気まぐれラジオ
――『塩谷美咲の気まぐれライブ中継!!』は、夜の十時半すぎをお知らせします。
……十時半“すぎ”って。きっと十時半は気が向かなかったんだな。さすが天下の『塩谷美咲の気まぐれライブ中継!!』だ。気まぐれだ。
オレはあのあと、梓と一緒に帰るふりをして、門の前でお互い別れた。そのあと家に帰ったオレは、自分の部屋の窓から見える、隣の上岡家の門を、ラジオを聴きながらず〜っと見ている。帰るフリをして実はこっそり梓をつけようと思ったが、やめた。梓は多分、オレが尾行するだろうと確信しているだろう。幼なじみだ。そのくらい見抜かれたって不思議ではない。だが、まさかこんな遠くの家までわざわざ帰っているだろうとは思うまい。梓と大は、一度はっきり別れた仲だ。しかも梓の方からフっている。こんなに遅い時間だし、すぐに話をつけてくる事だろうと思ったからだった。
ここでとりあえず『塩谷美咲の気まぐれライブ中継!!』について話しておこうか。このラジオ番組をなめてもらっちゃぁ困るんだなぁ〜。このラジオが何故気まぐれなのかと言うと、深夜に活動している路上アーティストを塩谷さんみずから足を運んでラジオで放送すると言う、めちゃくちゃな番組なのである。たまにどこの路上にもアーティストがいない時があるので、そんな時は他局に頼み込んで繋いでもらうらしい。そんなラジオ番組だが、実はこれが梓と一緒に聞いた初めてのラジオだった。
それは今年の十月に行われた、修学旅行に遡る。
――暇で暇でどうしようもなく暇で仕方ない修学旅行二日目の夜。
オレは梓とメールをしていた。見つからないように、布団にくるまりながら。同じ部屋の三人の男子による、『第1回好きな人について語る会』に入りきれずにいたオレは、楽しそうにコソコソ話すやつらを横に、梓となんでもない話をして夜を過ごしていた。
「で、お前は誰が好きなんだよ」
坂木が向かい側の高橋に尋ねた。
「いや、その……坂木が教えてくれるなら……教えようか」
「はっ、ずるいし。教えろや〜」
「じゃぁ坂木から教えて」
「えっ……オレはその…………だよ」
「あっ?聞こえな〜い」
「くっ……西岡薺だっつってんだろ!!」
「えっ……それ……まじ?」
「……まじだよ。さあ、教えてくれなきゃね」
「げっ……やっぱ聞くんじゃ無かった」
「えっ?聞こえな〜い」
「……オレは……井藤……だよ」
「嘘だろ? あれか? あの井藤か?」
「なんか文句あんのかよ!」
「別に〜……潤、お前は?」
突然ふられたオレは、突拍子に思わず思い浮かんだ女子の名前を言ってしまった。
「えっ……上岡かな。……って、いや、やっぱ無しにして。今の。えっと……」
それに過剰に反応した坂木と高橋は、目を合わせてニヤけた。
「上岡かぁ〜。……良い事聞いた!」
「いや、今のはオレのミスだから。わりいわりい。本当はそんな好きな人なんていないから。気にせんで。な?」
「良い事聞いたなぁ〜。潤は上岡かぁ〜。いや、良い事を聞いた」
なにやら、高橋がノートみたいな物にメモっているらしい。その存在が『修学旅行のしおり』だと分かった時、既に高橋も坂木も眠りについていた。
「やれやれ、悪い方向に向かわなければいいけど」
再び携帯に目を向ける。もう既に梓ちゃんから返信が届いており、オレは急いでメールを打った。
「ごめんごめん。ちょっと寝そうになってて」
本当は目が冴えているのだが。
「そっか。そろそろ寝る?」
「うん。もう寝ようかな。梓ちゃんも寝るん?」
「いや、ちょっと今からラジオ聴いて寝ようかと思って」
「えっ、ラジオ? へぇ〜なんか意外だな」
「そう? 面白いよ。クラシックとか聴いて寝たらよく眠れるし」
「へぇ〜聴いてみようかな」
「潤くんがクラシック……似合わない」
「うるさいなぁ〜。オレも聴いてみよっ」
携帯のラジオ機能を使って、聴いて見る事にした。周波数を合わせて、イヤホンを耳にはめて、音量を調節し、クリアな音でクラシックを聴いてみた。
……分からん。全く分からん。
オレは別のラジオ番組に切り替えた。
『――……いや〜今の曲、良かったですね。なんか……どっきゅんてしましたね。どっきゅんて。えぇ。さてさて次のゲストは、巷ではあまり話題ではないですが……あ、失礼でしたかね。はい、失礼しました。KAIさんに来ていただいております。――』
……わ〜、なんか、テキトーだな〜。
しかしさっきのクラシックよりはマシかと思い、そのまま聴いて見る事にした。
『と言う事で、今日はこのへんで! シィーユーネクストターイム! バイバーイ!』
終わってみると、なかなか面白かった。ゲストのKAIさんの曲も良かったし、このまま番組ごとCDにしたいくらい面白かった。これは、梓ちゃんに報告するしかないな。
「クラシックは全然面白くなかったけど、他に面白いラジオ番組みつけたぜ!」
すると、すぐさまメールが返ってきた。
「やっぱ似合わなかったのね。で、なんて番組?」
そう言えば、全く番組名を聞いてなかったな。とりあえず適当に返す。
「え〜っと……なんだっけ?」
「……だめじゃん」
その後ちゃんと調べて、『塩谷美咲の気まぐれライブ中継!!』だと言う事が分かった。梓にも教えて、それから聴き続けるようになっていった。学校でもお互いこの番組の話題で盛り上がったりした。