14.暇なので新しいレシピを考えます
で、だ。
まだ本調子じゃないと、当然ながら見抜いていた殿下に。
あれから三日以上経っているのに、まだベッドから出るなと厳命されてしまって。
そうなると、当然女官たちも私をベッドから出そうとしない。
頑なに、それこそ断固拒否という姿勢を見せられては、私も大人しく従うしかなくて。
でもそうなってくると、だ。
「…………暇……」
それはそうだろう。
今まで毎日のようにお菓子作りだの王妃様とのお茶だの、色々やっていたのに。
ある日突然、ベッドから起き上がる事も許されないまま。
何もできずに過ごすなんて、暇以外の何物でもない。
「……うぅ~~……殿下のばかぁ……。どうせまともに休憩も取ってないくせにぃ……」
どうやら殿下は、私の食の癒しがないのなら休憩は必要ないと言っているらしく。
と言うか、前もそうだったらしい。
とにかく休憩する暇があるくらいなら、なるべく早く仕事を終わらせて私室に帰って来たいと思っているらしくて。
私が寂しいって言ったからなのか、せめて一緒にここで夕食をとろうとしてくれているけれど。
正直、休憩はちゃんとして欲しい。
「言っても聞かないんだもんなぁ……」
今回に限っては、陛下のお言葉ですら受け入れなかったらしい。
原因は油断した自分にもあるからと、私がちゃんと元気になるまで自分への罰だと言い出して。
「頑固~~~~……」
要は全員、お手上げ状態なのだ。
あの王弟殿下は、本当に私が復活するまでそれで通す気らしい。
本当に、困ったものだ。
「でも私も限界です殿下ぁ……。せめて何かやる事を…………やること、を……?」
あれ?考えてみたら動かないの体だけじゃない?
今更それに思い至って、すぐさまサイドボードのベルを手に取って鳴らす。
「お呼びでしょうか、妃殿下」
「紙とペンを用意してもらえませんか?次に殿下にお持ちするレシピを書き留めたいので」
「承知いたしました。お待ちくださいませ」
そう言って下がる女官を見送ってから、私はグッと両手で握りこぶしを作る。
そう、そうなのだ。
ベッドに入っていたって、頭と手さえ動けばレシピを考える事も書き留めることも出来る。
「どうしてこんな簡単な事にすぐに気付けなかったのか…!!」
起き上がることは出来ているんだから、これだって問題はないはず。
そう思ってお願いしてみたら、何一つ否定されることなく受け入れられたから。
要は、私がベッドから出なければいいわけだ。
彼女たちにとっても、殿下にとっても。
ならこの時間を有効に使って、お茶会用以外のお菓子のレシピを考えればいい。
そう、さっき口にしたように。
殿下への、新しいお茶菓子のレシピを。
「ん~~……」
せっかくだから、殿下が好きなチーズを使ったお菓子を考えてみようかな。
焼きチーズはある程度作って保存しておいて、こういう私が行けないときにつまんでもらえるようにするとして。
そうなると、普段よりもさらに小さくして一口大にした方が食べやすいよね?
「あ、でも。書類を触れなくなっちゃうか…」
ならフォークとかスプーンとかで掬えるくらいにしないと……って、だからカトラリーを使わなくてもいいお菓子がいいって言ってたのに。これじゃあ意味が無い。
「手を汚さずに食べる方法……」
う~~んと、一人唸っていたら。
「妃殿下、お待たせいたしました。紙とペンをお持ちしました」
「あ。ありがとうございます」
手渡されたそれを受け取って、さぁどうしようかと考える。
既に持ってきてくれた彼女は退室していて、その気遣いと仕事の速さに感心するばかりだけれど。
同時に部屋の中に一人きりだという安心感から、また独り言が口をついて出てくる。
「そもそもカトラリーは口につけるから問題なのよね?そこまでの経緯で誰が触れているのかも分からないものだし」
でもそれなら、どうやって手を汚さずに食べられるのか。
何かいい案はないかと、今までの経験を思い出しながら、ふと。
「……あら…?そう言えば、王都の屋台で串にさして売っているお肉があったような…?」
それを見たのがいつ頃のことだったのかは、流石に思い出せないけれど。
庶民の間では、割となじみのあるものだから。歩きながら食べることも出来て、かつ満足感もあるというそれは、主に男性たちがよく手に持っていた気がする。
「…………串を短くして、そこに刺して食べられるようにしたら……手も汚れないんじゃ…?」
妙案だと思った。
お茶会に出すにははしたないと言われてしまいそうだけれど、殿下の休憩時間だけにとなれば話は別。
むしろ手づかみで食べるような人だから、きっと気にしないだろう。
「それなら串で刺せるようなものにしないと」
それとチーズ。これは何があっても外せない。
「汁気の多い物もダメよね。それとある程度保存がきいて……」
考えれば考えるほど、なかなかに難しい。
と、ここではたと気づく。
「もしかして……保存用は焼きチーズだけにして、新作はちゃんとしたお茶菓子としてお出しした方がいいのかしら…?」
そもそもこんな風に動けなくなることが、そうそう何度も起こっていては困るのだ。
それならもっと単純に、次の新作をという気持ちでいいのかもしれない。
それに。
「……まだジェルソミーノ、あったはず、よね?」
女性たちにはそれなりに受け入れられているけれど、男性にはどうなのか。
お茶会は基本的に女性しかいなかったので、広めるのだとすれば折角なら男女どちらにもがいい。
「そう、ね。そうしましょう。ジェルソミーノに合うような、チーズを使った新作レシピ!」
方向性は固まった。
こうして暇だからと言う理由で新しいレシピを考えていたはずが。
新しい流行を生み出そうとしている事になっていたなど。
随分後になってから指摘されるまで、私は何一つ気付いていなかったのだった。