第二十五話 G.B.
首都バンへの遠征、それはロウボットの足ではゴルドガルドから一週間、列車では二日もあれば到着してしまう。
そんな距離だからかグレンはその二日を列車の中で寝て過ごしていた。
遠征となると首都行きの軍事列車が開通する。基本的にはロウボットを乗せる為の滑車しか無いがもちろんそのまま乗っていく事も出来る。だからグレンは自分の機体に乗っている。不安定な足場だからかふざけた兵士が地獄を見ることも少なくは無いのだと言うがどうやら今回は問題無かったようだ。
起きるとちょうど、駅だった。
やれやれ、とグレンは起き上がる。ここからは各自行動となる。機体は各戦地へと輸送される。ここで怯えて逃げる兵士も居る。死ぬのが怖い、それは当たり前。彼らにも家族が居る。
一方、グレンはもう守る者は居ない。
だが、取り戻したい者は居る。
彼は戦地に赴く前に確かめておきたい事があった。
駅の改札を抜けてすぐ目の前の大通り、その一等地に見える鍛冶屋、「ゲルルフ鍛冶店」。
炭鉱夫用のピッケルから、業物級の銃剣まで幅広く扱っている。その品一つ一つがこの店の店長の手作り品、だから品質も良いしそれに相対して値段も高くなる。とてもグレンのような市民には購入は出来ない品だ。
大きな扉をくぐる、目付きの悪い店員は「なんだ、冷やかしか」とでも言いたげな目でグレンを見下している。
しかし、そんなことは気にも止めず淡々と品を見ていく。
一番最初に目が入るのが「G.B.」と彫られたエンブレム。
「やっぱりそうだ」
これには見覚えがあった。
すぐさまグレンは店員に聞いてみることにした。
「すみません、ここの店長を呼んでもらえないでしょうか?」
「申しわけございません、現在店長は急用で外出しておりまして…」
「呼んだか?」
「あっ!ああ…!て、店長!いつからそこに!?」
「ったく…俺がすぐ目を離すとこれだ。こんなんじゃあ都市一番の鍛冶屋も形無しだな」
焦る店員、驚くグレン、寡黙にただ二人を見つめる店長。
狡い店員はどうやら店長に嫉妬しているようであの手この手で陥れようとしている。
そんな部下だからか店長も随分と呆れている様子だ。
だが、呆れてはいるものの決して動じてはいない、その姿こそが都市一番の鍛冶職人たる所以なのだろう。
「おい、青年!俺に用があるんだろう?」
「はい」
「分かった、バックヤードで話を聞こう」
第三通路の突き当たりから左の扉を抜けるとすぐバックヤードだ。大量に積み上がるピッケルの在庫に44式と51式のロウボット用機関銃の在庫が目立つ。
そして店長に連れられてグレンは倉庫を通り抜けると応接間に案内された。
「さぁーて、俺に話があるんだったな?」
「もしかしてなのですが、バンの大炭鉱で働いてる息子が居るのではないかと…」
グレンがその話を始めた瞬間、明らかに目つきが変わったのが分かった。
「お前…もしかしてあいつの知り合いなのかっ!?」
「ええ、そうなんです。彼には色々相談に乗ってもらって、元気をもらって、その時に『G.B.』というブランドも知りました。彼は自分の父のブランドなのだと、誇らしく語ってました。だから…」
ここで一度言葉が途切れる。なぜなら。
「確かに俺には息子が"居た"。だが…」
「だが…?」
「あいつはもう、二年前に死んでいる…」
「は?」とついグレンは口走ってしまう。
それもそうだ、確かにあの時、二人は出会っている。それに会話もした。
「事故だった、ダイナマイトの爆発に巻き込まれて…見つかった時には四肢がバラバラだった」
聞いているだけでその情景が浮かんでくる、生々しくて吐き気すらも催すのかグレンはずっと俯いたままでいた。
色々思うこともあるのだろう。
「それで残った形見はこれだけだ」
そう言って見せたのはあの時、彼が見せてきたG.B.印のピッケルだった。グレンはとっさに「あっ!」と声を上げる。
そう、知っているものだった。
「知っているのか?」
「はい…確かに彼が持っているのを見ました」
「だがそれは今こうしてここにある…不思議なこともあるものだな」
そう、彼らが言うようにこの世界には科学では解明が出来ない不可思議な現象がある。コンピューターでは無い、神のような存在が彼らに奇跡を与えたのだとグレンたち人間は解釈している。
「今日は息子の話を聞かせてくれてありがとう。久しぶりに懐かしくなったよ」
「いえ…こちらもつい気になったもので…」
グレンもまさかあの男が既にこの世の者ではないとは思わなかったろう。話が終わる頃にはすっかりと黙りこんでしまっていた。この数日でグレンは多くの"死"に直面している。親方や同僚との死別、列車戦場での殺人、そして今回の"死んでいた男"。常人ならばこれほど短期間の内に死に直面することは少ない。思うに彼の運命はあの日、碧い機体がジェムの村に降り立った時にもう決まっていたのだろう。
帰り際、グレンはここの職人の名前を知った。店頭に貼り出されているポスター、それは宣伝用のものであった。写真に使われたのはあの店長の顔、そしてその下には「名工ゲルルフ・ベックマンが鍛えた名刀、あります!」の文字が。
なるほど、ゲルルフ・ベックマン。G.B.とはそう言う意味だったのか、と一人舞い上がっていた。




