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春の大三角形

 部室に近づくに連れて、バカ騒ぎしているクラスメイトとは対称的に、涼しげな静けさが漂っていた。部室の金属の階段を上ると、ちょうど山の向こうの空港が見えた。

 今どきのクネクネした字で『☆男テニ☆』と書かれた部室の前で、オレと梓ちゃんは必死になって春の大三角形を探すことにした。

「オレこっち探すから。梓ちゃんそっちね」

「はいは〜い。……あっ、もしかしてあれかなぁ?」

 背中越しに梓ちゃんの元気な声が飛んできた。

「えっ? もう見つかったのかよ。早いなぁ〜」

 オレが振り向くと同時に、梓ちゃんが短めのポニーテールをゆらしてこっちを向いた。梓ちゃんが指差していたのは、間違いなく東の夜空だった。その指先をず〜〜っと辿っていくと、そこには紛れもなく他の星より圧倒的に明るい、三角形があった。

「うわっ、すげぇ! さすが梓ちゃんだな」

「へへ〜昔から間違い探しは得意だったからね」

 梓ちゃんにいい笑顔が戻っていた。頬杖をついた梓ちゃんは、なかなか可愛く見えた。

 オレは、部室の前の細い廊下に立ててある手すりに、梓ちゃんと同じように頬杖をついた。 春の大三角形を見て感動している梓ちゃんを横に、オレは少し満たされた気分になった。

「梓ちゃん」

「ん?」

「梓ちゃんって普段さぁ、星とか見ることあるの?」

「ん〜たまにあるよ! 窓越しにココア飲みながら見つめてる。……潤は?」

 ……えっ? 今……潤って言った? えっ、呼び捨て? なんか妙に嬉しいな。

 オレはお返しと言わんばかりに、呼び捨てをしてみた。

「ん〜……無いかな。まともに見たのは……ぇ〜まともに見たのは……あ、梓も行ったと思うけど、小学校の時の遠足でプラネタリウム行ったじゃん? あれ以来見てないかもなぁ〜」

「それ、本物じゃないじゃん! ……まぁたまには星とか見てたら気持ちが落ちつくから、悩んだ時とかは星を眺めるといいよ」

「そうなん? へぇ〜! いい事聞いたな。早速悩んだらやってみるよ。……めったに悩まないけど」

 あれっ? 全然気付いてくれない……まぁ、さりげなく変えたもんな。気付くはずないか。どんどん呼び捨てしとけば、いつかは気付いてくれるだろ。

 気分が少々乗ってきたオレとは正反対に、梓ちゃ……おっと、梓はとたんに悲しげな表情を浮かべた。なんでそんな表情になったのか分からず、あたふたしていると、梓がつぶやいた言葉が全てを物語っていた。

「私ね、最近は、毎日星を眺めてるんだ……」

 ……やっぱりか。やっぱり梓は無理してたんだ。

「……なぁ、やっぱり話してくれよ。隠さなくてもいいんだからさ。信じてくれよ!」

 今のオレ、カッコ悪いな。一方的だし。でも、こうするしかなかったんだ。

「オレ、実は知ってんだよ。さっきチョロッと梓の携帯の画面が見えてさ……。黙っとこうと思ったけどさ……やっぱり我慢出来なかった」

 梓が静かに口を開く。

「そうなの? ……私が傷つかないようにって、黙ってくれたんだね。……潤にしてはけっこう優しい所あるんだね。まぁそれも幼なじみのよしみってやつだったりして〜」

 梓の落ち着いていた顔が、ちょっと意地悪な笑顔に変わった。その時の梓の表情には、なんとなくだが、嬉しさと、優しさと、陰りが見えた。さっきの『潤にしては』は飛ばして欲しかったけど、なんとなく梓に認めてもらえた感じがして、ちょっと良い気分になった。それに、また下の名前で呼び捨てされたのが嬉しかったのだ。オレはそのままの勢いで、思い切ってまさるとの関係に口出ししようと思った。

「梓、あの、その、あれなんだけど……ちょっと言葉にしにくいんだけど、梓はこのままでいいの?」

「いいのって?」

「メールもうやめたら? 嫌いなんでしょ?」

「嫌いって言うか、さっきも言ったけど、最初から好きじゃなかったし」

 梓が少し目をそらした。下唇を軽く噛んだのが確認できる。

 ――嘘だ。顔に書いてあるくらい分かりやすい。

「それに、昔から好きな人いるし」

「えっ、誰? オレが知ってる人?」

「秘密〜」

「秘密かよ」

 梓は、ひとつため息をついた。そして、梓は星空を眺めた。

「悩んだ時は星を眺めるといいもんね。早く元気にならなきゃ」

 真っ赤に腫れた目で、ぎこちない微笑みを見せてくれた。

「なぁ、梓? いつか一緒に大と決着つけに行かないか?」

 梓はすごく驚いた表情で焦って言葉を漏らした。

「えっ!? ……そんな、いいよ。潤まで巻き込みたくないよ」

 梓が一歩前に出る。梓の顔が、まさしく目と鼻の先にある。なんだかちょっと体が火照ほてったような気がした。


 ――今、オレのこと密かに心配してくれてたよな? 今の、嘘なんかじゃないよな? こんな時なのに、オレはオレのことしか考えてなかったのかもな。


「このままずっとこんなのに耐えるなんてさ、苦しすぎるだろ……」

「でも……」

「オレさぁ、なんか梓の役に立ちたいんだよ。今まで色んな相談とかも聞いてもらってたし。でもさ、よく考えたらオレは梓のために何もしてやれてないわけだし……しかも――」

 その時だった。

 梓の細い右手の人差し指が、光速でオレの唇に向かってきて、そのまま押さえ込んだ。

「……!」

「もう分かったから。それ以上はもう、何も言わないでも分かってる。幼なじみだもの」

 梓はまたぎこちない笑顔をオレに見せてきた。オレは、いろんな意味での恥ずかしさで、ひどく赤面した。

「今日、今から、大と決着つけに行く。もう決めたから。……あ、潤はついて来ないで。これは私と大の事だから。心配しないで。大丈夫。大は軟弱だし。温室育ちだし」

「……分かったよ」

 ――とは言ったものの、もう心の中に決めていた。『隠れて尾行してやる』と。

「でもさ、大は今から呼んでも来るのかな?」

「きっと大丈夫。大は私に会いたがってるから。何か伝えたいことがあるに決まってる!」

 そう言うと梓は、おもむろに携帯を取り出した。 梓は携帯のカメラを使って、白銀に輝く三つの星、春の大三角形を撮った。

「お星様。私に勇気を与えて下さい。……いや、あの、迷子にならないようにじゃなくて。はい、ちゃんと大に言いたいこと言わないといけないから」

 ――梓はお星様と交信出来るらしい。こんな展開、誰が予想したでしょうか。そして梓は遂にメールの画面を開き、両手の親指でメッセージを打ち始めた。

『話があるから、いつもの駅前で待ち合わせでいい?』


 風が、それも北風のように冷たい風が、梓のポニーテールを激しく揺らした。


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