第三十話 心ココニアリ
夢…これは夢。懐かしい記憶が甦る。
ぼんやりとした靄の奥、砂埃が舞い上がる渇いた大地で男は何やら鉄屑を弄っている。
戦場のようなのだが幸いにも現在は休戦中のようでゆっくりとロウボットの残骸を吟味することが出来たようだ。
「Aレール配線はまだ生きている…こっちの装甲は…ありゃ、弾丸が貫通してるな…」
また今日もトラックの荷台に大量の廃パーツが貯まっていく。ここにあるパーツの八割は彼に使われることは無い、大抵は廃材置き場行きとなる。
「さて、今日は帰るか」
飽きたのかいつもより少ない荷台を横目にトラックを走らせる。見飽きるほど何もない大地は自然の息吹きを感じさせるようだ。しかし、これは本当のところ、この永い時の中で形成された地形では無かった。岩山をみると酷く抉れた痕が見える。
「相変わらず…酷いやられようだな。こんな炭跡滅多に見れないぞ」
積み重なるロウボットの山、山、山…。先の大戦、第三次進攻戦の跡だ。正しくここは戦場である。
それにしてもこのトラック、珍しい形をしている。普通、貨物用のトラックと言えば四足式ロウボット機構が搭載される。四本の足が交互に動くのだ。だが、これは車輪で動いている。まるで列車だ。これでは効率が悪い。
「あれ?燃料がもう無いや、またダンカンさんに頼んで油を買ってきてもらわないと」
そんな大きな独り言を呟きながら岩山の間を駆け抜けていく。途中、左にハンドルを切ると整備された道からゴツゴツとした荒れ地に切り替わっていった。枯れた岩山と綺麗にずれた断層の間にある集落、そこが彼の住む村だった。
村の名はジェム、昔はよく宝石が採れた場所らしい。今ではもう使われていないが炭鉱跡のこの場所は彼らが帝国から身を隠すには最適の場所だった。
廃墟を改造したようなボロボロで不恰好な建物が立ち並ぶ。一際目立つのが彼が住んでいる建物。シャッターの閉まらないガレージにトラックを無理矢理押し込むと「親方ー!親方ー!」と叫びながら四時の方角へと向かっていった。
「おお、グレン。帰って来てたのか。で?なんだ、用があるんだろ?」
「油が切れちゃって…」
「はぁ…まったく。お前今月で何回目だよ?最近は南の油田の調子も悪くて値段が高騰してるんだぞ…」
「いやーそれは知ってますよ。俺、いつも新聞見てますし」
「まあいい、給料からはその分差し引いとくぞ!」
「へいへい」
そんなわけで彼はいつも金に困っていた。
幸いなのはこの家にはローンも家賃も無い事だ。大抵都市の人間ならそれで月の給料の半分は飛んでいく。それが廃墟を利用して作った村に住む利点でもあった。
頼み終わると他に用でもあるようにそそくさと自宅に帰っていく。そして最初にまたガレージを開ける。日も落ち始めていた、今日も長い夜になりそうだ。
彼は穴の空いた木製机の上でなにやら設計図のような紙切れを広げていた。一枚目は何やらロボットの腕?のようなものに見える。
次の瞬間、何か思い付いたようにメッキの剥がれた金属の箱を取り出した。
それとほぼ同時にトラックの荷台とは別のガラクタの山からかつて腕だったものが取り出された。まずはコードを繋ぐ。赤に青に黒、これも拾ったものだろう、所々焼ききれている。
よほど酷い戦いだったのだろう。これは使えないな、と悟ると再びコードをガラクタの山へ投げ捨てた。彼が自分で持ってきた物であると言うのになんて扱いなのだろう。
それでも彼はめげずに設計図とにらめっこをする。にらめっこの末「閃いたっ!」とでも言いそうな顔に変わると笑いながら別な種類のコードを試している。悩んだり、驚いたり、笑ったり、それは非常に分かりやすい百面相だった。
「これだっ!これなら動く!」
いきなり大声を上げたと思ったら独り言だった。動く?この腕が?嘘をつけ。
それはまもなく破られた。
彼がボタンを一つ押すと間接部分が上下する。試しに彼が重し代わりの小岩を持たせるがそれでも難なく持ち上げた。強度は十分。
「でも…やっと左腕かぁー。こりゃ全部作るのにあと五年はかかるなぁ」
そう、これも一年かけてやっと動くようになった部位だ。残りの右腕、右足、左足、体、システム中枢…。パッと見積もっても五年だ。
それから全部位が精密に動くようになるまでは調整も含めプラス一年。そこから不具合が発生すれば数ヵ月から一年…。個人でロウボットを作るのは大変な労力だ。
本棚を覗くとページが破れかけた技術書が見える。
「えっと…次は…あった!これだこれ!『プログラミング上級 誰でも分かる応用版』!空いてる時間に少しでも勉強しとかないとな」
その後、半刻…いや、もっとか?とにかくそれぐらい経った頃には参考書を片手にもう寝てしまっていた。
次の日。朝一で親方が彼の家にトラックの燃料を届けにきた。特に変わったことは無い、今日も仕事は休みのようでさっさと燃料を積むといつもの戦場へとトラックを走らせた。
ここも昨日と変わらない。荒野を走るとやはりあの第三次進攻戦跡地が目立つ。
「なんだ…この胸のざわめきは…何かが…誰かが…俺を…呼んでいる…?」
これは昨日と変わっている。誰かが彼を呼んでいるのだ。何かが彼の胸に訴えかけている。
波動を感じているのだ。
そのまま彼は呼ばれるがまま黒焦げの大地に吸い込まれていく。
跡地の中心部には大きな穴が空いているばかり。今にも落ちそうな場所から彼は見下ろしてる、見上げられている。居たのだ、間違いなく、ロウボットが。
それは倒れていた。
ロウボットだ。
こいつが彼を呼んでいる。
『我ガ心 ココニアリ』
と。




