第十七話 黄金腕
翌朝、ホテルの会計を済ませるとグレンはロウの待つ整備場へと向かっていた。
約束の時間まではまだ余裕があるので街をふらついていると商店街の入り口に宝石店があるのが見えた。
そう言えば退職金にルビーを貰ったんだったなと思い出す。試しに店内に入ると豪華な宝石達が出迎えていた。どうやら鑑定・買い取りも行っているようだ。一際目に付くのは「純銀買い取り求む」の看板。ここでは金よりも銀の方が遥かに価値が高い、金が採れて銀が採れないとはつくづく不思議な鉱山だ。
「はい、買い取りですね?」
気がつくと足を運んでいた。
「…」
無言でルビーを差し出す、確かに親方はこいつで食い繋げと言った。しかし本当にこれで良かったのか?そう思う間もなくグレンは考えるのを止めていた。
「鑑定しますね」
「…」
やはり無言、何か思うところがあるのかもしれない。店員が鑑定機にルビーをスキャンさせるとなにやら驚いたように目を見開いていた。
「これは…お客さん凄いですよ」
「え…?」
「5カラットにしてこの純度、少し傷汚れはありますがこれなら100,000cは下らない…!」
グレンには宝石の相場は分からないが100,000cという値段がとんでもない値段なのは知っていた。常人ならここですぐさま売り払ってしまうところなのだろうが彼は違った。
「やっぱり、やめます」
100,000cという価格を知った瞬間、グレンは思いとどまった。これには店員の男性も「ありえない!」というような表情をしていた。
「これは今は亡き親方がくれた形見のようなものなんです。やっぱり売り払う訳にはいきません、お手数おかけしてすみませんでした」
「ええ、そうですか。では…」
店員は「では」と続ける。商人としてここは引き下がる訳にもいかないようだ。
「では、大切な品物なのでしたら加工されていってはどうでしょうか?」
「加工?」
「はい、こちらではお客様が持ち寄った宝石をネックレスや指輪などのアクセサリーとして加工することも出来ます」
どうやら少し関心を持った様子のグレン。商魂逞しいその視線は熱い。
それを差し引いても宝石の加工とは…確かに売り払ってしまうよりも良い。確かに一理あるな、と考え直す。
「確かに、売り払ってしまうよりは良いが」
「ではお作りなさいますか?」
一覧表を渡されると一通り目を通した。
中でも目を引いたのが指輪への加工、これならば激しい動きをしても無くすことないだろう。
しかし5カラットでは規格が合わないのでは…?という心配もあったが問題はなさそうだ。
「はい、指輪ですね。3.5カラット分のルビーの加工でよろしいでしょうか?」
「残りは換金でお願いします」
ベースには金を、そして中央部にはルビー3.5カラット分をはめ込む構成に。
残りの1.5カラット分は現金に換金となった。30,000cの分のコールランド紙幣に手持ちの7,840cそして加工費に572c…総額37,268cとなる。ロウの修理費に残りの3,050cかかるとしても34,218c残る計算になる。ちなみに"c"という単位はこの大陸で流通している通貨の単位で正式名称はcain、だから略して"c"なのだ。
「では先に換金額の30,000をお渡ししておきます」
300枚のコールランド紙幣がずしりと手に乗る。重たい、しかしこれだけの大金…持ち歩くには些か不便だ。帰りに銀行でも寄ろうか?と考える。
「オプションでケースをお付けすることも出来ますがいかがなさいますか?」
そんなサービスもあるのか!?と驚く。
「それじゃあ、お願いします」
それから数分後、白銀に輝くアタッシュケースがレジの上に乗っかる。
一通りの会計を終えると完成した指輪を右腕の人差し指にはめ込んだ。キラリとルビーが赤く煌めく。
「これはなかなか良いな」
そう呟くと宝石店を後にした。
ちょっと寄ってみるつもりが思わぬ収入を得てしまった。商店街広場の時計塔を見るともう約束の時間だ。
急げ急げと整備場へと向かう。
中に入ると待ってました、と言わんばかりの整備士が。
「ああ、やっと来た!とにかくこいつを見てくれ!注文通りに出来たと思うぞ」
変に馴れ馴れしく接してくる彼。この違和感、最近にも感じた気がする。
が、今はそんなことよりもロウだ。にしても一晩で修理を終えるとはまるでゲイラーさんのようだ、と感じたグレン。ロウボット用の昇降機に乗って上がってきたのはロウ。
真紅の塗装は以前と変わらない輝きを放つ、しかし一つだけ変わった部分があった。
「この腕は…」
そう、以前のサイラスとの戦いで失ったはずの左腕。その腕は眩いばかりの黄金で構成されていた。
「これは本当に申し訳ない…。僕の技術不足だったばっかりに…」
「いや…これは…かっこいいじゃないですか!」
「は?」
グレンの趣味は分からないが新しいロウの姿は彼の趣味に合っていたようで喜んでいるようだ。
「うんうん、この黄金の左腕!まさに黄金腕と呼ぶべき姿だ!」
『マスター 二 気二入ッテモラエタナラ嬉シイデス』
久しぶりに明るい表情を見せる二人、とても人を殺したことのある人間だとは思えない。
だがこの二人はまだ知らなかった、軍というものがどんな修羅の道であるのかと言うことを…。




