36.突きつけられた剣
十日後、約束通り訪れた山の上は。
前回とは似ても似つかないほど様変わりしていて。
アイスブルーの花たちが一斉に咲き誇り風に揺れるその場所は、あまりにも幻想的で。
なるほどだからここが聖地なのかと、納得せざるを得なかった。
ただその花たちも、長く咲き続けるわけではないらしく。
むしろヴェレッツァアイで何度でも咲かせることが出来るからこそ、すぐに収穫して薬にするのだという。
ちなみにどうやって増えるのかと思ったら、親となる花が必ず毎回種を落とすのだとか。
それをただ撒いておけば、次回はそれもまた同じように花開くのだそうで。
正直完全に植物の生長の過程を飛ばしているので、本当に別の存在なのだと改めて思わされた。
そして、そんな事が何度も続いて。
季節は春になり。
殿下がいなくても、少数の護衛と共に私だけで聖地を訪れる事が増えてきたころ。
それは、何の前触れもなく起こった。
「お爺様、お薬作りはどうですか?」
「順調ですよ」
二十年以上も花咲くことはなかったので、今の若い人たちは薬の作り方を知識でしか知らなかったけれど。
今では定期的に花を咲かせて、失敗しても大丈夫なくらい収穫したからか。後継者たちがどんどん育ってきていると、嬉しそうに話してくれた。
ちなみにこの薬の製法、私は比較的早い段階で教えてもらえたけれど。
流石にこれだけは門外不出ということで、殿下ですら知る事は出来なかった。
たぶんその頃からだったと思う。私一人で護衛を連れて、この場所に訪れることを許されるようになったのは。
とはいえこれからの時期また執務が忙しくなるので、しばらくは殿下と一緒には来られないだろうけれど。
ただこの冬から春にかけて大きな災害や人災などは起きていないので、比較的早く忙しい時期は過ぎるとは思う。
暖かくなってきて人や物の行き来が増える前に、資料を読んで許可を出さないといけないという事だから。
陛下が貴族たちからの領地の報告に目を通している間に、殿下がそれを終わらせるのがいつもの形なのだとか。
兄弟でしっかり分担が出来ているあたり、本当に信頼し合っているんだなぁとちょっとした感動も覚えたりしていたのは、私だけの秘密。
そして余談だけれど、二度目に訪れた際。お爺様をなんてお呼びすればいいのかと思って、お爺様と最初に呼びかけたら。
そう呼んで欲しいと、優しい笑顔で言われてしまって。
以来、私は結局お爺様とお呼びしている。
「若い者たちも意欲的に取り組んでおりますし、最近では小さな子供たちまで興味を持ち初めまして」
「まぁ…!素敵ですね」
「流石に分別のつかない年齢で教えるわけにはまいりませんので、まずは基本的な教育からになりますが」
この基本的な教育というのは、いわゆるお手伝いのようなもので。
花を乾燥させるだとか、すりつぶすだとか、そういう事を指している。
「これからの季節、我々も生きるための糧を育てなければなりませんからね。その手伝いもしてくれると助かりますが、果たしてどうなるのやら」
苦笑しながらだけれど、その声はどこか嬉しそうで。
それはきっと、子供たちが無事に成長する姿を見られるだけでもいいという気持ちの表れだったんだと思う。
こういう所が本当に、みんなのお爺様だと。つい私は思ってしまうわけで。
「長!!大変です!!」
そんな風に穏やかに過ごしていた時間は、切羽詰まったような声に唐突に終わりを告げた。
「どうした?そんなに慌てて」
「あの国の…!!アグレシオンの兵士たちが…!!」
アグレシオン。
その名前を聞いた瞬間、私達全員に緊張が走る。
その国の名前は。
かつてのヴェレッツァを滅ぼした、侵略国のものだったから。
「妃殿下、失礼いたします。ヴェールを…」
「はい。ありがとうございます」
「どうか急いでドゥリチェーラの宮殿にお帰り下さい。この場に留まられては危険です」
護衛から受け取ったヴェールを被るのと同時に、お爺様にそう言われて。
それに言葉を返そうと、口を開いた瞬間。
「そうはいかねぇなぁ」
聞こえてきた声に、急いで振り向けば。
「うっ…ひっぐ……たす、けてぇ……」
鎧を着こんだ腕に、泣きじゃくる小さな子供を抱えた男が立っていて。
その後ろには、かなりの人数の兵士たち。
「用があるのはドゥリチェーラの妃様だけだ。俺たちに大人しく従うというのなら、この子供は解放してやろう」
そう言いながら、突きつけられた剣は。
明らかに、悪意の塊でしかなかった。
青い花が咲き誇るイメージは、ネモフィラが一番近いかもしれません。
あれよりも淡く薄い色で、花も大きいですが。
ちなみに侵略国、名前はアグレシオンでした。
考えてみたら、今まで名前出てなかったですね。一応名前、ありました(汗)