26.形見の指輪
「カリーナ、君は……薄氷の英雄の話を、誰から聞いたのだ?」
「え、っと……母から、です」
お義母様ではなく、実の母親。
きっと予想していた通りだったのだろう。殿下は一つ頷いて。
「だろうな。そしてその女性は、君と同じようにヴェレッツァアイの持ち主だった」
「はい…そうです」
「つまり、真実を知り得るような場所にいて。かつその場から離れなければならなかった人物、か」
「え、っと……アルフレッド様…?」
なんだか思っていた以上に真剣な話になってきていて、思わず居住まいをただす。
添えられていた手も離れて行って、そのまま殿下は小さく一つだけため息を吐いた。
「そう、か……。やはり、そうだったのか…」
「あ、の……?」
「確信はあったが、これと言えるような確証はなかった。証拠がない以上、下手な事は言えないからと伝えずにいたが……」
そう言って顔を上げた殿下は、真っ直ぐにこちらを見て。
「カリーナ。君はドゥリチェーラだけではなくヴェレッツァの、二つの王族の血を引いた、まごう事なき姫なのだ」
そんなことを、口にするから。
「ひ、め……?二つの王族の血……?」
意味が分からなくて混乱する。
そもそも私は市井出身で、ずっとこの国の王都で過ごしてきて。
殿下と会う前は、孤児院にいたのだ。
それが、姫?
そもそもヴェレッツァという国の名前自体、知らなかったのに?
この瞳の名前の元になった国という、ただそれだけしか今でも知らないのに?
「混乱するのも無理はない。だが、おそらくはそれが真実だ。現にその美しい瞳は、ヴェレッツァの王族にのみ現れるものだと兄上も仰っていた」
「陛下、が……?」
「兄上は……ヴェレッツァが滅ぶより以前に、かの国の王族と交流があったのだ。だからこそ知っておられる。王族のみが持つという、その美しくも神秘的な色合いを」
それだとまるで、陛下が私の瞳を見て確信を持ったかのような言い方では…?
「少なくとも兄上も私も、まず間違いないだろうという見解だ。おそらくはカリーナの母という女性が、当時のヴェレッツァの末の姫だったのだろう」
「え、でも……だって、今…滅んだって……」
「国としては、な。それもつい数十年前の話だ。だが民がいて、王族が戻れば。もう一度国として再建できる。そのために、一人だけでもと逃がされたのだろう」
「お母様が…!?だってそんなこと、一度も…!!」
「……"お母様"…?」
毎日笑顔で、お仕事に行って。家では楽しそうにその日一日あったことを話してくれて。
この国が好きだと、素敵な場所だとそう言っていた。
その人が、王族……?
「カリーナ、君は……実の母の事を、お母様と呼んでいたのか?」
「…え?あ、はい……。外では言わないようにと、言われ、て…………。……!?!?」
あまりの事に情報が整理できずにいたから、つい口にしてしまった。
「お母様はこの国が大好きなのよ」と。自らの事をそう呼んでいたから、私も同じように"お母様"と呼ぶようになってしまったけれど。
外ではそんな風に呼ばないようにと、言われてきていたから。
どうしてなのかと、ずっと疑問だった。
でもそれも、オルランディ家の。前宰相の娘だと分かってからは、そうなった時に恥ずかしくないようにと。
だから呼び方だけじゃなく、様々なマナーも教えてくれていたのだと。
そう、理解していたけれど。
「ま、さか……」
それすら、本当は違って。
本当は……。
「本来であれば身に着けるはずだった全てを、カリーナに教え込んでいたのか…。そうか、だから……君は令嬢教育も…王弟妃教育でさえ、あんなにも短時間でこなして見せたのか…」
「そ、んな…………。だって、そんな……そんな事、一言も……」
一言も言っていなかった。
そんな事、聞いたこともない。
でも。
「まだ幼かったのだろう?子供に完璧な分別は求められないからな。ある程度成長するまで、真実は伏せていようと決めていたのだろう」
「お母様っ……」
「だが……それを伝えられる年齢になる前に…」
「そんな……でもっ、だってっ…お母様は、普通に王都で働いてっ……!」
「協力者が、いたのだろうな。幼い王族一人で生き抜くなど、不可能だ。何人か信頼できる者達をつけていたはずだが、その者達は真実をカリーナに伝えなかったのか…。あるいは、伝える前に私が連れてきてしまったのか…」
「協力者……」
「最も怪しいのは、君の母が働いていた場所にいた人物だろう。どこで働いていたのか、覚えているか?」
「確か……パン屋で…」
夕食や朝食にと、たくさんの余ったパンを持たされたとよく言っていたから。
何の疑いも持たずに、私はおいしいね、なんて。笑顔で頬張っていたから、よく覚えている。
「なるほど、な。そちらは今度調べさせてみよう。だがもしかすれば、君を国や人の思惑になど関わらせたくなかったのかもしれない。いずれにせよ、君が望むのであれば真実は語らせよう」
だが…と。
一度言葉を切ってこちらを見た殿下は、少し困ったような。けれど優しい笑顔で。
「きっと君は、何も知らずに色々なものを受け継いだのだろうな。その瞳も、血の奇跡も、自らの血族さえ」
「瞳……血……」
「そうだ」
優しく頭を撫でてくれる手が、私を安心させる。
混乱していた頭が、ゆっくりとゆっくりと情報を理解していって。
「そしておそらくは、目に見える形で何かを渡されているのだろう?首飾りか、指輪か…女性であれば、髪飾りである可能性もあるか」
「え……?」
「王族とは、常に国と共にあるものだからな。言い換えれば、国が乗っ取られ滅ぼされる事になれば、必ずその証を持たせて誰かを逃がそうとする。先ほども言ったが、民がいさえすれば国は再建できるのだ」
その言い方はまるで、全てを知っているかのようで。
いや、事実知っているのだろう。
だって目の前のこの人こそ、この国の生粋の王族なのだから。
「私も兄上も、もしもの時のためにと印章の入った装飾品を持っている。その風習は、ヴェレッツァにもあった。ヴェレッツァの王族を意味する、ヴェレッツァにしか咲かないという花の模様が入った印章を。おそらくは末の姫だったのであろう君の母は、亡くなる前に君にそれを渡しているはずだ」
「っ…!!」
言われて、つい胸元を握りしめてしまった。
そう、確かに。
お母様が亡くなる前に、渡されていたものがある。
同時に。
本当に信頼できる人にしか、見せてはいけないと。
教えてはいけないと、言い含められて。
「どう、して……花の、模様だって……」
「建国より、共に歩んできた国同士だ。お互いを証明しあうためという意味合いもあるが…。何よりもその花。それこそが、英雄と呼ばれた我が国初代国王が自らの世界へと帰還する際、ヴェレッツァの王族に渡した最後の贈り物だったからだ。友好の証だと、ドゥリチェーラとヴェレッツァの王族だけがそれを知っている」
それはおとぎ話のような絵本の内容が、真実だと知っているからか。
あるいはそれこそが、王族にだけ伝えられてきた真実だったからか。
どちらにしても、そこまで知られているのなら。
何より私にとって殿下は、この世で誰よりも、何よりも信頼できる人だから。
「……指輪、です…」
「ん…?」
「お母様の……形見の指輪が……。花の模様が彫られたもの、でした…」
肌身離さず身につけていた、誰にも話したことのないそれは。
服の下に隠れるようにと、今日は首から下げていたから。
指輪を通していたチェーンを指に引っかけて、服の下からそれを引っ張り出す。
手の上に乗せた指輪は、女性が身に着けるものとしては少し太くて大きい。
だからずっと、見たこともない父から贈られたものなのだと。そう、思っていたけれど。
「……あぁ…。間違いない、この模様だ。薄氷の英雄から名を取って、ヴェレッツァの王族は『薄氷花』と呼んでいたらしい」
「薄氷花……」
初めて知った、指輪に彫られた花の名前。
見たことも聞いたこともなかったけれど、ようやく何かに一歩、近づけた気がして。
けれど、その事が。
私がヴェレッツァの王族の血を継いでいるのだと、その証の印章だけではなく、この瞳を持っているという事が。
この先良くも悪くも多くの人たちに影響を与える事になるだなんて。
何一つ、予想も出来なかった。
なんと総合評価が8,000ptを突破し、総合ユニーク数も100,000人を突破しておりました…!!
評価して下さった344名の方、ブクマ登録して下さった2,435名の方。
そしていつも読んで下さる方。
本当に本当に、ありがとうございますっ!!m(>_<m*))ペコペコッ
そしてようやく明かされる、謎に包まれていたカリーナ母の正体。
前作でカリーナ母が王族だと思っていたという感想を頂きましたが、実はあながち間違いではなかったのです。
時折カリーナが平民らしくないところがあったのですが、これがその理由でした。
「どうして平民のはずのカリーナが、難しい言葉を知ってるの?」の答えはこれですと、今ようやくお伝え出来ます…!!
感想を下さった方。遅くなりましたが、こういう理由でした…!!
完全なネタバレになるので言えなかったのですが、これでようやく一つお答えできた…!!と、作者はつっかえが一つ取れた気分です(笑)
今後他にも様々な疑問の答えが出てきますので、ぜひ最後までお付き合いいただければ嬉しいです♪