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〇〇な人  作者: 紡葉
5/8

動画視聴中に初めて自分の疲れを自覚する人

夏バテしてる。

 倦怠感を覚えれば疲れたと認識する。言語化しにくい身体にまとわりつく粘り気を、多くの人は疲労と名付け、それらが無事に昇天してくれるように、疲れに対して貢ぐ。そう、あれは自分を甘やかしているわけでもなければ、自分のためにしていることでもないと思う。

 紛れもなく、疲労に対する厄介払いのための儀式である。けれど、それらは初めて自分が疲弊していることを認知して執り行える式典である。行動は認知から始まる。

 認知とはどのようなプロセスで成り立っているか、専門家ではない藤木は知る由もないけれど、異変が日常の中で浮き彫りになるから、認知できるのだと思う。水底まで見通せる湖の中でゴミを発見することは容易だ。それを取り除くことも。では、不法投棄されゴミが溢れかえり、腐臭という悪臭が漂うところでは?

 正常な認知ができないのは、正常ではない空間に慣れ親しんでしまったから。テリトリーの中の対象物に対して働きかけることは容易でも、テリトリーそのものに対して働きかけることはとても労力がかかる。慣れることのほうが、容易で、省エネ。

 テリトリーとは既存のルールだ。テリトリーに属することは無条件でルールに「同意」したことを示している。同意したからには絶対服従、異論があるならばここから出ていけ、と。

 本来テリトリーというのは属する人間によって、もっと柔軟に変化するべきものではないのか。それとも制限があるからこそ、可能範囲の最大を目指すのか。制限なき自由など、自由ではないとはいうけれど、その制限の正当性を一体誰が担保してくれるんだろう。

 デモを起こしたいとか、労働組合に相談するとか、できることはあるのかもしれない。小さく、ささやかなことすぎて、自分だけの想いのような気がして、自分の単なるわがままだと片づけて、保身の方が先立って、何もできないでずるずると沼地に足を取られ続けている。

 ゴミと汚水で満ちた湖に住む魚は、生きるためにゴミさえ食う。いや、ゴミを餌を認知する。消化できないゴミは胃袋をみたし、やがて満腹という餓死をするのだ。藤木が違和感という汚水を飲み込み続ける。耐えきれなくなったとき、藤木は魚と同じように水面に浮かび、腐敗するのだろうか。それは一体いつなのか。

 しなくてはいけないことがある気がするけれど、何をするべきかもよく分からず、何に対しても手をつけられない。空虚な時間に始めることといえば、藤木の場合、動画視聴である。手のひらでなんでもできる端末で、動画をぼんやりと眺めていると、藤木は気づけば同じような動画ばかり見ている。子どもとペットが戯れているやつ。

 言語の壁を取っ払って、意思疎通をし、動物が赤子を慈しみ、戯れ、毛皮に顔をうずめる。特に動物が初めて新生児と対面する瞬間は、藤木のお気に入りである。ヒトは自分と異なるものに対して、無条件の恐怖を抱き、迫害する。けれどこの動画の中ではただ興味関心と、無条件の愛情と、庇護欲のみで、まだ世界には尊いものがあるような気がするのだ。

 そんな動画を何本も見て、動画中毒かと自分を心配し始めたとき、ようやくふっと息が楽になったような気がする。藤木は回遊魚じゃなくて、水面に顔を出し、息継ぎができる人間なんだと思い出す。そうして周囲を見渡したとき、自分は疲れていたんだぁと実感するのだ。

 明日になればまた酸素ボンベを持って、湖に飛び込む。酸素ボンベが切れても、泳ぎ続けなくてはいけないかもしれない。けれど自分がいるところは水流が滞っている場所なんだと自覚しているだけ、ましな気がする。

 藤木は行動を起こせず、適応に甘んじて、本質的には保守的だ。もし自分の立場が改善したら、同じ足跡を踏む人に「自分もそうだったから」と苦労に同調し、汚水を飲ませ続ける人でなしだ。そして自己嫌悪に塗れたとき、また同じように動画を見る。

 おそらく藤木は子どもの純粋無垢さを求めているのではなく、他者のために無条件に愛情を注いだり、庇ったり、守ったりできる動物に憧憬を抱いているのだ。

 藤木はきっと、勇気が欲しい。


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