第三十五話 帰還~君に届け~
唐紅色に輝いて、彼は一閃の光となりこの戦場を赤く照らし始めた。
刻は午前4:11。
作戦決行時刻。
「作戦開始だ!第一、第二部隊は自機バッテリーを神に接続。ヴェルナーはジオシールドの展開準備だっ!」
「ィエッサー!」
ホロウスの部隊は動いていた。
静止した二対の巨神、最初に動いたのはロゼデウス。エネルギーが回復したのか淡い紅色の光に輝いていた。
「充電率88%!作戦行けます!」
「砲塔変形!モードRAINに移行するっ!」
ロゼデウスに搭載されている砲塔全126門が動く。各セパレートが巨神の頭部に向かって移動。それぞれがロゼデウスの体に敷かれたレールの上を走っていく。やがてそれらが巨大な要塞と化すと次の形態に移行した。
「全砲塔回転!照準…、空!」
ホロウスの狙いはタイタンでは無かった。ロゼデウスの砲塔が回転すると砲口を空へと向ける。
「NewWorld and Newmans作戦、コードNWaNm始動!」
「ロゼッタ粒子装填OK。成分分析、パターン青。問題ありません!」
「今だ、撃て!」
その閃光は今度は空に散った。意味は分からなかった。ただ何も犠牲の無い戦い。ホロウスの狙いは何か?それを知るのにはまだ暫く時間がかかった。無事にロゼッタ粒子が空に散るのを確認するとホロウスの部隊は撤退の準備を進めた。夜は明け、地平線上には熱く輝く恒星が姿を現しはじめていた。
「撤退準備!戦線を第二首都ソウドレスまで後退する!」
「大佐っ!巨大な熱反応です!方角は東…」
「まだコールランドのロウボットが残って居たのかっ!」
「いえ…これは…」
「なんだ!?」
「ヒト…です!!」
「何だとっ!?モニターを映せ!」
そう、戦いは終わったと思っていた。だがまだ終わってなどいなかった。モニターの先の荒れ地を這うのは淡い紅色に輝くヒトに見えた。グレンダやヴェルナーの部隊がそいつに向かって散弾銃を放つが弾は当たらず、光の中に消えていった。当然驚く、そして次にはグレンダ部隊のロウボットが光線銃を構えた。
明けの明星に青磁色の機体が影となる。
「撃て!」
グレンダが叫ぶ。セラドンから放たれた光線は一直線にヒトへと向かっていった。黄金色のその閃光はヒトを撃ち抜いたかと思えた。
しかし、それは弾き返された。
「大佐!効きませんっ!」
「くっ…やつは一体何者だ…!?」
「高エネルギー反応検出!攻撃、来ます!!」
「なっ!?ヴェルナー、イージスの盾を…!」
「駄目だァ…!本部に繋がらねぇ!」
"ヒト"は立ち止まると周りを渦巻いていたエネルギーが胸部に集中していく。胸元で腕をクロスさせると球状に変化したエネルギーが円を描きながら回転する。一瞬、光が消えて姿が見えた。
「まさか…!あの小僧!!」
そう、グレンだった。彼は今、復讐の念に囚われていた。彼に必要だったのは力。力があればロウを救える。ロウを救えるのならそれで良かった。だから、今その力を持ってしてホロウスに戦いを挑んでいる。その力は観測者、つまり神に近しい存在がヒトに与えた進化の力。
やがてエネルギーが大きな弾丸を形成する。発射まで待ったなし。ヴェルナーの部隊がジオシールドを展開するがこの程度のバリアではグレンの攻撃を防げるわけも無かった。
シールドが五重に貼られた時だった、ついにその弾丸は奥に聳える神の肩を貫いた。当然、ヴェルナー部隊が助かる筈も無く、あっという間に機体を融かしていった。
「ヴェルナー!!くそっ!」
思わずグレンダは悪態をつく。
「大佐!本部からの無線です!『直ちに帰還するように』との命令が…!」
「誰からだ?」
「総司令からの命令です!」
「デュークの命令なら逆らえないわね…総員撤退せよ!!」
再び光を取り戻し進撃を続けるグレンを横目にホロウスの軍隊はその戦場から撤退していた。
ヴェルナーたちの遺体の回収は後…いや、コックピット部分を融かされたのだから恐らく形は残っていないのだろう。残った兵士たちは次は自分がああなる番だと恐怖している。それは彼女ですらそう感じていた。
もうその場にはかつてロウボットだったものしか残っておらずやがてホロウスに戦いの終わりを告げていた。
そして、戦場からヒトが消え去った。
グレンは絶壁のロゼデウスを登りながら、徐々にロウに近づいていった。静止した二対のロウボットはまるで巨大なビル。その側面の僅かな凹凸を掴んで登り上がる。
もちろんグレンにはそんな力は無い、だが彼が観測者から譲渡された"チカラ"はそれを可能にしていた。
「ロウ…もう少し…」
だんだん、彼に理性が戻りつつある。巨神の膝に来た時だった。グレンは光を止ませるとロゼデウスに非常用階段があるのを発見した。体に這うように接続された階段と梯子は整備作業用のものであることが一目で分かる。階段に降りて上へ上へとかけ上る。腰の辺りまで登ることが出来た。次に彼が上を向くと背中に梯子があった。これを登る。時々腕が痛むような仕草を見せるグレン、恐らく観測者のチカラを失いかけている。それでも彼はまだ登る。頂上まであと…6、5…4…3、2…………1。
0。
力無く巨神の首の斜面に横たわると彼はやりきった笑顔で泣いていた。
あともう少しでロウに会える…そう思うとグレンの頬を熱い雫が流れ落ちる。
やはり、力無く立ち上がると巨神の首筋のエレベーターまで向かっていった。
ここを降りれば巨神中枢、即ちロウの素体が眠っている場所に辿り着く。しかし、彼の前に再び試練が待っていた。そのエレベーターはパスワード式だった。これは盲点、だがよく考えてみれば当然のことだった。
「…ぁ」
小さく、声を発した。
「…ぁあ…」
それはうねり声。無念の怨嗟。絶望だった。
あと一歩、あと一歩なのに…!そんな声が彼の心の内から聞こえてくる。
「そんな…ロウ、また…また俺を"マスター"と呼んでくれよ…ロウ…」
そう心に叫んだ時だった。彼の置いた腕が認証キーに反応し始めた。それはもう一つの解除法だった。
「これは…!?」
先ほどとは表情が一転、驚きの目を見せていた。やがて認証キーが光りだす、それは先の進撃の時に見せていた唐紅色の神々しい光だった。
『マイ、マスター。再認証…同調No.0002。グレンヲ再同調シマス…』
ロウの声が聞こえた気がした。懐かしい声であった。そして、グレンを忘れてなどいなかった。その声は優しく彼を中枢部へと案内し始める。彼はただ、導かれるままに内部へと降りていった。
巨神の胸部だと思われるその空間にロウは居た。驚くことにその体はグレンが出会った時のままであった。古ぼけた鉄の素体、色は真紅色でも無く、左腕は黄金腕でも無い。懐かしきあの姿だった。
グレンは静かにロウ元に歩いていく。
そして彼は相棒に向かってこう、語りかけるのだった。
「ただいま、ロウ」
『マイ、マスター"グレン"。オハヨウゴザイマス』
その時、空には薔薇色に輝く朝日が綺麗に昇始めていた…。
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時を同じくしてもう一方の巨神タイタン。
操縦席で気を失っていたシリルとヤンが目を覚ましていた。呼び出しに来たのはロンメル夫妻、機甲団の救出部隊が駆けつけてくれたのだ。
「あんたら…眠ってんじゃないよ!」
「シリルさん!目を覚まして下さい!」
「ん…あ、あぁ…!?」
ヤンの次にシリルが目を覚ます。驚いた表情で辺りを見回していた。
「なんだ…終わったのか…」
「そうさ、あいつは無事ロウと再開出来た。これであたしたちの出番は終わりさね」
「この機体はもう使えない…。俺たち機甲団の戦力はこれで大幅に削られた…」
ローランは大袈裟にため息をつくとそれにリーズが答えた。
「もう戦いは終わりだよ。少なくともホロウスは暫く動かないだろうさ」
「コールランドがこの有り様では…再建にも時間がかかるだろうな…」
「逆だよ。もうコールランドは再建しない。このままホロウスに吸収されて終わりよ」
シリルはその言葉に驚きながらも今の状況を冷静に分析する。なるほど…確かにこれではかつてのカライロ小国のようにホロウスに吸収されるのも時間の問題だ。
「なら…基地を移動させる必要があるな」
彼はそう言い放つと明日の方角へと歩き始めた。その先には風穴が空いた山々が水平線上に連なっている。機甲団は新たなる作戦の実行に移し始めていたのだった…。
NWaNm作戦編はこれで終了です。
ついにロウ戦記も中盤の山場が終わり次章からはついに後半戦に突入します。完結まであともう少し、頑張っていきたいと思います!




