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段ボール箱

 自転車でゆっくりと、時には蛇行運転しながら梓の家へと向かっていく。帰り道にある散髪屋の時計は、二時五十六分を指していた。

 オレの五千円の自転車の籠には、梓がさっきもらったカリフォルニア・ポピーが乗せてある。

 そして背中には……疲れたせいか、オレの背中にすがるようにして眠る、梓がいる。落としたら大惨事になる。一瞬も気が抜けない状況が、そこにはあった。

 あと数分で梓の家に着くであろうと言う時に、自転車は石に(つまず)いてしまい、ガタッと言う音と共に、自転車はほんの一瞬、宙に浮いた。オレの顔は、ジェットコースターで急降下する時くらい青ざめていたことだろう。

 その後、オレはある異変に気付いた。二人乗りの最中に眠ってしまって力の入ってないはずの梓の腕が、さっきの反動で上手くオレの胴に縛りついている。

「あれ? 寝ているはずなのにな……」

 しだいに力の入ってないはずの腕に力が入りだし、梓の意識が戻ったのだとすぐに分かった。

「……くない……」

 梓の声だ。

「ごめんごめん。起こしちゃったな」

 多分、梓は寝ぼけながら喋っているのだと思った。

「もうすぐだからな。もうちょっと寝てても大丈夫だから」

「うん……」

 しだいに梓の家の近くのあの銀杏の公園が見えてきた。

「ほら、あそこに公園あるから。もうちょっとだからな」

 遠くの方でバイクが走っている。その爆音は静かな住宅街を激しく走り抜ける。

「あのさ……」

 梓が何か言ったのは分かったが、バイクの爆音のせいで、何を言ったのかは全く分からなかった。

「ん? どした?」

「やっぱなんでもない……」

「そっか……」

 なんとなく聞かない方がいい気がして、軽く下唇を噛むようにして聞くのをやめておいた。沈黙が続いてしまうのは分かっていたが、梓の家が徐々に見えてきたので、そこは我慢する事にした。相変わらず梓はオレの背中に抱きついてるし、籠の中にはカリフォルニア・ポピーの鉢が揺れでカタカタ言っている。梓の家の向かい側にある本屋は、梓の家の光で、シャッターが怪しく照らされている。


 ――やっと着いた。

「よし着いた〜」

「なんか色々とわがまま言ってごめんね。あ、これ……ありがとね!」

 梓が羽織っていた学ランをオレに返してくれた。

「いやいや、いいよいいよ。早くカギあけて寝ないと、明日起きれんよ!」

 ちょっとふざけぎみに言うと、梓はハッとした表情で呟いた。

「あっ、カギもってなかったな……」

 梓はポケットの中を何度も確認しながら、ベルを押した。家の明かりはとっくに消えて、静まりかえっている。こんな時間に帰ってきても誰も出ないと思ったが、しばらくすると玄関の明かりがつき、中からは梓の母さんが出てきた。

「遅すぎっ! どこ行ってたの! 心配したんだから! 明日卒業式だよ!?」

 梓の母さんは、心配と安心を合わせたような言い方で叱った。

「ごめんなさい……」

「メールとか電話とかしたのに、なんで出ないの?」

「えっ……あ、ホントだ。ごめん。切ってたみたい……」

「本当にもう……まぁ、生きてて良かったわ。今1人で帰ってきたの?」

「いや、潤に送ってもらったんだ」

 そう言うと、梓は横にいるオレを指差して言った。

「そうなの! それなら安心だったわ。……潤くん、ありがとうね!」

 あまりにも梓の母さんが安堵していたので、ちょっと誇らしげに言った。

「いえいえ。ただ一緒にいただけで何もしてないですから」

 ちょっとニヤけながら梓と梓のお母さんによる会話を聞いていると、なんだか分からないが、さっき駅前に行くときに梓の家に寄った時と何かが変わっているのを感じた。それがなんだったか思い出していると、梓のお母さんが左手にガムテープを持っているのに気付いた。

 ……あれ? なんでガムテープなんか持ってるんだろ。

 色々考えながら、梓のお母さんの顔の横から玄関先を見てみる。それで異変に気付いた。玄関の奥には、段ボール箱が大量に積み上げられていたのだ。

「あの、その段ボール箱は……」

「あぁこれ? これね、実は――」

 その時、梓が間髪入れずに話に割り込んできた。

「あ〜あ〜え〜あのさぁ、そろそろ寝ないと! ねっ! ねっ! お母さん!」

 梓は大袈裟に言いながら家の中に入っていった。梓のお母さんとオレは、ただただポカーンとして、立ちすくんだ。

「えっ、あっ、あぁそうだな。それじゃあ……そろそろ帰ります」

 オレはちょっと空気を読んで、変な空気を振り払った。

「あっ、じゃあ……潤くんは、お母さんによろしく言っておいてね!」

「あっ、はい。それじゃあ……おやすみなさい」

「おやすみなさ〜い」

 扉が静かに閉まった。今置かれた状況にしっくりこなかったが、もう帰ることしか選択肢がないため、ひとまず自転車に乗って帰ることにした。 門の前で止められている自転車に、ぼ〜っとしながら股がると、目の前にオレンジ色が広がった。表札の明かりで照らされた、カリフォルニア・ポピーだ。梓を家に返すことに集中していて忘れてた。

「ちょっとこれ、早く返さないと!」

 急いで梓の家のベルを押した。

 ――ピンポ〜ン

 静寂の住宅街に、またも単純な音色が響き渡る。

「はいはい? あれっ……潤じゃん! 帰ったんじゃなかったの?」

「梓、これ忘れてる」 

 オレは自転車の籠にずっと乗っていたカリフォルニア・ポピーの鉢を、わざと強調するように差し出した。

「あっ、ごめんごめん。すっかり忘れてたよ。でも今からお風呂なんだよね……」

「じゃあ……玄関の横に置いておくよ」

 オレがその鉢を玄関の横に置こうと腰を(かが)めたその時。

「あっ、ちょっと待って! それ……潤にあげるよ。ほら、潤のお母さんが庭にたくさん花育ててるじゃん! その中に入れてあげてよ!」

「いや、でも……」

「いいからいいから! それに……持っててもらいたいから」

 持っててもらいたい? どう言う事だ? 

「……なんで?」

 しかし梓は何かを言うのを躊躇ためらってから、急に話題を変えた。

「カリフォルニア・ポピーの花言葉って…知ってる?」

 知ってる。オレはあの時、盗み聞きしてたから全部知ってる。オレはほんの数時間前に公園であった出来事を思い出した。大が梓にその花の鉢を渡して……あれ? 花言葉って、何だったかな……不思議な事に、花言葉だけは、思い出せなかった。

「えっ……知らんけど」

 本当は知ってるんだよ。知ってるけど、ちょっと思い出せないだけなんだ。

「カリフォルニア・ポピーの花言葉は、『私の願いを叶えて』。私には、秘密の願い事があるの。それをあなたに叶えてもらいたいなぁ〜って」

「秘密の願い事?」

 また梓の意味深な発言が増えた。秘密って言われると、逆に気になるんだよなぁ。

「そう。秘密の願い事。あっ、教えてって言っても教えないからね。何せ秘密なんだから」

 ……梓と一緒にいると、聞きたいことが尽きないなぁ〜。オレは秘密の願い事を聞かせて欲しかったが、何も聞き返さなかった。と言うより、聞き返せなかった。

「そっか。じゃあまた明日な!」

「……うん。おやすみ」

 オレは梓と軽い挨拶をして、今度こそ家に帰ることにした。深夜徘徊なんてあんまりしたことないから、一気に眠気が襲ってきた。ゴミ捨て場を通りすぎようとしながら、ここで寝てしまうのを想像してみる。ゴミ収集車に弾かれて、きっと死んでしまうだろう。オレは眠気を我慢しながら、今度はわざとだった先ほどの蛇行運転なんかじゃなく、本当にフラフラしている脚で必死に自転車をこいで、家まで帰った。とは言っても、梓の家とオレの家は複雑な隣通しで、梓の家から伸びている道路をまっすぐ行って、突き当たりを左に曲がり、さらにカーブを緩やかに曲がると、そこはもうオレの家なのだ。ポケットの中から鍵を取りだし、まず門を開けた。ギギギギギギと錆びた鉄が擦れ合う嫌な音が静寂に響く。……そう言えば梓の家はそんな音がしなかったな〜。きっと新しい音が出ないやつに取り替えたんだろう。そんなどうでもいいようなことを考えながら玄関前まで進み、立ち止まって1つ深呼吸をした。

 ――ここで見つかれば確実に怒られる。

 そう思って、オレは正面のドアから横に回って、縁側と正面ドアの真ん中にある壁を、そこにある太いパイプをつたって、一気に駆け登った。この太いパイプのちょうど上にはオレの部屋の窓があり、窓は、いざとなった時のために、ちょっとガタガタ揺らせば鍵が開くように緩めておいたのだ。小さい頃からこのパイプを登って遊ぶのが好きだったので、今日もすんなりと登ることが出来た。 オレはそれこそ忍者のようにスルスルと駆け登った。ふと上を見ると、部屋の中から妙なオーラを出している人影が見えたような気がした。

 ――まさか……ねぇ。

 悪い予感がしたが、半分とちょっとすぎまで来たのに降りるのはなんだかもったいなくて、登りきることにした。すると、人影のようなものの方から、怪しげな声がしてきた。


「じゅ〜ん〜くん、こんな時間にどうしたの?」


 悪い予感は的中したらしい。人影をよく見ると、それはオレの母さんだった。母さんはニヤニヤと怒りが混ざったような顔をして言っていた。

「えっ、あぁ……ちょっと……ね」

 オレは身体中から血の気が引いていくのが分かった。 その後、オレは怒られる覚悟で自分の部屋まで登りきった。

 部屋に入ると、そこはまるで、ファンタジーで言う、最終ボスの部屋みたいに静まりかえっていた。かけっぱなしだったラジオからは、この場の雰囲気を乱すような明るい音楽が流れている。オレの母さんはそれを乱暴に消すと、部屋の中央で、本当に最終ボスみたいに腕組みして仁王立ちした。


 お母さん、レベル、九九九。


 攻撃力 九九九九

 守備力 九九九九

 俊敏さ 九九九九

 魔 力 九九九九

 権 力 九九九九


 ……勝ち目なんてないや。

 オレは窓際のベッドを飛び越え、すぐそこの床に正座した。


「あんた、どこほっつき歩いてたの!」

「あんた、今何時だと思ってんの!」

 ドラマか何かで聞き覚えのある台詞(セリフ)が、最終ボス……いや、オレの母さんの口から次々と溢れ出てくる。

「明日が卒業式だってのに、全く……」

「いや、もう今日が卒業式の日だよ」

「余計な事を、言わんでよろしい!」

 とうとう母さんからげんこつと言う名の隕石が落っこちてきた。

「まぁ……もうあと何時間かしたら朝だから、早く着替えて寝なさい」

 母さんが部屋から出たのを確認すると、オレはちょっと小さめの声でぶつぶつ(つぶや)いた。

「はいはい、おやすみ〜」


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