確証もないのにそれを疑いもしなかった。
そもそも違う世界の住人で、様々な世界を巡っていると言うのだから。今更それを疑う理由もなかったのだが。
だから、こそ。
「ほしい、です……。僕のこの瞳が、いらないものじゃないって証明できるのなら」
「なくすには惜しいな。別の世界では、珍しくまた美しい色として重宝されているというのに」
「やっぱり…!!ほらフィリベルト!この世界がおかしいんだって!!」
ずっとその瞳を綺麗だと言い続けてきたフォルビアは、我が意を得たりとでもいうようにそう言って胸を張る。
自分の意見が間違っていなかったのだと、ようやく証明できたかのように。
「ちなみに、その世界ではなんていう名前で呼ばれてるの?」
「ふむ…。確か星を閉じ込めたようなその色合いから、その星の名にちなんで"アースアイ"と。そう呼ばれていたな」
「アースアイ……」
聞きなれない単語は、けれどどこか美しい響きにも聞こえて。
まだ信じ切れないのか、それとも感情が追い付いていないのか。少し虚ろな瞳をしているフィリベルトとは対照的に、フォルビアはキラキラと目を輝かせている。
「じゃあ、その名前にするの!?」
「いや……この世界のこの星は、そう呼ばれてはいないからな。それならば……」
考え込むように、顎に手を添えて。そのままじっとフィリベルトの瞳を見つめるアイスブルー。
悪意や嫌悪を持って見られることは慣れているけれど、それ以外の理由で見続けられるのはどうにも居心地が悪いのか。フィリベルトの瞳は、右に左に忙しなく動き続ける。
だがレオにとってはあまり関係ないらしい。ふむ、と小さく頷くと。
「ヴェレッツァアイ、でどうだ?とある世界のとある国の言葉で、美しいという意味のヴェレッツァだ」
「わぁ!!ピッタリ!!」
「だろう?」
いつの間にか打ち解けているフォルビアが、響きも意味合いも気に入ってそう声を上げれば。
どこか満足そうに、自信たっぷりにレオに返される。
そして、当の本人のフィリベルトは……。
「ヴェレッツァ、アイ……ヴェレッツァアイ…………」
小さく口の中で、何度も何度も呟いて。
「ヴェレッツァアイ…………。……あ…りがとう……ござい、まっ……」
なぜか、涙を流し始めてしまう。
それはやがて言葉すら出せないほどの嗚咽すら伴って。
「フィリベルト……」
ずっとそばに寄り添って来たフォルビアが、その泣き崩れる頭を抱き寄せる。
男の子だというのに、細く華奢なその姿は。本来必要な栄養を摂れなかったせいで、正しく成長していない証拠でもある。
だからこそ、フォルビアと大差ない身長なのだが。
今はその姿が、いつも以上に小さく見えて。
まるで、子供のようなそれは。
成長しきれなかった心の中が、表にも現れたかのよう。
実際、彼の心はきっと親がいなくなる前に成長を止めてしまっていた。
そうしなければ自分を保てなかったのもあるだろうし、そのおかげで今まで壊れてしまわずに済んでいたのも事実。
だから。
「僕も一緒に行きます!!」
瞳を美しいと言ってくれただけではなく、名まで与えてくれた存在に。
フィリベルトが一生ついていこうと思っても、何も不思議ではなかった。
「分かっているのか?時と場合によっては戦争にもなりかねないぞ?」
「それでも、です。何よりこの世界の住人じゃないレオ一人に任せて、世界の崩壊を防いでもらおうなんて。そんな身勝手な事できません」
レオがこの世界に来た理由が、世界そのものに呼ばれたからなのだと二人は聞いた。
この世界は、世界信仰しか宗教と呼べるようなものはなかったはずなのに。それにある日突然異を唱え始めた人間たち。
その元凶を作ったのも、実は世界だったらしいのだが。
"預言の魔女"
本来世界の言葉を聞いて、その言葉を人間へと正しく伝えるべき存在。
その、彼女が。
立場を利用して好き放題やり続けた結果が、今のこの世界信仰への反発。
だが他の世界とは違って、神と呼ばれる世界の管理者が存在しないここでは、預言の魔女以外に世界の言葉を正しく伝えられる者は存在しない。
だからこそ、世界の怒りだと預言の魔女から全ての力を奪ったのだが。
それでも人間たちは、怒りを収めなかった。
それどころか、世界そのものが悪いのだと世界信仰への信頼が揺らぎ。
世界にあるありとあらゆる美しいものが破壊され始めた。
それは、世界崩壊への確かな一歩で。
「このまま破壊され続ければ、様々な生き物たちが生きられなくなるんですよね?」
「あぁ、そうだ。人間だけが争い続けるのであればまだしも、世界のすべてを巻き込んでの崩壊など……愚かでしかない」
それを、止めるために。
他の世界の住人であり、また元々は人間だが訳あって半分ほど神になりかけている存在が呼ばれた。
「それがレオなのは分かりました。でもやっぱり、この世界の人間も立ち上がるべきなんです」
美しいからと蔑ろにされ、暴力を振るわれ。
けれどそれを当然のことと受け止めるのではなく、戦うべきだったのだと。
今ならばフィリベルトはそう断言できる。
「連れていってよ。わりとフィリベルトは頑固だし、一度言いだしたら聞かないんだから」
そう言うフォルビアも、ついていく気満々な格好で。
二人とも完全に旅支度を終えているのは、初めからそのつもりだったからだろう。
「…………はぁ……。全く、お前たちは……仕方がないな」
呆れたようにため息を吐いたのに。
仕方がないと言ったその口元は、かすかに弧を描いていた。
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本当にいつもお読みいただきありがとうございます!!m(>_<*m))ペコペコッ
ここ数日忙しく、ちゃんと見れていませんでした…。申し訳ない……。
それでも投稿だけは何かあった時のために予約しておきますので!!
これからもよろしくお願いしますっ!!




