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〇〇な人  作者: 紡葉
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数学の問題を毎日する人

 義務教育を終えて幾年が過ぎたか、数えたくもない。毎日を無意味に浪費しているとも思わないが、有意義とも断言できない、そんな毎日が渡邉を構成していた。

 だからといって子どものことが最も幸せだったとか、価値があったとか、そういうわけではない。渡邉は懐古主義ではなく、どちらかというと刹那主義である。

 自分で稼げるようになり、自分でやりたいことをする。自分のやりたいことを、全て躊躇なく行えるわけではないけれど、責任も付き纏うけれど、でも抑圧された環境にいるわけでもない。

 だけども最近やたらとあの時のことを思い出すのは、「そんなこと勉強したかな」という自身の懐疑からである。決して不真面目な学生生活を送ったわけでもないのに、義務教育に習ったであろう学びと巡り合うと、解けないのだ。故に、強制されたわけではないけれど、生産性も見出せない、数学の問題をとき直している毎日である。

 言われたわけでも、誰かに知られたわけでもないけれど、他の誰でもない、渡邉が、渡邉の中の見栄が内側から金切り声を上げるのだ。


「学んだにも関わらず、できないのかこんな問題も」

「きちんと理解できていかったから、いざというとき使えないんじゃないのか」


 そんなことを言われても、頭に入れたとしても、使わなければ忘却される、それが世の常である。あの学びが今を生きる渡邉には活用されることのなかった知識出会ったことは否定できないと思う。


「忘却は、あの時の苦労や、時間を捨て去るようなものだ」


 できたものができなくなる、できないからできるようにする。確かに無駄が多い。できることをできるままにすること、これは一番いいだろう。だがそれだって、維持費がかかるのだ。維持するための労力がいるのだ。

 前者と後者、どちらがいいのかは論じれない。必要性のないものを削ぎ落として、他に時間を当てるか、自分の見栄に立ち向かって、その労力を浪費するか。今までは前者をとっていたが、今回は後者をとった。「できないことを忘れたい」これに尽きる。

 本音を言えば、この行為は非生産的なものだと思う。

 今まで前者を選んできたと言っても、それはなんとなく前者であったこともあるし、怠惰により前者になったことも、自主的にそうしたこともある。

 渡邉は活用されなかったゆえに、忘却された知識を惜しんでいるが、学び直したところで渡邉が活用できるか。活用する意義、意図、意欲を渡邉自身で発掘するのは難儀だ。

 義務教育から脱出しても、モラトリアムの延長上で遭遇するのは「活用のための必要性」ではなく、「教養としての必要性」であることは否めない。

 ゆえに渡邉は思う。また同じことを未来でも繰り返すだろう。今の行動を繰り返すならば、今やらなくてもいいんじゃないかと。

 でも人間は繰り返すものだ。今までも、今日も、これからも。過去から学ぼうとも思わない。未来のために投資をするのも先が見えない。今自分の満足のために行動を選び、いつか止めるのだろう。今までだって、きっとそうしてきた。


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