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夜中の散歩

 オレはなんとなく目線をどこに移したらいいのか分からなくて、さっきまでラジオを聴いていた携帯電話を取りだした。さっきラジオを聴いたせいで、残りの電池残量が三分の一しか残ってなかった。と、その横に表示されている時計を見て、オレはテストが0点だった時のような感じで、少し焦った。二時三十六分になっていた。

……ヤバッ! 梓を家に帰さんと! なんか怪しまれたりしたら困るし! 

 オレは希望に満ちている梓に向かって、「さぁお嬢様、そろそろお帰りの時間でございますですよ」と、わざとらしく貴族風の言葉で言うと、ノリがいい梓らしく、差し出しているオレの左手に、右手をちょこんと乗せて、立ち上がった。 オレと梓は夜中で誰もいないからと言うことで、貴族ごっこを続けつつも、オレの自転車があるところまで歩いた。梓のちょこんとせた小さな手は、なんだか温かくて、よく分からない安心感があった。

「ほれ。寒いだろ?」

 オレはさっきまで着ていた学ランを脱ぐと、梓の肩にかけた。 

「……!!」

 ちょっと急すぎたかな? 不器用な性格を軽く恨んだ。

「あ、ありがと……でも、そしたら潤が寒いんじゃ……」

「オレは大丈夫だから。さっきまで自転車こいでたから、実はずっと暑くてさ」

 オレが袖をまくって、暑い暑いと過剰なジェスチャーをしてみせると、微笑んでくれた。それが妙に嬉しかった。

「じゃあ……着させてもらうね。ありがと。ところでさ、ちょっと寄りたいところがあるんだけど……」

 こんな夜中にまだどこか行く気か、と思ったが、よく犬がCMでウルウルした可愛らしい目付きをしているような目をしながら梓がオレを見つめてくるので、(と言うか、あくびによって出来た涙目で説得しているので)不覚にもドキッとしてしまい、全てを風にゆだねることにした。

「まぁ、乗って」

 オレは自転車の荷台に梓を乗っけて、ペダルを踏んだ。

……くっ! けっこう辛いなぁ。

 実はオレ、二人乗りをした経験がない。正しく言うと、乗せる相手がいなかったのだ。ドラマとかで軽く二人乗りやってる姿を見て、オレも普通に二人乗りが出来るのだと思っていた。オレはかなり遅いスピードで、フラフラしながら蛇行運転を続けるしかなかった。

「大丈夫?」

「…んだぁいじょぉぶ〜!」

 心配そうな声が後ろから聞こえたので、オレは強気な発言をして、なんとかカッコ悪いのを隠そうと頑張った。……今のオレ、すごくカッコ悪いな。しかし、しばらく自転車をこいでいると、だんだん慣れてきて、安定して走れるようになっていた。

「ねぇ、潤〜?」

「ん? 何?」

「さっきから気になってたんだけどさ、どこに向かってんの?」

「えっ……梓の家の方向だけど」

「じゃあ、次の次の角を右に曲がってくれない?」

 右に行くと寂れた商店街の先に、大通りが広がり、駅に繋がる。

 左に行くと、オレの家の隣に、梓の家がある。

「あ、いいけど……どこに行くん?」

「……へへ。秘密だよ」

……どこ行くんだろ。

 オレは梓のしたい事が全く理解出来なくて、ただただ梓の言う通りに進んでいくだけだった。

「あとさぁ……」

「ん〜?」

「なんでいきなり呼び捨てに変わったの〜?」

「あっ、気付いた?」

「あっ、気付いた? じゃないよ。えっ、どうして?」

「どうしてって、梓が呼び捨てでオレの事を呼んだから……かな」

「え、したっけ?」

「したよ! ほら、何時間か前に、部室の上から星を眺めたじゃん!? その時!」

 オレは今でもしっかりと思い出せる。春の大三角形を見ながら語り合ってる時、妙な違和感が確かにあった。それが、梓が初めてオレに向かってした、“呼び捨て”だったんだ。

「嘘〜! ……無意識だったなぁ」

……なんだ、わざとじゃあなかったのか。ちょっと期待したオレが馬鹿だった。


 そのまま真っ直ぐ進むと、寂れた商店街が見えてきた。この商店街は美味しいコロッケ屋さんがあったのだが、不況で店を閉めてしまったのが今から五年前、中学生になりたての時だった。閉店にギリギリなるかならないかの時、おつかいでオレが買った「カニクリームコロッケ」がその店で最後に売れた商品だったと、その店のおばちゃんから聞いた。そこのおばちゃんは地元の名物おばちゃんで、昔から、『コロッケ姉さん』と呼ばれたりしていて、世代が変わる毎に、『コロッケママさん』『コロッケおばちゃん』に変わっていくほど人気があった。

 この商店街で今も“商店”として成り立っているのは、一番奥のラーメン屋と、その向かいにある新しいCDショップだけとなってしまっている。

 あのコロッケ屋さんには、もう一つ思い出がある。オレのはじめてのおつかいが、あのコロッケ屋さんだったのだ。五才の時、近所でおつかいをテーマしたテレビ番組の撮影があり、オレの母さんは、それに便乗するかのように、オレにいきなりおつかいを頼んだのだった。


――オレは、自転車をこぎながら、当時の懐かしい光景を思い出した。

 当時の大好物があのコロッケ屋さんのカニクリームコロッケで、よくお母さんと手を繋ぎながら買いに行っていた。その頃ちょうど梓がはじめてのおつかいを済ませており、いつも一人で平気な顔をして買い物に行っていたりしていたのが、なんとなく羨ましかった。そこで、それに気付いていたのか、オレの母さんは、はじめてのおつかい場所をあのコロッケ屋さんに決めたのだろうと、今になってやっと気付いた。

 オレは当時、とりあえず勢いよく家を飛び出したのだが、少しすると、一人ぼっちが怖かったのか、行く時と中身が変わっていない財布を手に、すぐに家に帰ってきて玄関に座り込んでいたらしい。それでもオレの母さんは無理やりオレを追い出し、なんとかおつかいをさせようとしたらしい。しかし、そこまでしてもオレはすぐに家に帰ってきて、玄関に座り込む。

 そこに現れたのが、梓だった。オレの母さんは、梓に事情を簡単に説明し、「一緒に行ってあげてくれない?」の一言に、梓がいい返事をしたと言うことで、梓のお母さんと電話で連絡をとって承諾を得たあと、オレと梓の二人の背中を押し出すようにおつかいに出した。

 しばらく二人で歩くと、また『帰りたい症』が発症し、オレは家に向かって走り出した。

 「やっぱり行けないよ〜」

 申し訳ないのは分かっていたが、「たかが幼稚園に通っているオレには、まだ早かったんだ」と理由をつけておつかいを諦めた。

 その時、走り出すために大きく振った左腕を、誰かに掴まれた。オレの左腕と自分自身の体の進行方向がちょうど反比例して、オレは無理やり引き戻された。

「痛ってぇなぁ……」

 オレは目線の先を、左腕を引っ張った犯人の腕から徐々に上に登らせていき、顔に到達した時、そこには梓の顔があった。梓はオレと目が合うと、不気味な笑顔を作って見せた。

「ほら、潤くん行くよ!」

 オレはその後も何度か帰ろうとしたが、梓に阻まれた。

 何度も引っ張られた腕は、痛みが限界に達していて、次に引っ張られたら、多分抜けるだろうとさえ思うくらいだった。その頃のオレはただの細い少年だったため、男の子よりも先に成長期が訪れる女の子の前では屈するしかなく、ただただブスッとして悔しい気持ちを抑えるしかなかった。さらに追い討ちをかけるように、周囲の人間がオレら二人を見て「頑張ってね!」とか応援してくるから、もう逃げることは出来なかった。

 コロッケ屋さんが見えてきた。黄色い看板に、昭和初期チックな文字で『昔ながらのコロッケ』と書かれている。梓は、ブスッとしているオレを引っ張るようにして歩いている。

「もうちょっとだからね! もうちょっとで着くからね!」

「……は〜い」

「ほらもっと元気出して! いつまでもブスッとしてるんじゃないの!」

「……は〜い」

「んもぉ〜……」

 お母さんみたいな振る舞いをする梓に、周囲の人間は感心の意を示し、オレはますますブスーッとなった。

 それから5分くらい歩くと、目の前に様々なコロッケが並ぶ店頭に着いた。辺りには、香ばしい美味しそうなコロッケの匂いが漂っている。その匂いの奥では、まだ若いコロッケが油の中で弾けるような音をたてている。その時、オレら二人の気配を察したのか、看板娘のコロッケおばちゃんがゆっくりと歩み寄ってきた。

「いらっしゃ〜い……あ、梓ちゃんじゃない! おつかい? 偉いねぇ〜」

 梓はまたもお母さんのようなしっかり者の振る舞いを見せた。

「今日はねぇ、うちの隣に住んでる神崎潤くんのねぇ、初めてのねぇ、おつかいでねぇ、それでねぇ、ついて来てあげたの。偉い〜?」

 梓が自分の歯を全ておばちゃんに見せるように、一生懸命な笑顔をした。

「うんうん。偉いよ〜」

 コロッケおばちゃんも負けずに笑顔を作る。

「えへへ〜」

「ところで、今日は何を買いに来たんだい?」

 コロッケおばちゃんの顔がにゅぅっとオレの方に向いた。  

「……えっ、ぁ〜カニクリームコロッケ下さい」

「いくつ買う?」

 オレは小さな右手でピースサインを作った。が、なぜかすぐに薬指が起き上がってきた。

「みっちゅ!」

 オレはコロッケおばちゃんから出来立てのカニクリームコロッケを入れた買い物袋をもらって、母さんから渡されていたお金を差し出した。それを受け取ったコロッケおばちゃんは、慣れた手つきでおつりを用意して、オレに丁寧に渡した。

「はい、おつりね。ありがとうねぇ〜」

 オレは達成感と充実感とコロッケのいい匂いで、不意に笑みがこぼれた。

「さぁ、帰りましょ!」

 オレは強引に梓に引っ張られながら、来た道を忠実に歩いた。しかしこの年頃の男の子は冒険好きな本能が一番働きやすく、オレは寄り道したくてウズウズしていた。

「ねぇ梓ちゃん、ちょっと寄り道せん?」

 オレのその一言で、オレと梓はちょっと道を外れ、銀杏の木の横に岩がある、いつもの公園に行く事になった。その頃は一面銀杏の実が落ちていて、木枯らしが吹き、ちょっと肌寒かった。オレは岩にぴょんと飛び乗り、同じように梓も飛び乗るようにして座った。大きな岩だが、小さな二人が座るにはちょうどいいベンチだった。

「ん。これ」

 オレは三つ買ったコロッケの内、一つを梓に渡した。

「えっ、いいの?」

「うん。いいよ!」

「これ実は好きなやつなんだ〜ありがとうね!」

「いいえ〜」

 オレは残り二つの内一つをとって、かじるようにしながらコロッケを食べた。

 ほくほくとした食感と、立ち上ってくる湯気が、なんだか温かった。



――「ちょっと、前っ! 前っ!!」


 聞き慣れた梓の声で、思い出の世界から急に現実の世界に戻された。ぼ〜っとしていた目を無理やり見開くと、目の前にはヤクザが乗るようなド派手なトラックが行く手を塞いでいた。

「ヤバッ!」

 トラックに触れるギリギリのところで右に急カーブし、間一髪逃れた。

「危な〜どしたの? ぼ〜っとして」

「いや、なんでもない。なんでもない。大丈夫だから」

 ジェットコースターに乗ったときくらいのハラハラドキドキ感を味わったオレと梓は、目の前のCD屋さんを通りすぎようとした。

「あ〜ちょっとそこで! そこで止まって!」

 オレはさっきの急カーブの時の心臓状態のまま急ブレーキをかける。

「ちょ、ちょっと! ちょっと! オレを殺す気!?」

「ゴメンゴメン。ちょっと買いたいCDがあるからさ」

 この店は二十四時間営業のCD屋さんなんだが、こんな寂れた商店街で二十四時間営業して果たして利益があるのかどうかは分からない。だが、少なくとも卒業式前夜に深夜徘徊するオレらみたいな人達には絶好の溜まり場となっている。今時の悪はコンビニで集団でたむろしては近所の人達の恐怖の的になっているが、それと同じ現象が目の前で広がっている。

「不良いるね……どうしよ……」

「……ちょっとオレ行ってくるわ」

 オレは店から数メートルの所に自転車を置いた。

「え、大丈夫?」

「大丈夫だって! そこで見てて!」

 オレは恐る恐る店の前まで進んだが、不良に絡まれると思うと、どうしてもそれ以上前に進めなかった。その時、絡まれないかと、ずっと見ていたせいか、不良と目が合ってしまった。

「ん? 何?」

「いや……ちょっとこのCD屋に用事が……」

「ぁあ? どけってこと?」

「いや、そんなんじゃなくて……すいませんでした!」

 オレは何にも出来ずに、側で見ていた梓の所に戻るしかなかった。

「ごめん……やっぱり今日は……やめとこう。ねっ!」

「うん……」

 その時の梓は、なんだか凄く残念そうな顔を見せた。

「大丈夫だって! 今日じゃなくてもさ、また買いに来ればいいじゃん!」

 焦りながら必死に声をかけたが、梓から意外な言葉がかえってきた。

「……今日しかないから」

……今日しかない? だって、梓の家からは近いはずなのに。

「え、なんで?」

 梓は、やってしまった! という表情で答えてくれた。

「あ、いや、なんでもない! なんでもないよ〜!!」

 また梓は無理矢理明るい顔を作った。

「さっ、帰ろう帰ろう!」

 そう言うと梓はオレの自転車の後ろに股がった。

 あの言葉が妙に気になっていたオレだが、なんとなくあえて深くは探らなかった。

「分かった分かった! んじゃ帰るか〜」

 あまりにも急に態度が変化したため、微妙に見える範囲にいる不良が、こちらを見ながら驚いているのが分かった。そんな不良を背に、オレはまた重いペダルに足をかけた。

「く、くぅ〜〜」

「……大丈夫?」

 フラフラしながら、梓の家までなんとか送るために、必死にペダルをこぎだした。


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