第八話 古傷は翡翠の中に
様々な機械の整備に使っているのかまだ作業途中のような雰囲気を醸し出すその場所にはまだ秘密があった。
奥に見える巨大な扉はまるで何かを封印しているかのように重く閉まっている。
男がレバーハンドルを回すと4、5m程の巨大な歯車が回りだした。
それと同時に巨大な扉も重々しくゆっくりと開いていく。扉の隙間から覗く大きなそれは遠目からでも分かるほど威厳を感じさせる。
「これは…」
「こいつは【ロックハート】。30年以上昔に造られた旧式ロウボットさ」
毎日のように整備され続けているのか30年の衰えを感じない。しかし中央の新緑色のハート型胸部パーツには無数の古傷が刻まれており激戦を印象づけるには十分だった。
「その様子じゃあ驚いて声も出ないようだな」
「…!」
『ミスターゲイラー、ナゼ胸部パーツヲ取リ替エナイノデスカ?』
確かにそれにはグレンも疑問に感じていた。腕、脚、肩、背…どこも新品のパーツなのに胸部だけ、取り替えられた形跡が見当たらない。
「これか?こいつはな、ハートの翡翠で出来た胸部アーマーだ。この国だとこれ以上に強靭なパーツは無い」
「ダイヤモンドじゃ無いんですか?」
「馬鹿言え、宝石の中で一番硬いのは翡翠だぞ」
『データ更新、宝石ノ硬度ヲ記録シマシタ』
一般的にはダイヤモンドが一番硬いとされているが実際にはルビー、サファイア、翡翠の方が強靭なのである。盲点だったと言わんばかりにグレンは目を丸くして話を聞いていた。
「俺はこれでも元軍人でな、昔はダンカンと共に戦場を駆け回ったものよ」
「へぇ、あのダンカン親方もコールランドの軍人だったのかぁ…」
しかしここで疑問点が一つ。ダンカン親方含めジェム村はホロウスの領地だったはず、ならば国籍はホロウス帝国でなければ道理がつかない。かく言うグレンも自らの過去をよく知らない、幼児の頃にカニング炭鉱の皆に拾われて育てられたからだ。ダンカン親方からは戦争孤児だと聞かされているが真相は闇の中だ。
そんなことがふと脳裏に過るがグレンはなるべく気にしないようにしていた。
「と、私個人の話はここら辺にしておいて君の話も聞こうか」
一通り彼の話を聞き終えると今度はグレン自身の話を聞いてきた。
ゆっくり話す為、先ほどの応接間へと戻ってきていた。
「失礼ですがお名前を…」
「ああ、そうか。君にはまだ名乗っていなかったね。私の名前はフランツ・ゲイラー。このバンの大炭鉱の総支配人だ」
『ソウシハイニン?』
「まあ名ばかりの管理職だよ。今の私にはこの炭鉱を見守る事しか出来ない、経済は目まぐるしく動いているからね」
こんな大炭鉱の支配人でも一国の公務員でしかない。なんなら軍人の頃の方が輝いていたのかもしれない。
「ゲイラーさん、バンへの行き先を知りたいのですが…」
「炭鉱都市バンだね、それならブリーザ鉄道に乗ると良い。丁度、この場所にも駅があるよ」
「本当ですか!」
「でも行ってどうするんだ?君の目的は?」
ゲイラーのこの問いかけにグレンははっとする。確かに今まではホロウス軍から逃げることだけを考えて進んで来たがそれ以上の旅する理由は無い。また別の町で定職に就くのも良いがやはり心の奥底にはホロウスを憎む気持ちがあった。復讐心…それが今のグレンの原動力なのだ。
「まあ君も疲れているだろう、今日はゆっくり休むと良い。炭鉱夫たちの宿舎の一室を手配しておくよ」
「ええ、ありがとうございます。でもなんで俺なんかにこんなにも良くしてくれるんですか?」
「なんでかなぁ、不思議と君に会ってから親近感が湧いてくるんだ。不思議とね」
昔の自分と重ねているのか変に感情的なゲイラー支配人。グレンも親方と話していた時のことを思い出していた。
『マスター、部屋ニ向カイマショウ』
「おっと、ちょっと待ってくれ。ロウ…って言ったね、君とサシで話しがしたい。良いかな?」
『ワタシト?』
「ああ」
『マスターハ?』
「行っておいで、俺は部屋で休んでるよ」
「ではグレンくん、彼をちょっとお借りするよ」
ゲイラーはそう言うと整備室へと向かって行った。ロウを一人にするのは心配だがきっと大丈夫だろう、と心の中で呟くとグレンは手配された一室へと向かって行った。




