第二十三話 解答
―ゴルドガルド支部窓口―
「なにしに来たんだね?君」
入り口の警備員に止められる。が、グレンの顔を見た途端に目付きが変わった。
「…なるほど、自首でもしに来たのかね?」
「いいえ…」
「では?」
大陸級の指名手配犯が突然やってきたのだ、警備員の目は困惑の色に変わっていた。
それにグレンはそう簡単に自首するような男でも無い、「自首しに来たのか?」との問いに「いいえ」と答える。
「騒がしいですね?」
「はっ!領主様!こやつが突然…」
「ほう…君は…」
領主と呼ばれた麗人はそっと警備員を征した。
次の瞬間にはグレンの首もとにレイピアが静止していた。
「偽りの剣で俺を貫けるとでも?」
「流石はタブーの同調者だ、物を見抜く目はあるようだな」
肌に伝わる冷たい感触、そしてその質感からグレンは上級階級の装飾に使われる剣だと瞬時に見抜いた。もちろん彼にはそんな知識は無い、太古からの遺伝子が彼の感覚をより鋭く変化させている。これもロゼッタシステムを持つロウもといタブーに触れた結果だ。
「こやつを領主室に案内する、君は警備長に連絡して今すぐ手配書の配信を停止させてくれ」
「はっ!分かりました!」
「?」
「さあ、私の部屋でゆっくり話そうか」
「はい」
領主ともなればその権力は強大、手配書流通の停止も一声で済まされる。案内されるがまま、グレンは支部ビルへと入っていく。事務室中心の一階だが兵士の訓練の様子も伺える。支部棟隣の小さな館では刀術と呼ばれる日之国の古武術の鍛練が行われる。日之国とはこのコールランドより遥か東に位置する小さな島国で唯一他国の影響を受けなかった国でもある。
そのままエレベーターで五階まで昇る。山頂に限りなく近い、景色が綺麗だ。
「さて、まずは君には謝らなければならないね。すまなかった、私の管理下にありながら非公式の手配書が出回ってしまった」
「公式では無かったのですか?」
「ああ、恐らくゴルドマンズの奴らだ」
「でも少尉を殺したのは事実です」
「構わん、やつは敵だ。それよりも重要なのはやつらがホロウスに味方したという事実だ」
やはり対立しているだけのことはある、敵国には容赦は無い、人が死んでいるというのに慈悲も無い。
戦争だ。
「だが、ゲイラーの助言には助かったな」
「『味方を疑え』ですか」
「ああ、もっともゴルドマンズは味方では無いがな。もともと反逆者だったのが敵国へと寝返っただけだ」
それでもグレンにはゲイラー上隊長の助言が大きな助けになった。そして裏切り者では無いことも分かった。それだけで充分だった。
ボーイに扮していた少尉サイラスはミスリード、ゲイラーの本当の狙いはゴルドマンズ。
「タブー、いや…君はロウと呼んでいたそうだね。私の諜報員からの情報だがもう既にホロウスの手に渡ったそうだ」
「そんな!」
「これは我が軍にとっても痛い。こちらのロウボット部隊では限界もある」
ホロウスは周りの国々に比べおよそ四世代分、技術力が進んでいるそうだ。なぜ新興国だったホロウスがたった数十年の内にこれだけインフレしたのかには秘密がある。
ロゼッタストーンの存在だ。
ある日、ホロウスに降ってきた小さな隕石の欠片。それにはこの星の全て遺伝子情報が保存されていた。石の表面に刻まれた文字を解読した結果"ロゼッタ"の文字が浮かび上がったそうだ。と、ここまではコールランドも知っている情報だ。だが彼らにはそれだけが原因では無いと感じている。その結果が現在の不毛な情報工作合戦に繋がっていた。
「近いうち、大河口にて戦争が起こるだろう。ロウを取り戻したいのなら君も来ると良い」
「もちろんです」
「グレン・ルークラフトに栄光を!」
実はこの領主、グレンとロウの少尉殺しを高く評価している。コールランド軍は兵士が多い、それに相対的に幹部も多くなる。一方、ホロウスはというと兵が少ない、ロウボットの自動化が進んでいるからだ。故に幹部のような上級兵にしか有能なロウボットを繰ることが赦されない。サイラスもその一人。強力なロウボットは自律的に制御するのは難しい。だからパイロットが居る。コールランドは有能なパイロットを殺すのが昇進の第一条件の一つ。少尉を殺せば隊長格までは安泰だ、だがグレンはまだコールランドの兵では無い。でも領主はグレンが欲しい。けど強要は出来ない。だから次に予測される河口大戦に誘った。
決めるのはグレン。
彼は必ず彼の地に現れるだろう。




