16.王族専用の避暑地にて
バルコニーから見える広い湖が、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
吹き抜けていく爽やかな風は、今が暑い時期だという事を忘れさせてくれるほど涼やかで。
「素敵ですね…」
思わずため息と共に呟けば、後ろからくすりと小さく微笑む気配がした。
「以前、王家所有の避暑地へ赴こうと話したきりだったからな。ようやく君を連れてくることが出来た」
確かにまだただの側仕えとして、王弟殿下のお茶くみ係をしていた頃。そんなような事を話していたような気もする。
その時は王家の避暑地なんてそうそう行けるものじゃないから、連れていってもらえるのならお供させてほしいと思っていたけれど。
いざ、こうなると。
「不思議ですね……。まさか殿下と、こうして夫婦になるなんて…あの時は考えてもみなかったので…」
王族専用の避暑地にて。
改めて思う事。
まさか平民育ちの私が、王弟妃になっているなんて。
どんな奇跡なのだろう、と。
「カリーナはそうだったかもしれぬが、私もセルジオもそして陛下も、既にあの時点でその可能性は考えていたぞ?」
「え!?そうなんですか!?」
まだ部屋の中で荷解きをしてくれている人たちがいるので、殿下呼びだけれど。
あの媚薬の件以来、以前とは打って変わって触れてくれなくなった殿下は。
今もまた、バルコニーの柵に手を置いて私を囲っているようで。
その実一切、触れていない。
「だからあの時、セルジオが聞いてきたのだ。この先いつでも構わぬと言った私に、言葉の意味を分かった上でなのか、と」
「え……」
いや、だって、確か、あの時……。
どうしたのかと思って問いかけて……でも答えなんて返ってこないまま、はぐらかされて……。
「あ……あの時の会話って、そういう意味だったんですか…!?」
「うむ。だから説明は出来なかったのだ」
なんですってーー!?!?
今更知った衝撃の事実に、もうなんか脱力してしまう。
確かにそんな重要事項なら、たとえその張本人であろうとも下手に口にすることは出来なかったんだろうけれども…!!
だからってあんなあからさまなはぐらかし方……。
「あの時のサワークリームは、茶会で男性陣にかなり好評なようだ。女性陣からも出席者が増えたと感謝されているようだぞ?」
「そう、なのですか?よかったですね」
「……何故、他人事なのだ…?感謝されているのは私ではなく、君の方だぞ?カリーナ」
「…………えぇ…!?私ですか…!?」
つい驚いて大きな声を出してしまってから、淑女らしくなかったと慌てて口を手で押さえる。
遅いのは分かっているけれど、流石に今のはまずかった。教えてくれた先生に注意されるぐらいにはまずかった。
「誰も伝えていなかったのか…?秋に開く茶会で、おそらくその話題を出されるはずだが……ふむ。帰ったら一度確認してみるか」
殿下は気にしていなかったみたいだけれど、流石に少し反省。
咄嗟に出るものは、まだまだ隠し切れないから。これからもっと、ちゃんと相応しい振舞を心がけていかないと。
私は既に、この人の。この国の王弟殿下の妻なのだから。
あ、ちなみに私が前に提案したお茶会は、涼しくなる秋口に開く予定で準備が進められているそうです。
確かに暑い時期に外でお茶会はちょっと、ねぇ…?
「そう言えば、茶会で思い出したが…。その後だったな。初めて二人だけの茶会をしたのは」
「確かに…そう、ですね。なんだか懐かしいです……」
甘くないレシピをと言われて、けれどお茶会なんて出たことも見たこともないと言った私に。殿下はわざわざ宮殿で、お茶会を開いてくれたのだ。
しかも出席者は私と殿下、二人だけの。
「……今考えると、本当にあり得ないことをしてましたよね、殿下」
「誰一人として文句は言えぬだろう?」
「だからって婚約者もいない殿下が、ただの側仕えを宮殿の私室に招いてお茶会なんて……知られたら大事でしたよ?」
「茶会の存在どころか、カリーナの存在自体知る者は少なかったからな。仮に漏れたとすれば、関わった者達全員を罰すれば良かっただけの話だ」
「……サラッと恐ろしい事言うの、やめてくれませんか…?」
治世者としては、きっと正しいんだろうけれども。
たかだか小娘とのお茶会ごときでそんなことになられたら、当時の私はきっと卒倒していただろう。
今なら、流石に隠さないといけない理由以上に知られたら困る理由も、よく分かるけれど。
「だが、誰一人知らぬままだったであろう?」
「……殿下の見る目も判断も、正しかったことが証明されて何よりです」
「うむ。人を見る目には自信があるからな。おかげで最愛の妃も手に入れられた」
「っ…!」
触れなくなったくせに…!!
そういう事は、相変わらずサラッと口にするんだから…!!
なんだか悔しくなって、思わず睨み上げてしまったけれど。
殿下はただ、楽しそうに笑っているだけだった。
前作の本編14話でちょこっとだけ出てきた避暑地は、ここのことでした。
そしてあの意味深な会話の本当の意味も、ようやく出せました(笑)