第二十九話 命尊シ、正義ノ刃
「して…戦果は?」
「はっ!現時点の戦局ですと第一、第二部隊がコールランドの第一防壁を突破、現在第二防壁にて交戦中。戦局は極めて順調かと…」
「把握した、下がってよいぞ」
「では失礼します」
若い秘書が王の部屋から出ていくとそれと入れ違いでもう一人の秘書と思わしき初老の男性が入ってきた。ノックはしない。
「陛下、少しお話を」
「分かった、では隣の部屋で話そう」
男性の左胸には円を描く蛇の紋章の勲章が。蛇の中心部には王室印の刻印が刻まれる。
「さて、君がその勲章を貰ってから随分と時が経ったね」
「ええ、あの戦いは熾烈な様でしたから」
「23年前のカライロ侵略作戦、当時弱小だった我が国に訪れた転換期だ。たった百人の兵で、それも一夜で陥落させた。」
「百人隊ですか、懐かしい名ですね」
「君のお陰だよ、デューク・グレンデル」
「何が言いたいんです?」
「何をとぼけているんだね」
デュークは道化になっていた。これは軍事機密だから、皇帝陛下が相手と言えど軽々しく口にするような行為はしない。
「やっぱり、陛下には敵わないですね」
「NWaNm作戦だ」
「ええ、問題ありませんよ。全ては円滑に進んでいますから」
「ステージは?」
「先ずは第一段階突破…と言ったところでしょう。四の砦で適合者が解放、無事に神が起動したようです」
「ふむ」
「既に第二段階への移行が始まっています。これはグレンダの部隊に任せることにしましょう」
「流石は我が国の英雄だ。人を切り落とすのには容赦は無い」
「彼女には悪いが傀儡になってもらいましょう。これは仕方がない犠牲なのです」
そう言いながら英雄は皇帝より先にソファーへ腰掛けた。剛毛な髭に覆われた顎に堀の深い皺が特徴の彼はどこか陛下よりも老けているように見えた、かつての若々しい姿はもうどこにも無い。
「さて…このロゼッタストーンが導く未来を覗いてみようじゃないか」
英雄は語る、一方で皇帝は巨大な硝子窓を背に大きく腕を振りかざす。
開くゲートから眩い光に包まれてその石は姿を現す。光はまるで太陽の如し。この小さな欠片一つにこの星の全ての遺伝情報が保存されている。誰が、いつ、何の為に作ったのかはわからない。
「やはり、この力だ。この力を持ってして私は…!」
野望はいつでも人のあり方を変える。
この時、英雄はどう動くのだろうか?
今、NWaNm作戦が始まった。
―六の砦 軍病院区画―
「三の砦の死者は97名、後退した兵士は55名、現場唯一の生き残りはこの青年一人…これを本部へ伝えてくれ」
「了解」
まだ被害の少ない六の砦は兵士の死傷者と損傷したロウボットの受け入れを始めていた。
まだ神の進攻は止まることを知らない。
「それにしても酷い有り様ですね…特に彼の遺体は…」
「ああ、頭蓋が潰れていたんだろう?これじゃあ司法解剖に行くまで身元はわからないな」
「でも彼が三の砦の兵を後退させたミラウス隊長だって噂ですよ」
遺体の軍服のエンブレムにはコールランド軍の隊長を意味する銅と鋼の紋章があった。身元までは分からなくとも三の砦で発見された事実とエンブレムという二つの証拠からある程度察してはいた。
「さて、もう一人の彼だが…」
「気絶しているだけだ、まだ戦える。看護長!手厚く治療してやってくれ」
あくまでここの隊長は使える兵士は手厚く保護し、また戦いに参戦させる…というスタンスのようだ。怪我人、死者の保護は後回し。幸いこの青年は傷は少なかった。
まだ、戦える。
そんなこの砦の正義が隊員たちを変えた。
「整備班は二、三の砦から回収したロウボットの修理を急げ!戦いは近いぞ!」
「ィエッサー!」
激しく入り乱れる戦火の中、グレンは深い夢を見ていた。ぼんやりとした意識の最中、ボーッとあの時の出会いが浮かび上がる。
そう、あの今は懐かしき出会いの夢を…。