41.領民に届く料理を
私もヴェレッツァのために何か出来ないかと、実は少しだけ考えていたことがある。
今回私の救出のために、大量生産が出来るのか試しで作ってみたビスケットを殿下が使ったらしい、と聞いた時には驚いたけれど。
代わりに大量生産したビスケットでも、食の癒しの効果がちゃんとある事が実証された。
だから、同じようにお菓子をと。
そう、思っていたのだけれど……。
「別に……日持ちがするのなら、お菓子じゃなくてもいいのでは…?」
ある日そう、気付いたのだ。
実際お菓子にこだわる必要はなくて、前のサンドウィッチやフレーバーティーでも食の癒しはあったみたいだから。
だったらむしろ、ちょっとしかないお菓子なんかじゃなくって。
ヴェレッツァ全域に。領民に届く料理を。
私は作ればいいんじゃないか、って。
「ふむ……なるほど?」
早速それを殿下に伝えれば、納得したような顔つきと同時に、どこか期待したような淡い瞳が向けられて。
数年とはいえ、毎日一緒にいれば嫌でも分かる。
これは……。
「もちろん、試作はアルフレッド様に付き合っていただくつもりですよ?」
「そうでなくてはな」
そう、このお方。割と私の作る料理全てに目がないらしく。
宮殿に来てすぐの頃、前に殿下にお渡ししたレシピ本の関係でこっちの料理人の人たちにも会う機会があったのだけれど。
その時に、言われたのだ。
殿下がようやくまともに食事をとってくださるようになりました。特に妃殿下のお作りになるデザートが出る日は、それはそれは楽し気に席へとお付きになるのです。と。
いや、うん……プロの方々の素晴らしい料理に混ざって素人の料理を出すとか、私としては恥ずかしい事この上なかったんですけれどね…?
セルジオ様からの伝言で時折、殿下がまた無茶な仕事量を抱え込もうとしているので休ませてくださいって。そう、言われたら、ね?
苦肉の策で、返すしかなかったんですよ。
今日はデザートを私が用意しようと思っていたのに、残念です。って。
ちなみに効果は覿面でした。殿下が急いで仕事を終わらせ、他の人に振れるのなら遠慮なく仕事を振るという驚くほど高い効果を発揮してくれて、私の方が驚いたほどには。
ありがたいし嬉しいけれど、そうなる前に休んで欲しいのが偽らざる本音です。はい。
「ちなみに何を作るつもりなのだ?」
「日持ちと輸送方法を考えて、一番問題がなさそうなのはパンだと思うんです」
「ふむ、確かに」
軽い上に量をたくさん運べるのなら、一日でかなり先まで届けられる。
しかも他の料理と邪魔をしないものだから、家で手軽に食べてもらえるというのも割といいんじゃないだろうか?
「それだけだと少ないので、おまけ程度にお菓子もつけようとは思いますが…」
「そのためのビスケットだったのだろう?」
「はい。あれも日持ちしますし、輸送も難しくないですし。何より子供たちでもそのまま食べられますから」
クラッカーも日持ちするのでいいとは思ったんだけれど、あれはそのまま食べるものではないから。
それに平民にとって、甘味は割と貴重だから。どうせならパンでお腹いっぱいになってもらって、ビスケットは本当に楽しむものにして欲しい。
「パンと言えば、ヴェレッツァ城に戻った料理人がパン屋ではなかったか?」
「そうですね。夫婦で料理人だったそうなので、今は二人で切り盛りしてくれています」
「折角だ。そちらにも相談してみたらいい」
「なるほど……。確かに、パンに関しては専門ですものね!」
王都のパン屋さんは、こちらに来てから育ててきたお弟子さんたちが継いだらしい。もちろんお店はそのまま残っている。
ただほとんどの人たちはヴェレッツァへと戻って、前と同じ職業についているのだと聞いた。
こちらに唯一残った、シスター一人を除いて。
正直、護衛騎士だったのなら戻るのかと思っていたのだけれど。
お母様の側で、お墓を守っていきたいと言ってくれて。
本音を言えば、とても嬉しかったしありがたかった。
私は簡単に教会に足を運べるわけじゃないので、側に知っている人が常にいて管理してくれているというのは、すごく心強い。
「それで?ただのパンではないのだろう?」
「はい!出来る事なら何種類か作りたいのですけれど、中にチョコレートやチーズを練り込んでみようかと思っていまして」
「何!?」
あぁ、はい。そうですよね。当然そこに食いつきますよね。
だって殿下だもん。
チーズ大好きなお方だもん。
「甘いパンとしょっぱいパンなので、アルフレッド様は片方しか試食できませんけれど…」
「構わぬ。君は私の好物を知っているだろう?」
「えぇ、もちろんです」
にっこりと微笑んで見せれば、途端なぜか抱き寄せられて。
「あ、アルフレッド様…!?」
脈絡…!!脈絡がない…!!
「……食べ物の好みを把握されて困らないのは、君だけだ。カリーナ」
「…ぁ……」
「領民たちへの料理も良いが、それが終わったら私にも新作を作っておくれ?」
「は、い……」
そう、だ。
当然のように口にしていたけれど、本来であれば好きも嫌いも人に知られない方がいいはずの人で。
それなのに私には自分の好物を知っているだろう、なんて。
あぁ、そうだ……。
殿下にとって、それは普通の事ではないし。
ましてや軽々しく口にできるような事ではないはずで。
そう、思ったら。
この人の中で私がとても大きな存在になっているのだと、信頼されているのだと改めて認識して。
ほんわかと胸の奥から、あたたかい何かが生まれる。
それはゆっくりゆっくり、けれど確実にじんわりと、体中に広がっていって。
気が付けば。
「アルフレッド様……」
「っ…」
珍しく私の方から、その唇に口づけていた。
ちなみに。
その後は当然、会話の続きなんか出来るわけもなく。
次に気が付いた時には、既に朝日が昇って随分と時間が経っていました。
殿下……久々に、容赦なかった……。
寝る前のちょっとした一コマ。
……だったはずのもの、でした(汗)