第三十九話 ロディニアの夜
方舟は雨雲の中を進んでいた。冷たい雨風が甲板や装甲に打ち付けていく。
ただでさえこの機甲団にとっては広すぎる艦内には雨の騒音が騒がしく響いている。
そんな、ロディニアへ向かう途中の夜の出来事だった。
『ワタシノ故郷…』
雨風に当たりながらロウは自身の故郷について想い耽っていた。
「どうした、考え事か?」
通りかかったグレンがそんな様子のロウに声をかけていた。そして、自身が濡れることをいとわず寄り添うように、隣に立っていた。
「風邪引くぞ」
『機械ダカラ風邪ハ引カナイヨ』
「じゃあ、錆びるぞ」
『アア!ソレハ大変!』
それはなかなか洒落た物言いだった。
グレンは頭をよく使い、ロウに言い返してみせたのだ。
「んで、何してたんだ?」
『チョットネ、自分ニツイテ考エテタンダ』
「うーん、なかなか難しい題材だなぁ。自分…かー」
そして彼はロウと共に考える。
彼がまだ村に住んでいた頃はただ親方に報いる為に必死に働いていた。ダンカン親方はグレンの育ての親であり、それと同時に命の恩人でもあった。だから今ここに生きているし、命がある。でも8年前、彼は一度生きる意味を失う。ロゼッタエンジンを搭載したロウを奪い返す為にホロウスの一軍が村を焼いたのだ。
当然、アレックスもダンカンも死にそこには灰だけが残っていた。
彼はひたすらに悲しんだ、ひたすらに泣いた。
でも、大炭鉱の支配人であるゲイラーが彼に手を差しのべてくれた。グレンは嬉しかった。
そして、決めた。コールランド軍に入り、グレンダに復讐をすると。
「そうだよな…俺はあの日誓ったんだ。何かの為に生きる、それが俺にとっての自分なんだ」
『懐カシイ…デモマダ復讐ハ終ワッテナイ』
「ああ、俺はまだグレンダを倒さなければならないんだ」
『マダ生キテル?』
「まだ生きてるさ、あいつは死んでも死ぬようなやつじゃない。それにもし、もうこの世には居ないのだとしたらこの怒りはどこにぶつければいい?」
そう語る彼はどこかグレンダを認めたような言い方だった、彼は三度の対峙を経て大きく成長したのだ。一度目は村を焼かれて、二度目は戦場で再開し、三度目には彼女らの軍隊をねじ伏せてみせた。もっとも三度目は観測者の力を借りただけに過ぎず、それをグレン本人の力だと言っていいのかは分からないのだが。
『自分…見ツケタヨ…!マスター!』
「そうか、それじゃあ中に戻ろう!これじゃあ錆びちまう!」
『イエス!』
どうやらロウ自身もグレンとの対話で自分という存在の何かに気がついたようだった。
随分と話し込んでしまっていたようで辺りは更に暗くなっていた。彼はそれに気がつくと通路の電灯を付けて甲板への大扉を開く。
扉をロウが潜るのを横目に見ると直ぐ様閉めて戸締まりを確認した。
「さ、ロウ。部屋に戻ろう?…ロウ?」
『イエ、ナンデモアリマセンヨ』
ロウは一瞬甲板の下を向いて何かを見ていた。それからグレンに声をかけられるとビシッと敬礼のポーズをとり何もなかったようにグレンの後ろについてトコトコと歩いていったのだった。
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大きな雷が方舟の横を擦っていったとき、それは起こった。司令室のレーダーが雨雲の中で何かに反応しだしたのだ。
「これは…巨大な反応だ…!」
「ロディニアですかね?」
「いや…動いている…」
そうレーダーの反応はどんどんこちらに近づいてきているのだ。それも方舟が動くよりも速く。
『ヴゥォォォォォォ、ヴゥォォォォォォ…』
声が聞こえた、巨大な生物の鳴き声でそれは間もなく方舟を横切ったのだった。
「おいっ!見てみろ!こいつはすげぇぜ!」
と、シリル。
それにつられて窓際によってたかる機甲団のメンバーたち。
「白鯨だ…!」
そこを泳いでいたのは方舟にも劣らない大きさの白い鯨だった。
『ヴゥォォォォォォ…ヴゥォォォォォォ…ヴゥ…』
思わず見とれてしまうほど雄大で美しいその姿はメンバー全員を魅了した。
やがて白鯨は泳ぎ終えると深い雲海の中に沈んでいった。そう、雲ばかりで分からなかったがこの方舟はいつの間にか海の上を進んでいた。
「この世界にまだ、こんなにも大きな鯨が残っていたなんて…」
「うむ、これがロディニアが秘境と呼ばれる所以なのだろうな」
ローランがそう答えてみせた。
「さて…本艦はもうじき雲海を越える。各員準備を急げ!ジャックは制御室の調子を見てきてくれ」
「了解です」
「艦長!再びレーダーに反応あり!恐らくこれがロディニアだと思われます!」
再度レーダーのピコピコ音が鳴り響くと同時にヤンが声を上げた。
「あいわかった!大空挺ノア浮上!」
そして雲は晴れた、ノアは雨雲を突き破り甲板に残った水滴を巻き上げながら浮上してきた。
艦橋の眼下に広がるのは新緑に溢れた未知の大陸。なぜ今までこの大陸に手をつけられてこなかったのかは謎だが、今はそんな疑問よりも着陸の準備をする方が先だった。
中でも一番目に入ったのが大陸の中央に聳え立つ不思議な石柱。それは明らかに人工のものであった。