第九話 相棒と言う存在
「しかし…よく見てみると傷だらけだな」
『痛クナイヨ』
「君が痛いんじゃない、君の相棒が痛がっているんだ」
『マスター ガ?』
「そうだ」
『マスターニ謝ル』
「彼も君に謝りたがってるよ、きっとね」
会話を続けながらもゲイラーはロウを触っている。カチャ、カチャという音を立てながらロウの整備を続ける。
「なんだ、この回路は…よくここまで動けるな…」
それは明らかに素人が組んだ回路に見えたがそれでいて基本の動きは充分に果たしている。開発者でもなければ整備士でもない人間がロウボットを完成させた事にただただ驚くゲイラーだった。
「ロウくん、君が望むなら私に君の整備をさせてくれないか?」
ロウからの答えは意外なものだった。
──────────────────────────
その日の夜、グレンは一人で宿舎に入って行った。寝静まった寝室にてボーッと座り込んでいる。暫しの間考え込んだあと、ゆっくりと立ち上がってベッドに寝転がる。
半刻ほど経った頃、やはり眠れなかったようでグレンは夜風に当たりに行った。
宿舎のバルコニーは狭いが夜風に当たるには十分だった。
「俺の目的…か」
いきなり村を襲撃され育ての親であるダンカン親方が死に、勢いのままホロウス領から逃げ出して来た。心の整理もつかぬまま今に至る。目的はただただ逃げることだった。
「何か悩み事ですか?」
一人の炭鉱夫が入ってきた事にグレンが気付いたのはそう話しかけられた時だった。
「ええ、そうなんです」
どことなく落ち着いていて自然と話しやすい、そんな印象の彼だった。
グレンは悩みを打ち明ける。
「ホロウス軍に村を焼かれて…親方や同僚も死んで…ここまで逃げてきたのに、俺…どうしたら良いか分からなくて…」
言葉では言いようが無い感情がグレンを呑み込む。むしろよくここまで精神が持っていたものだ、普通の人ならば廃人になってもおかしくない。
「そうか…そんな事が…」
泣きそうになりながら今までの経緯を話すグレン。その炭鉱夫は何か言葉をかけるでもなくただ静かにグレンの話を聞いている。
「俺もここで働き始めてもう10年経つ。こんな大きな炭鉱だからさ、事故も多いんだ。その度に色々失ってきた…同僚が死んだこともあった」
「え…」
死、という言葉に敏感に反応するグレン。
「一度死んでしまったからには生き返る事も出来ない。ただその現実を受け入れる事しか出来なかった」
「現実を…受け入れる…」
「そう…もちろん直ぐには受け入れられなかった。でもそんな俺を支えてくれたのがこのピッケルだったんだ」
彼はそう言うと腰に下げていたピッケルを取り出してグレンに見せた。
月明かりが差し込みそのピッケルは輝いて見えた。
「これは俺が家を出る時に俺の親父が造ってくれたものなんだ」
「鍛冶職人だったんですか?」
「都ではちっとは名の知れた鍛冶職人でさ。ほら、ここにG.B.って彫ってあるだろ?俺の親父のブランドなんだ。」
機械化が進んだとは言えピッケルは今でも現役だ。特に細かい作業にはよく多用される。鍛冶職人も同じで機械で造った物よりも職人自らが造った物の方が長持ちしやすいそうだ。正に職人の業である。
「こいつは俺が相棒と呼べる存在なんだ」
「相棒…」
相棒、という言葉からグレンはロウを思い浮かべる。
「おっと、もうこんな時間か。俺はもう寝るよ」
時計を確認するともう零時を回っていた。彼は手に持っていたピッケルを再び腰に下げるとバルコニーの入り口に向かって行った。
「あの…っ!名前を教えてくれませんか?」
「なぁに、ただのしがない炭鉱夫さ。おやすみ」
その炭鉱夫はそう言うとバルコニーから出ていった。
再びグレンは一人になり、考える。
やはり、村を焼いたグレンダが憎い。ならば答えは決まったようなものだ。
「ダンカン親方…俺、戦うよ。コールランドの兵として戦って、また村を取り返すよ」
グレンはそう誓うと夜空の一等星が強く燃えるように煌めいていた。
──────────────────────────
『ゲイラー サン武器ヲ下サイ、ワタシハ戦イマス。モウ二度トアンナニ悲シイ顔ヲスル マスター ハ見タクナイカラ』
ロウのその答えに驚くゲイラー。目の前に居る一人のロウボットが感情を持って決断する、その様子はまるで人間のように感じる。
「分かった、一晩でお前を戦える体にしよう」
『オネガイ、シマス』
その決断に答えるようにゲイラーはロウの整備を始めた。




