桜色の紙飛行機
一通り儀式を終えると、オレらは一旦教室に戻った。
「みんなぁ、注目! 実は高橋がぁ!」
眼鏡の坂木が一人でやけに盛り上がっている。
オレは何がなんだかわからなかった。
「えっ、何? どしたん?」
「あれだよ。あれ。なぁ高橋?」
「……え、あ、あぁ、うん」
なんだか様子がおかしい。
「あれ? お前、今さら緊張してんの?」
「う、うるさいなぁ……ちょっと、集中させろよ」
この雰囲気、この緊張感、まさか……?
「高橋、まさかお前……」
「あぁ、そのまさかだよ」
オレに向かって、深刻そうな顔をする高橋。
「そっか。お前……来年も頑張れよ」
「来年って、お前。悲しいこと言うなよ。全力尽くすんだからさ」
「オレの後輩になるのか。なんだか嘘みてぇだな」
「え、お前もう誰かと?」
「誰かとって、どういうことだよ」
「貴様、抜けがけかぁ?」
「ちょ、ちょっと待て。整理しよう。お前、留年するんだろ?」
「えっ?」
「いや、だから、留年するのに卒業式だけは形だけ出させてもらったんだろ?」
「はっ?」
「第二ボタンを握りしめてたのも、悲しさからだろ?」
「あっ、それは当てはまるかも……って、勘違いしすぎ!」
「へっ? じゃあ何?」
高橋は、辺りを気にしながら、オレの耳に向かってこそこそとしゃべりだした。
「告白に決まってんだろ」
「えっ、えっ?」
「だから、告白するんだって!」
しめしめ。そんなこと最初からわかっていたさ。オレはこの瞬間を待っていたのだ。
「ちょ、聞こえない……」
「こ・く・は・く・す・る・の!」
「誰に?」
「に・し・お・か・さ・ん・に~~!」
「だ、そうですよ。西岡さん?」
「うぇ?」
高橋が振り向いた先に、固まってしまっている西岡さんが立っていた。
同じように、高橋も固まっていた。
「イエ~イ! 作戦大成功!」
実は、修学旅行のあの夜から、ハナケンと坂木とオレで今日の作戦を考えていたのだ。
西岡さんが一歩前に出る。
「高橋君」
「は、はい」
「今の本当?」
「は、はい」
「えっと……ごめんなさい!」
「は、はい……」
こうして、高橋の恋は終わった。
と同時に、先生が教室に帰ってきた。
「お疲れさん。じゃあ、みんな、元気でな。よし、日直、号令!」
「気をつけ……」
「どうした。最後は笑って終わろう」
「気をつけ……令」
「ありがとうございました!」
「ありがとう。こちらこそ」
それから1時間後。梓が旅立つ時。
「じゃあな。元気でな」
「うん……お元気で」
珍しくいつものポニーテイルをしていない、ストレートの梓が、名残惜しそうに搭乗口まで歩いて行った。さっそうとしている姿に、オレは自分の未熟さを感じた。
大人っぽくなった梓。
子供のままのオレ。
オレと梓の間には、変な空気が流れていた。
その空気も、今日限り。明日からは、新しい生活が待っている。
「あ、そうだ……」
梓が急ぎ足でオレのほうに戻ってきた。
「どうした?」
「これ……」
差しだされたのは、紙飛行機だった。
「さっき学校で飛ばしたのは、学校への感謝。これは、潤に贈りたい言葉だから。あ、恥ずかしいから、私が行ったあとで開けてね」
「あ、うん。分かった」
「それじゃ」
「じゃっ」
また急ぎ足で搭乗口のほうへ向かっていった。
梓の姿が見えなくなった事を確認して、そっと、紙飛行機を開いた。
そこには、たった一言、女の子の丸っこい可愛い字でメッセージが書かれてあった。
『ずっと好きだったんだよ。それだけ』
そんな紙飛行機のメッセージを見ながらオレは思った。
来年、もし本当に帰ってきたなら、その時は、きっと渡してやるんだ。
汚い男文字で書かれた梓への想いを、これと同じ、桜色の紙飛行機に乗せて。
飛行機が、どこまでも青い空に向かって進んでいるのが見えた。
完。