第四十四話 覚醒 -awakening-
縦横無尽に駆け巡る、それはまさに獣の姿。
武器を捨ててロウに飛びかかる。強く体を押さえつける、牙は無いが頭を近づける。睨み合う二機は山の側面を転がり落ちていた。
「う"…がぁ…ぁ…あ"…アハッ!」
「くっ…こいつこんなに力が強かったのか!?」
『コレモ、ロゼッタ ノ"力"…』
グレンダは左腕に込める力をさらに強めた、そして右腕を放すと大きく天へと振り上げた。
「まずいっ!」
『変形!天使翼!』
バックパックが展開され、二機は空へと浮かんだ。グレンダの拳が外れる。だが、持ち上げるには重すぎた。すぐに浮力が無くなり落下する。もう天使翼は使えない。
「翼がっ!」
『マスター!怯ムナ!』
すぐさまロウはグレンを庇う形で覆い被さる。
危なかった。グレンダの追撃がすぐそばにまでやってきていたのだ。インディゴ06の背中から無数のミサイルが放たれるとロウへと直撃した。幸い装甲は硬い、内部へのダメージは無いがその皮膚は黒く焦げていた。そして、そのロウの深淵なる背中を見て立ち尽くしていたのはグレンだった。
『絶対二…守ルッテ…決メタカラ!!』
「相棒…!」
『マダ、行ケルダロウ?マスター…!』
「ああ!もちろん!」
翼を捨てた天使はしっかりと大地に脚をつけていた。真紅のボディに黄金の腕。グレンダとの決戦も佳境に近づいて互いは山頂付近の地面に立っている。中心にはまるで石炭のように黒い、しかしそれは輝いている巨大な石柱が聳えている。全ての決戦の舞台は整った。
「あが…ぁががが…ぐ…!」
四足で立つ、そして飛びかかる。単純だがこれが強い。まさに獣の本能であり力の象徴だった。グレンは静かに往なすとこちらも力で押さえつけてみせた。左腕の黄金腕で重く殴りかかる。
「正気になれ。俺はそんな機械の暴走に頼ったお前なんかとは戦いたくないんだ」
「うっ…ぐ…ああ!」
「正気になれ、それからまた俺の前に立ってくれ!」
必死の説得、だが駄目だった。
再び目を赤く光らせるとまるで玩具で遊ぶように軽くロウを持ち上げて突き飛ばした。
するとロウはすぐさま起き上がり左腕を構えた。まだ、追撃は来る。殴る、蹴る、そして殴る。痛みはコックピットを通り越してグレンにも伝わっていた。それでもグレンは怯まなかった。痛いはずなのに、辛いはずなのに。それでもグレンダが正気に戻ることを信じて。
次にはインディゴ06がロウの黄金腕を掴んで捻っていた。鈍い効果音が山中に響き渡る。
「…!?ロウ、腕がっ!!」
グレンダの横には金色に輝く金塊が転がっていた。
『ダイジョウブ…マダ、戦エル…!』
既に満身創痍に見える。この戦い、どうみてもグレンとロウが劣勢だった。
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しかし、彼らとは別にこの戦いを傍観していた者も居た。岩山の上に立つ、紅い刃を持つ、そいつ。エルデアだった。
「つまらないな、この戦いを彼に負けてもらっては困る…」
刃を天にかざす。剣に籠るロゼッタの力を最大限に行使した。星の光は運命にロウを選び彼の機体は熱暴走が始まった。一方でグレンダの機体、インディゴ06はbeastの力が解け始めていた。
「そうだ、これでいい。これで我が作戦は遂行される…」
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倒れ込むグレンダ。
「いっ…たい。っ…!これは!」
グレンは驚く。
「グレンダ!正気に戻ったのか!?」
『アリエナイ!!』
そう、あり得なかった。だが、ロゼッタの力がそれを可能にした。哀れ、グレン。憐れ、グレンダ。彼らはまだ知らない、神という絶対的な力の奇跡とも呼べる均衡を。
「なんだかよく分からねぇが…決着をつけよう!グレンダ!!」
「…そうね。もう終わりにしましょう」
そうして再び二人は対峙した。
ロウが無い左腕に力を込めるとインディゴ06は背部の武装機構を起動し、一本の剣を手にして見せた。その刃には蒼く流れる電流が、龍が如くうねり猛っていた。
こちらに武器は無い、しかしグレンも諦めることを知らなかった。
「グレン!私が貴様を倒す!」
刃を一振り、ロウに向けて指す。
「まだ、負けられねぇよなぁ!?」
『イエス、マイ マスター!』
瞬間、時を重ねて二人の鼓動が一つになった。右腕でグレンダの剣を掴むロウ。そして、同時に淡い光の渦が彼の体を包み込んでいた。
「ロウ!煌覚醒!」
煌めきが彼に力を与え、新たな姿へと昇華させた。そう、それはかつてのグレンも同じであったようにロゼッタの意志によって力を行使する。
「なるほどな…これが皇帝陛下が言っていたロウボットの覚醒…!ならば、私もそれに応えねばならんな」
溢れんばかりの光の粒子が遥か彼方の地平線へと飛び散ってゆく。するとグレンダもインディゴ06の秘められた力を解放してみせた。
「コード…Re.tentacles!海の悪魔の力だ!」
インディゴ06の背中が破れ、中からは無数の触手が這い出てきた。ネオンのように蒼く輝くそれはまさに海の悪魔クラーケンを思わせる風貌だった。
やがて互いはぶつかりあう。
剣を振る彼女。
黄金の拳をぶつける彼。
復活した左腕は何よりも強固になっていた。
「分かるか、グレンダ!地獄のような業火に焼かれて死んでいった者たちの魂の叫びを!分かるか!この俺に殺されていったお前の部下たちの断末魔を!分からないだろう?!」
「ああ!分からんな!」
最初に傷がついたのはロウだった。素早い彼女の一撃が彼の腹部に直撃した。渇いた金属音が鳴ったと思ったがそれは装甲が割れた音では無かった。では何かというとグレンダの剣に破れ目が付いた音であった。
「なっ!?」
行き場を失った電流は周囲に漏れはじめていた。一瞬の眩さにグレンは目を閉じた。しかしこれが油断。この隙を突かれてグレンダは一気に間合いを詰めていた。
咄嗟にロウはシールドを展開するが徐々に押されている。痺れを切らしたグレンダは触手腕を長く伸ばすとロウの四肢に絡みついた。
「流石だな…それでこそ俺の好敵手、燃えるぜ!」
「そんな事を話している余裕はあるのか?」
そうしている間にもロウを縛りつける力はどんどん強くなっている。グレンダも分かっていた、だからこそ力を強めた。
この作戦の実行にはロウ…いや、ロゼッタの使徒が必要なのだ。