第二十四話 セカンド・ロウボット
彼は機甲団には戻らなかった。翌朝は再びホテルゴルドで目覚めると昨日の帰り際に領主に渡された機関銃を磨いていた。彼の武器はもう一つ、銃身が刃の型をしているこれは「銃剣」と呼ばれる武器だ。所々赤錆がついているのは中古品だったからでその値段は1028cと相場よりも九割ほど安い物。重みのある刀身はロウボットの間接を狙う為のものだが長期の野戦では猟や獣肉の解体などにも使われる万能武器だ。
グレンは覚悟を決めていた。今朝の新聞によると開戦の狼煙は上がったようだった。場所はリヴァー河口、やはり例の場所だ。防衛壁を挟んだ先にはコールランドの首都バンがある。
ホロウスは一気にこの国を制圧するつもりだ。こうなったのもロウを奪われたから。タブーと呼ばれるその機体が戦いの要となるのは明白、問題はホロウスが"いつ"ロウを戦場に送るかだ。
作戦部によると予測される戦略は充電式ロウボットおよそ6700台。だがこれはあくまで第三世代型ロウボットの場合で幹部機には恐らく新世代型も起用されるだろう。とのことだ。
対して我がコールランド軍はおよそ2万5000台ほどのロウボットになる。が、この国のロウボットは蒸気式、ホロウスと比較するといかに時代遅れかが分かる。
グレンが所属することになったのは第二ゲリラ部隊。リヴァー河口のD地点を拠点にゲイト砦の錯乱を狙うのだ。
ゴルドガルド師団は明日、首都バンに向かう。
「さて、そろそろか」
ちょうど武器を磨き終えると彼は立ち上がり部屋に備え付けの受話器を取った。
「こちら、グレン・ルークラフト。今からそちらに向かいます。はい…はい…それでは」
受話器の先に居たのはゴルドガルド支部ロウボット製造課の工場長。聞くに彼がグレンに新たな機体を調整してくれるらしい。
だがグレンは搭乗式のロウボットには乗ったことは無い。ロウはオートで動くAIだったから、触る必要も無かった。
だから、その為の調整なのだ。
先ほどの電話もその調整の為に来て欲しいという内容だった。
さっと荷物を纏めるとグレンは宿を後にした。
場所は変わり、ここはゴルドガルド支部ロウボット製造課。
無数のロウボットがアームに掴まれ右往左往する。鉄臭い匂いがグレンの鼻を刺激する。
どうやら最終調整が終わり戦場へと運ぶ為に動かしているらしい。
機械音が交互に鳴り響く、ここの職人達はいつもこんな騒音の中で作業をしているのか、と畏怖する。
「こいつだ」
工場長がそう言うと一台のロウボットをレーンに乗せて運ばれてきた。型は量産型とはそう変わらない、だが色はロウと同じ朱色だった。
「赤い機体…ロウそっくりだ」
「ちょうど"都合良く"プロトタイプが残ってて良かったよ。なんたって改造が楽に済むからな」
確かに、とグレンは頷く。
よく見ると左肩に「プロトタイプ00」の文字が書かれている。
実験機だ。
それもかなり初期の。
「お前、好きだろ?この色」
「はい、お気に入りなんです。赤色は」
「だろうな、かの有名な戦士『グレンデル』も赤を好んだそうな。お前の名前にも共通点がある」
グレンデル…ホロウスの英雄の名だ。
グレンもグレンダもこの名前から派生している。
「さて、問題の乗り心地だが…。グレン、一回乗ってみろ!」
「はい!」
言われるがまま搭乗する。内部はまるで重機のように複雑な配線をしている。
グレンが左右のレバーを動かすと腕が動いた。フェイス部分から外を見渡すと工場長があんなにも小さく見える。
次に彼は右部の足下の板を踏む、前に押し込むと右足が手前に動いたのが見えた。
なるほど…これなら感覚で動かせるわけだ、と感心するグレン。
試しに工場の外まで歩いてみる。
軽快な足取りには工場長も目を見開いて驚いている。
「おお!流石だな!」
外まで歩くとグレンはロウボットを一時停止させた。
「しかし、名前が無いとどうにもやりづらいですね」
「それならお前がこいつに名前をつけてやると良い。きっと喜ぶぞ」
「んー、名前…名前…」
暫く頭をかかえる、ロウはロウボットだからロウ。ではこいつは?
やはり命名は難しい。
「ロウブロス…いや、ローブロス…。うーん、しっくり来ないなぁ」
「ロッソ…はどうだ?古い言葉で赤を意味する語だ」
「ロッソ…良い名前だ!よし、今日からお前の名前はロッソだ!」
不思議だが彼がロウボットの名前を呼んだ瞬間、ロッソが笑ったように見えた。
実際にはフェイス部分は鉄のマスクで覆われているのでそんなことはありえないのだが。
確かにグレンには笑っているように見えたのだと言う。
そういえば聞いた事がある。この大陸より東に位置する小さな島国には八百万の神という考え方があるのだと。どんな物にも神が宿る、物の数だけ神が存在するのだと。
グレンが居るこの大陸には無い考えだ。
なんせ、神は一人しか居ないのだから…。




