表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〇〇な人  作者: 紡葉
8/8

節約のための自炊を諦めた人

室内熱中症にご注意ください。

 冷蔵庫開くたび、プレッシャーを感じる。正しく述べるならば、冷蔵庫の中で鎮座している食材たちが酸化し、腐敗の一途を辿っていくのをみると罪悪感を覚える。

 ならば食材を買わなくてはいいではないか、そんな声が聞こえてきそうだが、買った時は食べたいと思ったから買ったのだ。出来るだけ安そうな豆腐やベーコン、もやしなど。それでも消費されずに熟成しすぎているのは、夏だから。

 名月は夏が嫌いだ。とても嫌いだ。憎み、殺意を覚えている。昨今は記録的猛暑をたたき出し続けている。将来日本でも砂漠化は進み、四季はなくなり、死季で彩られるであろう未来がまざまざと脳裏に浮かぶ。

 癌で死ぬより、熱中症で死ぬ方がよっぽど身近に感じる。電気代を考える前にエアコンをつけるが、結局名月も未来の人間から見ると、地球温暖化を加速かせた人間として、加害者の1人になるのだ。申し訳ない。

 様々な罪悪感が芽生える夏になると食欲が減退し、多くと運搬業者は素麺を運ぶ。名月はもらったことはないが。ネギや大葉、茗荷や生姜をぶち込んで、ずるずると喉腰の良い素麺が恋しい。実家にいた頃をは食卓につけば食事が提供されていたが、今はそんなことはありえない。そのことを思い出すたび、敬虔な感謝を母に捧げる。

 食べたいものを食べたい時に買ったとしても、買ってすぐに調理をしなければ、その時の衝動はあっという間に鎮火してしまう。DO AS I WANT!……それができたら今こんな風にはなっていない。

 一人暮らしをしていても、一人分の料理を作るのは難しいし、食材は余る。食材を余らせないように大量生産しても、消費している過程で飽きる。調理して、食べて、後片付けをする。特に最後を怠ると、キッチンから部屋が徐々に荒れていく。

 部屋の荒れと精神状態はリンクしていると考える名月だが、もしからしたら規則正しい食生活のために時間やお金を投資できる人間こそ、精神状態は最良なのでは?と仮定をおきたい。しかし因果関係を逆にしているのでは?という疑問も浮かぶ。最良の精神状態を維持できているからこそ、QOLを高めることができるのでは。心にゆとりがなければ、行動はできないのではないだろうか。

 卵か鶏か、どちらが先にしても名月はそれらからは程遠い場所にいることに変わりはない。それでも慢性的に食事をするのは、もはや習慣である。出来合いのものを買えば、高くつくので未調理のものを購入するが、実際冷蔵庫の肥やしならぬ、腐海を生み出しているのならば、全く節約にはなっていないのではない。調理をしたとしても上記の理由で節約できているかも怪しい。

 出来合いのものはお金ではなく時間を節約している、というのは理解できるが、自炊とは本当にお金を節約できているだろうか。名月の場合、特に夏、それは不可能に近いことは、家計簿を見返しても実証済みである。

 食材を買うことは、調理すること、消費するという義務は発生する。しかしその義務に背いているからこそ名月は今罪悪感を感じているのだ。

 大学生のご身分で外食や出来合いのものばかり食べていることは烏滸がましい、という先入観があったが、むしろできないことを慢性的に継続することこそ烏滸がましいのではないか。苦手なことは克服して、できるようなればいいが、大学生にもなってそれができないのならば、苦手に無駄な時間を投資するより、罪悪感の感じない精神状態を維持することに時間とお金を投資したらいいのではないだろうか。

 そのようなことを悶々と考えていたある日、体感温度が40度と言われる中、郵便局に行き、その帰りにカフェに立ち寄った。雰囲気はいいが、カウンターは3人の従業員で密になり、動きにくそうに見える。開店したばかりなのだろう、回転率は悪そうだ。席は空いていそうだが、奥に入っていいのか尋ねると、待つよう言われた。

 待っている間に、その店のSNSを見てみるが、なるほど桃のパフェが限定のようだ。予約している人間に限り、桃のパフェは食べられるとのこと。それ以外なら普通に食事ができるのなら、朝から何も食べていない名月にはちょうどいいだろう。

 名月の前にいる人は、会計が済んでいるのか、これから食事をするのかわからないが、一眼レフを構えている。領収書や店内にレンズをむけ、くまなく撮影を続ける。今時は取材なのか、趣味なのか見分けがつかないが、SNSである程度の支持を集め、維持するにはそれなりの手間が必要なのだろう。

 かなり手間取っている従業員を眺めながら、メニュー表が欲しかった。電話対応をしたり、調理したり、案内したり。調理場と会計が一体化しているようで、身体をくねらせながら出たり入ったりしている。

 5分ほど待っただろうか、呼ばれたのでカウンターに行くと「ご予約はされていますか?」

 もちろんしていない。

「すいません、本日は満席でして、ご予約している人のみになります」

 そうですか。

 すぐさま踵を返し店を出て息をついた。夏はいけない。忍耐力が線香花火並みだ。ポトリといつ落ちるかわからない。待つように言った時、予約しているか否か、確認さえとってくれれば無駄に待つことはなかったのでは?そんなことを思わず吐き出しそうになったが、気が短くていけない。口に出していないだけで、ネズミ花火には点火されているのだろう、黙々と帰路についているといつものスーパーがある。

 火が燃える着るまでは何も考えずそのまま入店し、目に付くものをかたっぱしから籠に打ち込む。冷蔵庫の中にはモッツァレラチーズがあったはず。カプレッツェを作ろう。値段は気にせずトマトとバジル。

 ふと見渡せば梨と桃。先ほど見たSNSでは桃の入荷は未定だから、どちらにしてもあの店で桃のパフェを食べられることはなさそうだ。買おう。家には熟しまくったキウィはあった。フルーツまみれだが、いいだろう。今日はキウィを二つ食べよう。桃と梨は明日以降。ミックスサラダが30%OFF、うーん、賞味期限が大幅に切れたベーコンがあるから、それに使おう。

 なんとなく、漬物、ステーキ肉も放り込む。お、カルーアこの店で売っていたのか。賞味期限は忘れたが牛乳が一本あるから買ってしまう。ついでに炭酸水を買って、数日前に作ったレモネードでも飲もう。

 会計が済んだ時、ちょうど花火の火も消えたようだ。名月が最後に花火をしたのはいつだったか覚えてもいないが、衝動のまま食べたいものを食べよう。出来るだけ手間がないもの。切ったり、混ぜたりするだけ。洗い物はどうしても出るからこそ、簡単に食べられるものを。

 生きることが第一で、節約は二の次で。

 夏は名月にとって自転車操業の期間なのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ