春風に吹かれて
式が終わり、ぞろぞろと教室に戻っていくオレ達。もちろん大人しく黙って戻る訳でもなく、さっきのスペシャルなゲストの話題で盛り上がった。
まさかKAIさんが来て下さるとは。口が勝手に敬語バージョンに切り替わる。明日の朝の『お目覚めちゃんねる(略しておめちゃん)』できっととりあげられるんだろうなぁ〜。そんな想像を膨らませていると、いつものだるい階段も、今日はあっと言う間に通りすぎたようだった。
そのままの勢いで教室に流れ込むようにして入ったオレらは、そのまま綺麗にそれぞれのグループに分かれて、会話の続きを楽しんだ。オレはいつものハナケン達のグループに、梓は井藤さんや西岡さん達のグループに分かれた。ハナケン達との会話の途中に、なぜかさっき目が合った事が気になってしまい、何度も梓の方をチラチラ見てしまった。梓は泣いている西岡さんや井藤さんを宥めていたが、しだいにもらい泣きしていった。その涙がさっきの卒業式と同じようにクラス中に伝染していき、全体的にしんみりしてきた頃、担任の如月先生がゆっくりと教室に入ってきて、教壇に立った。
「おしゃべりや泣くのはそこまで。なっ。ちょっとみんな、自分の席についてみぃ」
今にも泣きそうな如月先生がそう言うと、皆一斉に自分の席まで歩いて、座った。
「え〜っと、これから紙飛行機飛ばしに移る。この段ボール箱の中に、昨日みんながメッセージを書いた紙飛行機が入っている。自分のやつだけ取って、取ったら屋上に移動な」
如月先生は最後に、『プライバシーに関わるから、人のは絶対に見ないこと』と言い、段ボール箱を開いた。
そんなのどうせ投げるんだから在校生やら先生やらに見られるじゃん、なんて思いつつ、群がるようにして自分の紙飛行機を取った。取った直後、急に膝がガクっとなって、情けないことにその場に倒れ込んでしまった。これは貧血なんかじゃない。鉄分は充分に摂っているはずだ。膝カックンだ。絶対に膝カックンだ。膝カックンと言えば、九割の確率でハナケンの仕業だ。そう思って勢いよく振り返ってみると、やっぱりハナケンだった。
「いぇ〜い! またこけたな、潤。隙ありすぎ。でさぁ、潤はどんなん書いたか見せてや」
ハナケンが手をさしのべた。オレはその手をつかんだ。起こしてもらえるはずだったが、ハナケンはいっこうに持ち上げる気配がない。
「えっ、早く持ち上げてや」
「いや、そういう意味じゃなくて。紙飛行機」
「あ、紙飛行機ね……」
起こしてもらえるのかと思ったのに、それはただの勘違いだった。オレは手を放したが、渡すつもりはなかった。なんか悔しかったから。
「で、どんなん書いたん?」
「いや、これは……恥ずかしいからやめとく」
「えっ? いや、ちょっとでいいからさ〜」
「ぜってぇ読ませねぇ」
「ちょっ、借せって!」
ハナケンが無理矢理オレの紙飛行機を取ろうとする。なぜかそこでよく分からない意地みたいなのが働いて、反射的に避けた。
「へへっ、取れるもんなら取ってみろよ」
オレのその一言で、いつも教室でやっているじゃれ合い(通称、戦争)が始まった。よく分からない理由で始まるこの“戦争”は、結局チャイムや先生の叱責で終わりを告げる。が、今はそんな邪魔はないので、オレらの戦争は泥沼と化した。
「ねぇ、そろそろ鍵かけたいんだけど……」
誰かの声が聞こえた。声の高さからして女子かな? が、今はそれどころじゃなかった。
「ねぇ……」
さっきよりも大きな声だ。それでもオレらはやめようとしない。
「ねぇ」
だいぶ大きな声だ。もう、ほっといてくれていいのに。
「……ねぇーーー!!」
声は教室を通り抜けて、隣の山にぶつかるくらい勢いよくオレらの耳を突き抜けた。
「は、はい……」
声の主は、西岡さんだった。さっきまでいたクラスメイトは、全員もう屋上まで行ってしまったようだ。
「やっっっと振り向いてくれた。鍵締めたいんだけど、もう終わってくれない?」
「わかりました……」
オレらは西岡さんに謝ったあと、全速力で教室を飛び出し、廊下を駆け抜け、階段を一段とばしで登り、屋上につづくドアを勢いよく開いた。春の優しい風が、肌を撫でるようにして通り抜けていった。
屋上では、卒業生がきちんと整列して座っていた。オレとハナケンは、西岡さんに、担任の如月先生の所へ連行された。
「お前ら遅いぞっ! 何をしてたんだ」
「……すんません」
「早く後ろに座れ」
もうすでに説明は始まっていた。A組〜F組の六クラスが、合唱祭のように、それぞれ四段づつになって段にのぼり、グラウンド側にいっせいに飛ばす。と言う、いたって簡単な行事だ。しかし、その四段をオレらA組だけ決めておらず、他のクラスに迷惑をかけてしまった。あたふたするオレらの横で、如月先生は「しまった!」という顔をしていた。結局、出席番号順に四つに分けることになった。赤嶺から坂木までが一段目。やんちゃな反川から元野球部の西見までが二段目。梓と同じ、元チア部の野田から元弓道部の向井までが三段目。そして、桃井からこれまた元チア部の和桐までが四段目となった。オレは一段目だが、春風がちょうど良くグラウンドに向かって吹いているのが分かった。
「よし、揃ったな。じゃあ、校歌を唄って、最後の最後に一斉に飛ばすんだぞ。いいか?」
「は〜〜い!」
どこかの女子の元気な声に満足そうに頷く教職員達。てか、また校歌かよ。もういいじゃん……。
こうして、高校生活のクライマックスが、少しずつ近づいてきた。