腹黒王子は見逃さない
短めです。前半と後半で視点が変わります。 前半:マーニャ、後半:エドワード
私の名前はマーニャ。子爵家の三女で王宮侍女として働いているわ。
本当なら王族、希望としては王太子付になりたかったけど、全然近付けない。
きっと周りの男共を魅了してやまない私の美貌や、グラマラスな身体に嫉妬して意地悪をしているのね。ホント、困ったオバサン達だわ。
どうやったらエドワード様に近付けるかしら?
お側に寄れればきっと、私に靡くに違いないわ。
でも、王太子妃……王妃になりたい訳じゃない。
だって、公務や政務なんて面倒くさい。
それに子爵という地位だって低い。頑張って側室、妥協して愛妾だろう。
婚約者のガブリエラとは仲が良いような話も聞くが、あの無表情でスレンダーな身体では、エドワード様を満足させられないに違いない。
だったら、ガブリエラに別の男をあてがい、エドワード様と距離を取らせればいいんじゃないかしら。
そこに私が入り込み、甘やかして溺れさせれば落とせそうね。
一つの手としては面白いかもしれない。上手くガブリエラが他の男にうつつを抜かしてくれれば良いし、……穢して言う事を聞かせる事も出来る。
じゃあ、早速準備をしないと!
顔が良くて女ったらしと言えば……ルーカスかしらね。確か今は騎士見習だったはずだから、王宮や王都で偶然を装うのもできるわね。
……少し付き合ってた事もあるから分かるけど、顔の良さと女の扱いには問題無いから、まだ恋愛に慣れてない学生のガブリエラを落とすのに、そんなに時間も掛からないでしょう。
ルーカスをけしかけ早2週間。
今日の仕事も終わり、私室に戻る途中。
(……ルーカスから全然連絡が無いけど、もうそろそろ何かしらの経過報告が欲しいわね……)
そんな事を考えながら、私室のドアを開ける。
暗闇の中、不意にテーブルの上の蝋燭に火が灯る。
浮かび上がる、笑んだエドワードの顔。
「……っ!」
悲鳴を押し殺せたのは奇跡だと思う。
「やぁ、マーニャ。待っていたよ」
「王太子…殿下…」
腰を落とし、礼を取る。
「ああ、そんなに畏まらなくて良いよ」
「…そんな訳には…」
「いいから、顔を上げてよ」
「……はい…」
暗闇に慣れ、先程の顔だけ浮き上がって見えた状態からとは違う、椅子に足を組んで座るエドワードをどうにか確認できた。
「それにしても、面白い事を考えるのが居るものだね」
「……はい…?」
主語も無く話し始めたエドワードは、意図を理解できない顔をしたマーニャに視線を合わせる。
「仮にガブリエラに恋人が出来たとして、何故私が君を側室や愛妾に迎えなければならない?」
「――――!」
温度の全く感じられない、感情を削ぎ落した瞳に射竦められる。
頭から血の気が引く。体が震える。
「周りからチヤホヤされて、調子に乗り過ぎたのかな。……全部、バレているんだよ?」
瞳はそのままに、エドワードは顔だけ笑みを形作る。
「もっ…申し訳…っ」
「謝罪なんて要らない」
全て言う前に遮られる。
「謝罪なんて無意味だよ。……そんな事じゃ済まない事をした自覚……無い訳?」
「え……と…」
謝罪すら許されない程の罪とは何だろう?
血の気の引いたマーニャの頭がフル回転するが、部分が熱くなるのみで、答えが全く見つからない。
「……ガブリエラに、男を差し向ける」
「ひっ……」
笑みのまま怒気を含めたエドワードの声が、マーニャにぶつかる。
口から漏れる怯えは堪え切れない。
「それは……何があろうと許されない。特に……穢す事まで視野に入れてなら尚更」
「あ…あの……その…」
ガチガチと震えの止まらぬ口と身体は、意味のある言葉を紡げない。
「私にただ近付くだけなら、厳重注意でも良かった。……だけどね?ガブリエラを巻き込んだのは駄目だ。それは、許される事では無い」
「も…もうし…わけ…」
「だから、口だけの謝罪は要らないって。……身体で示してもらうから……君達の自慢の身体を使ってね」
つい、とエドワードが手を振った瞬間、マーニャは脇から音もなく現れた黒装束の男に拘束され、口を塞がれる。
「んー?!」
「静かに。……二人で駆け落ちした事にするから安心してね。家には貴族籍抜く様に言っておくし、後の事は心配しなくていいよ」
「んん?!」
「アレ……えーと、ルーカス、だっけ? 彼も一緒に、謝罪を身体で示して貰うから。……と言っても、彼はどの位持つか分からないかな。……ガブリエラに触れた手なんて……必要無かったからね」
「………!」
無邪気な顔で嗤うエドワードに息をのむ。
「ちゃんと、反省するんだよ。じゃあね…」
うっそりと微笑むエドワードの顔と声を聞きながら、マーニャは意識を手放した。
害虫の駆除を終え、部屋に戻ると、ガブリエラが王宮から下がる挨拶に来ていた所だった。
「殿下、どうかなさいました?」
顔を見るなり首を傾げこちらに問いかけるガブリエラ。
無表情とか言われてるみたいだけど、それは観察が足りないとしか言いようがない。それに、私の前では結構表情変えてくれるしね。可愛い。
「なぁに? ガブリエラ」
「……わたくしが聞いていますのに……嬉しそうなお顔でしたので、何か良い事でもあったのかと…」
更に笑みを深めて逆に問いかける。
ほんの少し眉を寄せ、ガブリエラは具体的な内容の問いかけに変えてくる。
「ああ、そうだね。最近煩かった虫を無事駆除出来たからかな。達成感ってヤツ?」
「それは良かったですわ」
上機嫌のまま部屋の中にガブリエラをエスコートする。
ソファに座らせ、私も右隣に収まる。
良かった、と微笑むガブリエラはやっぱり可愛い。
“虫”が私に取り入ろうとする女性、というのは気付いているだろうけど、多分学園での処理方法を元に、厳重注意か王宮から去らせる位にしか思ってないだろう。
きっと駆除の内容を知ってしまったら……いや、それは知らなくて良い事だ。
「ガブリエラも、最近つきまとい紛いがあったんでしょ?」
「ああ…色々な場所に現れる、騎士見習の方がいらっしゃいましたね。こちらは全く興味が無いのに、勘違いのナルシスト発言を繰り返されて、ポジティブさを尊敬しそうになりました」
「いやいや、それは、尊敬しちゃダメなヤツじゃない?」
「そうですか? でも、異動になったそうなので、もう会う事も無いでしょう」
「うん、会う必要無いね」
うんうん、と頷きながらある男を思い浮かべる。
確かに顔は良い方だが、軽薄さが表に出過ぎていて、ガブリエラの好みともかけ離れていた。無表情の中にうんざりさが表れていたらしい。
あの男がガブリエラの周りに出没してすぐに調査は開始したけど、10日もかかるとは……ちょっと時間をかけ過ぎだな。もう少し隠密も鍛えないと。
「ええ。異性に簡単に触れようとする方はいくら騎士といえど、信用できませんし」
「……触られたの…?」
ガブリエラに付けている者から報告を受けてはいたが、本人から聞くとやはり声が低くなる。
「身体ではなく……すり抜けようとした際に髪を少し……」
「……どこ…?」
「この左側の……本当に少しですよ?」
「でも、許されないなぁ……。じゃあ、消毒」
少し申し訳なさそうに、大した事は無いと言うガブリエラは、左側の髪を一房取り、こちらに見せる。
その髪をガブリエラの手ごと引き寄せ、キスをする。そのまま、手から腕、顔に向かってキスを続ける。
「でっ、でんか!」
「ん?」
少し焦った様に……照れた様に、ガブリエラが抗議の声を上げる。
掴まれていない右手で赤くなった顔を隠すようにしている。……隠せてないけど。
「そ…そこは…触られては…おりません」
「じゃあ、私以外が触らないように、おまじない?」
「そんなおまじない、聞いた事……」
「………ダメ…?」
「うぅ…」
下から覗き込む様に上目遣いで懇願すると、ガブリエラは言葉に詰まった。
ガブリエラが私のこの顔に弱いのは、もう知っているんだよね。
間違いなく心の中で『ズルい』とか思っている顔なのも分かるけど、微笑んで追い打ちをかける。
「……ね?……好きだよ、ガブリエラ…」
「エド様……」
ガブリエラの顔をガードしていた右手と、掴んだままの左手を両手で包み、指先にキスを落とす。
「ガブリエラに触っていいのは、私だけ、だからね」
「………はい……エド様以外は……嫌です」
赤い顔で、潤んだ瞳で、何て可愛い事を言ってくれるんだろう。
「……可愛い事を言ってくれるね。……止まらなくなるよ…」
「ダ……ダメ…ですぅ」
ぎゅうっと腕の中に抱き込み、ガブリエラの耳元に囁きを落とすと、腕の中から小さな声が聞こえてきた。
あぁもう、何なのこの可愛い生き物は。私はどれ程試されてるの?!
「ねぇ、まだ婚姻出来ないとか、ホント死にそう……」
ああ、心の声が漏れてしまっている。このまま押し倒して、思う存分貪りつくしたい。我慢だってもう限界に近いんだ。
頼むからもう一緒に住まわせて!!
エドワードより一言
「私に気付かれないように、ガブリエラに何かしようなんて百年早いよ」