9.夫婦の時間と王族の務め
今回ちょっとだけ、殿下のエ〇注意です(笑)
私の考えを伝えた、その日の夜。
「まさかカリーナから、あのような提案をされるとは思っていなかったからな。驚いたが……」
少し考えさせてほしいと言われた時、殿下の目は決して否定してはいなかった。
むしろ、積極的に進めようとしてくれているようにも見えて。
「すみません。本当は、もっとちゃんとまとまってから話すべきだったのかもしれませんが…」
「いや、良い。むしろ早めに知っておいて正解だったかもしれぬ。そのための準備を、あらゆる方面から出来るのだからな」
私たち夫婦だけがいる寝室で、本音で話してくれる殿下は。
実現させるために動いてくれるのだと、明言するような言葉をくれる。
きっとこれは、この場所だからこそ、なんだろう。執務室内であっても、簡単に口には出せなかったと思う。
「ありがとうございます、殿下」
「他ならぬカリーナからの提案だからな。何よりそれの意図するところを分かっていれば、反対する理由もない」
言いながら寝る直前まで羽織っている上着を脱いでいるところを見ると、そろそろこの話も終わりという事なのだろう。
まぁ、ここで長く話すような事でもないのだから、当然かもしれないけれど。
「あぁ、だが。カリーナ」
「はい?」
ギシッと、ベッドがきしむ音がする。
ふちに腰かけている殿下が、私へと笑顔を向けて。
…………あら……?
なんだか、殿下の笑顔がいつもと違う雰囲気をしているような……?
気のせい……?
「折角の夫婦の時間だ。前々から言わねばならぬと思っていたのだが……」
あ、これ……もしかして…………。
「いい加減に、きっちりと教え込まねばならぬようだな?」
「っ…!!」
やっぱり…!!
悪い顔で笑う殿下に身の危険を感じて、急いでベッドから出て逃げようとしたのに。
「逃がさぬよ?」
ベッドの端に座っていたはずの殿下に、あっさりと捕まって。
逃げ出そうと膝立ちになっている状態のまま、その腕の中に閉じ込められる。
「でっ…!!ぁ……」
「悪い子だ。前にも言ったであろう?覚えられぬ悪い子には、仕置きが必要だと」
「はっ……ん…」
後ろから、囁くように耳元で落とされる声は。壮絶な色気を伴っていて。
でもそれ以上に、今、私を困らせているのは。
口の中に忍び込んできた、殿下の指。
「へん、はぁ……」
「カリーナ?それは私の名ではないのだが?」
「は、んくっ……」
殿下、と。呼ぶことすら、許されない。
それどころか。
「んふぅっ…」
二本目の指が口の中に侵入してきて、私の舌を挟むように撫でる。
「いけない子だ。仕置きの途中ですら、そのように呼ぼうとするなど」
「んんっ…!!」
それだけじゃ、ない。
私の舌を捕まえただけでは足りなかったのか、耳元で囁いていた唇が首筋を辿って。
そのままゆっくりと、肩口へと降りていく。
「ぁっ……」
「そろそろしっかりと覚えさせねばな?二人きりの時に私の名を呼ばなければ、どういう目に遭うのか、という事を」
殿下、それは物語の悪役のセリフです。
なんて、今の状態の私が言えるわけもなく。
「んふ、ぁぁ……」
私の唾液で濡れてしまった殿下の指が、舌の裏も表もゆっくりと撫でていくし。
首筋にかかる殿下の吐息が、話すたび僅かに触れるその唇が、くすぐったくて恥ずかしくて。
「はぁ、んんっ……」
誰も見ていないけれど、今までに感じたことのない羞恥に涙が目の端に溜まる。
恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない。
「カリーナ?今回ばかりは、泣いても許さぬよ?」
「んくぅっ……!」
夫婦だから。当然初夜なんて終わっているし、何ならもう何夜目なのかも分からないくらいなのに。
夫婦の営みよりも、こっちの方がずっと恥ずかしい気がするのはなぜなのか。
逃げ出したくても後ろから回された腕は、どうあっても逃がしてはくれない。
そうでなくても身体に力が入らなくて、気を抜けば今にも倒れ込んでしまいそう。
「カリーナ?私の名は?」
「ぁ……ぁぅふえ、っお、はあ……」
動かせないように捕まえられている舌では、まともに名前すら呼べない。
でも。
「そうだ。次に間違えた時には、これだけでは済まさぬよ?」
これ以上があるんですか!?!?
そう思う私の驚きに気付いているのか、いないのか。
ようやく満足したらしい殿下に、解放された瞬間。
「はふぅ……」
完全に力が抜けて、ぺたりとベッドの上で座り込んでしまった。
「間違えなければ、もう二度とこのような事はせぬ」
「っ!!」
それなのに、そんな私にお構いなしに囁いてくる殿下を思わず振り返ってしまって。
「ぁ……」
先ほども見た、その表情に固まってしまう。
普段は優しいその瞳が、熱いのにどこか冷たい不思議な熱を灯して。
悪い顔で、笑っているから。
思わず後ずさりたくなって、けれど濡れた指先が目に入った途端。
「っ…!!!!」
恥ずかしさと申し訳なさに、顔が真っ赤に染まる。
「カリーナ?どうし……あぁ、これか…」
私の視線の先に気づいたらしい殿下が、わざと見せつけるようにその指先を口元に持っていって。
ぺろり、と。
舐めたのだ。
「なっ…!?!?」
「ふむ……。これもまた、君に羞恥を与える行為なのだな」
当然のように観察されている事にも気づかず、私はただ真っ赤になった顔のままその顔を凝視する。
でも、次の瞬間。
「ぅ……」
「カリーナ!?」
恥ずかしさとは別の意味で泣きたくなって、顔が歪んだ。
「どうした!?やりすぎたか!?」
「ち、ちがっ……ごめ、なさ……指、汚しちゃって……ごめんなさいっ……」
約束を守らなった私が悪いのは事実だから、何をされても文句は言えない。それは仕方がない。
けど。
もうお風呂も済ませて、あとは寝るだけだったのに。
私の唾液で汚れてしまった指を、わざわざ洗いに行かないといけなくさせてしまった。
「ごめ、なさっ……」
なのに。
「あぁ、そんなことか。別に謝らずともいい。泣く必要もない。この程度、これで十分だ」
そう言って。
殿下の指は私の見ている目の前で。
水に、包まれていた。
「…………は……?」
何が起きているのかさっぱりわからなくて、出ていた涙も瞬時に引っ込んでしまった。
「え……?え…??」
「これで問題ないだろう?…どうした?呆けた顔をして」
「え、いや、あの……今、のは……?」
「今の?水か?この程度の水であれば、魔法で出せるが?」
…………はいいぃ!?!?
「魔法使えたんですか!?」
「……そうか…そう言えば、言っていなかったな」
「聞いたことないです!!」
魔法は誰でも使えるわけではない。
使えたとしても、それぞれ相性もあるし向き不向きもある。
なのに。
「まぁ、使えたとて魔術師団に入るわけではないからな。せいぜい戦争時に役立つくらいの、無用の力だ」
そんな風に肩を竦めてみせる殿下は、きっと本気でそう思っているんだろう。
「…………私、奥さんなのに……まだまだ知らない事、いっぱいです……」
「ふむ…。では、これからもっと知って行けば良いだけだ。それに……」
一瞬また、あの悪い顔で笑ったかと思えば。
なぜか私は、ベッドの上に押し倒されていて。
「……え…?」
「ベッドの中での私を知っているのは、君だけだ。他の誰も、知り得ない」
そう、です、けど……。
そうですけど…!!
「あ、あの……アルフレッド様……?」
「何、折角の夫婦の時間だ。夜はまだ長いのだし、王族の務めを果たそうとしても構わぬだろう?」
「お、王族の務め…?」
何ですか、それは。
「分からぬか?兄上に王子が生まれたとはいえ、本来王族とは子を成す事を求められる。それは王弟である私も、例外ではない」
え、っと……つまり……?
「私達夫婦にも、子が出来る事を期待されているのだ。王族として、期待には応えなければなるまい?なぁ、我が妃?」
分かっていたはずだった。
悪い顔をして殿下が笑っている時は、何かが切り替わってしまっている時だって。
だから危ないって、分かっていたのに。
「逃がさぬよ?仕置きの分も含めて、今日はたっぷりと可愛がると決めているからな」
「っ…!?!?」
こうなった殿下からは逃げられないのも、事実で。
宣言通り、それはそれはたっぷりと愛され可愛がられた私は。
翌日、一切動けなくなってしまったわけだけれど。
殿下の言葉通り、嫌というほど身に染みたおかげで覚えましたとも。
二人きりの時に名前を呼ばなければ、その後に酷い目に遭う、と。
今度からは本気で気を付けようと私に思わせたのはきっと、殿下の思惑通りだったんだろう。
殿下、やりすぎです。