第二十一話 抵抗者
ここはホロウス帝国第一首都ラウンデルン。何重にも並び立つビル群の上に浮遊する円盤が何層にも重なり都市として機能している。
その姿故に"円盤階層都市"と呼ばれる。
名付けの親はこの都市設計を担当したカライロの芸術家ゴッホ・ロス・ニューマンだ。
今、彼女らが居る最上層は皇官邸、軍事機関本部、司法の塔に評議会本殿とこの国の最重要組織が集まる区域だ。
「そうか、コールランドが」
「はっ!諜報委員からの伝令でありますので間違いありません」
脱力したような表情を見せるグレンダ・ラヴクラフト。ここ最近の軍事成果はゼロ、作戦も失敗続き。どこか老けてきたようにも感じる。
「タブーが…目覚めたのか」
やはりホロウスでもロウもといタブー復活の話題は上がる。グレンが想像しているよりもこの事件、しがらみが多いようだ。
「陛下、そろそろ例のシステムを導入する時が来たようです…」
「決断せねばならんな…」
皇帝陛下の座る玉座には眩く陽光が射している。目を瞑り、考え込む。
眉間にはシワが寄りぽつぽつと白髪が点在している。ホロウス人のわりには随分と老けているようにも見える。
「ロゼッタシステムか」
「はい」
「研究は?」
「現在開発中の新機体NEMESISに搭載される予定です」
「ネメシス、これもストーンに記録されている異界の言葉か。直訳で"天罰"…神も粋な名前を考え付いたものよ」
ふぅ、とため息をつく。また白髪が増える。
「禁忌を犯した者への天罰です。それに同じロゼッタシステムを搭載した機体ですから対等な戦闘力になるでしょう」
今のロウに敵うロウボットは居ない、それほど彼は危険な存在であったのだ。
だが、この会話もこの情報もグレンは知らない。ただ彼が知るのはロウが消えた証拠だけだった。
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とぼとぼ歩く、今日この頃。
まるで痩せ細った野良犬のようにスラム街を放浪する彼の姿はすっかりと街の姿に適応していた。
「幸福の壺 8,050c」「ホロウス牛の肉 854c」「激安宝石トパーズ 50c」「金の紙 32c」「スラム飯 65c」「革靴 443c」…。
怪しい看板が立ち並ぶ。上層部の人間によるボランティア炊き出しには長蛇の列が。これはスラムらしい光景だ。
「お兄さん!この壺買わないかい?」
「君ぃ!その指輪は金だね?」
「炊き出しは如何ですか?」
「おら!買ってけ、買ってけ!」
「ディアモン教に入りませんか?」
「…」
もはや勧誘に答える気力すら無い。相棒のロウが居なくなりすっかりと生きる希望を失ってしまっていた。元炭鉱夫なだけあり体力はあるがグレンは精神面が弱かった。
何かに依存しなければ生きていく事が出来ない、それが彼の性質。
ジェム村ではダンカン親方と炭鉱夫としての仕事に…そしてこれまではロウに…とにかく依存していた。
彼はただひたすらに歩き続ける。なにやら騒がしい声が聞こえてきた。周りを見渡すとそこは見覚えのある場所だった。
そう、グレンを保護してくれたロンメル酒場。
戻ってきたのだ。
「あんた、戻ってきたんだね!いきなり飛び出して行くから、あたしらもう心配で心配で…」
「ええ…すみません」
「いいのよ、さあ!上がって!お代はあたしが出すから」
店の前で女将さんに呼び止められる。
なぜここまで自分を気にかけてくれるのかグレンには検討もつかなかった。
再び店に上がる、相変わらず盛況で店内は酒臭い。
「さて?何にするかい?」
「えーっと…それじゃあレッドドリンクの氷割りと野菜チップスで」
「あいよ」
好物のレッドドリンクに最安値の野菜チップスを注文した。食欲は無いが腹は鳴っている。体が栄養を欲しているのだ。
だからグレンはメニューの中で一番栄養価のある野菜チップスを頼んだ。本来、栄養のある料理の代表と言えば炭鉱レタスの野菜サラダなのだがそんな食材はこんなスラム街では手に入らない。
それに野菜チップスは基本揚げるだけの簡素な料理だ。いくらスラムの飯とも言えど不味くなる筈が無いのだ。
と、そうこうしている内に料理が運ばれてきた。
「はい!レッドドリンクの氷割りと野菜チップスだよ!」
先ずはレッドドリンクをイッキ飲み。キンキンに冷えた液体が身体中を駆け巡る。おもわず、プハァー!と音を立てる。
「なんだい、元気じゃないかい!良かった良かった」
元気そうにレッドドリンクを飲み干すグレンの姿を見て女将さんも安心した様子だ。
「おかわりはいかが?」
「お願いします」
二杯目のレッドドリンク。今度はイッキ飲みではなくチビチビと飲んでいく。
野菜チップスも頬張っていく、カリッと言う音が心地よい。バンイモにトリモモニンジン、東洋ゴーヤ。特にトリモモニンジンはその名の通り鳥腿の味でこれまた旨い。
そして極めつけは南東から伝わってきた香辛料。塩と絡めたその味付けは体の塩分を補給するには十分だった。
「ご馳走さまでした!」
やはり食事は元気の素、食べ終える頃にはすっかりと調子を整えていた。
「君、なかなか面白いじゃないか?」
「はい?」
「なんでも単身でゴルドマンズのアジトに潜りこんだそうじゃないか!?コールランド広しと言えどそんなクレイジーな野郎は君ぐらいだぜ!しかも君は今、生きている!」
「はあ?」
「あら?シリル、随分と彼の事を気に入っているのね?」
「当たり前だ、俺はこいつを評価してるんだぜ?」
やけにフレンドリーな奴だ、とグレンは心の底で関心しながら頷いた。
「あんた、せっかく生き延びたその命。この世界の為に使わないかい?」
「え?」
「あたしらは"反逆の機甲団"。まあ、自警団みたいなものよ」
「反逆の…機甲団…」
先ほどのフレンドリーさとはうってかわって真剣な眼差しでグレンを見つめてくる。
ロウは、タブーと呼ばれていた相棒は今どこで何をしてるのだろうか、と思いを馳せる。
もし、相棒が傷ついて泣いているのなら…そう考えたら夜も眠れなくなる。グレンは覚悟を決めた。
「俺にも…!ここで戦わせて下さい!」
「…」
グレンの腕を見定めるかのように亭主と女将はじっと見つめてくる。不思議とプレッシャーは感じられない。厳しくもどこか温かい、そんな感想だった。
「よく言った、我々は君を歓迎しよう!俺はこの酒場の亭主にして機甲団のリーダー。ロンメル・ローランだ、宜しく。」
亭主と握手をする。
「あたしはロンメル・リーズさ。宜しく」
「俺はシリル。いやあ、心強い仲間だなぁ!」
「本当は全国に400人の伏兵が居るんだけどね、まあその話は追々話していくことにしよう」
前までは堕落していたように見えた酒場の連中だったがなぜだか今では頼もしい戦士に見えてくる。色々と疑問は残るもののグレンのロウを取り戻す戦いはまだ始まったばかりである。




